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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第7章  さまよえる者たち 6

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」



(1)  消えた女 その6



 あれからすでに20日が過ぎようとしていた。

明日は競馬の祭典、ダービーが東京競馬場で開催される。競馬フアンにとってはまさに一世一代の大レースといっても過言ではないだろう。ところが俺ときたら、ダービーのダの字も全く心には入って来ないままでいた。つまり、カオリのことも花蓮のことも、優香との今後のことさえ何も答を見つけられずにただ流されるように生きていたからだ。

 あの日、優香はカオリを見つけた。買い物に出かけた優香は夕刻に駅前通りでカオリらしき女性をを見かけた。大きなバッグを持ち帽子をかぶり、かなりカジュアルな格好だったらしいがすぐに気付いたという。優香は夢中でカオリの後を付けた。カオリが行くところをどこまでも尾行した。

カオリはさまざまな店を出たり入ったりした。店の種類は何の脈絡もなく、何を買うというのでもなくただ陳列棚を眺めてはうろうろしていたという。本屋に寄ったかと思えば次はスーパー、そしてデパートに洋服屋、雑貨屋、パン屋、喫茶店。辺りが暗くなると今度は居酒屋にバー、スナックと飲み歩くのだった。どの店でも一杯だけビールか焼酎の水割りを頼んでは飲んですぐに出るのだという。散々優香は引き回された挙句、いや勝手に尾行しているのだから言い方としてはおかしいが、カオリはトイレに立ったかのように見せかけて突然バッタリRと姿を消したのだという。

それっきり音信不通となった。

 自分を中学生と言い張ったあの女、花蓮と会うこともなかった。バー『カレン』を2、3度覗いてみたのだが彼女を見かけることはなかった。


 つかの間のゴールデンウイークが終わると、さあ待ってましたとごとく仕事の山が俺を待ち受けていた。仕事の内容はほとんどが些細な、他愛のないものばかりだった。だけど当事者の依頼人にしてみれば人生の中で一、二を争う一大事なのだった。

その内容とは、隣りの家の屋根からの雪の落ち具合を調査してくれとか、夜更けに帰ってくる旦那の浮気調査だとか、何故か目減りする我が家の財産の価値を探ってくれとか……俺にしてみればどうでもいいような案件ばかりだった。


 岡林探偵事務所マニュアル10カ条

5.どんな些細な依頼にも真心で対応せよ

 俺は仕方なくこのマニュアルに従い、どんな些細な依頼でも快く引き受けることにしていた。もちろん、所長岡林の指示でもあるが。


 その日俺は中国人の陳さんと共に、ある銀行の融資部長の身辺調査の仕事についていた。

陳さんは本名 陳 彗明といってれっきとした中国国籍の中年だった。会社の連中に聞いた話では、1989年に中国で起きた天安門事件の関係者なのだという。人民解放軍と戦い民主主義を訴えた学生のひとりだったが、政府から追われる身となって闇にまぎれて日本にやってきたらしい。天安門の広場で戦車が無抵抗の学生を轢き殺したとされるあの事件だ。報道にはデマも多く、広場で死んだ一般人は誰もいないともいわれているが真相はやぶの中だ。俺は政治むきの話には賛成も反対もないし、そもそも関わりたくもない。イデオロギーとかいうヤツにはとんと疎いのだ。それでも事件を起こす前ならば、選挙だけは必ず行くことにしていた。選挙にも行かずに政治批判をするような、矛盾した人間にだけは成りたくないのだった。とにかく政治批判も得意ではないが……。

 横から見る陳さんの眉間に深く刻まれたしわは深くて暗い。彼の人生を現しているかのようだった。

 俺はてっきり中国人というのは「……でアルヨ」とか「……のコトヨ」てなカタコトの日本語をしゃべるのだろうなと思っていたが違った。陳さんという人は俺以上に日本語が上手で流暢だった。

「狂死狼さんサ。今時ね。そんな間抜けな言葉使いの中国人がいるかって話し。もっと他国の人間に積極的に接してみてはいかがですか?」

 ゴモットモデスと俺は棒読みで陳さんに頭を下げた。

 俺たちがターゲットにしていたのは、△△市でも最大手の地方銀行であるホクホク銀行の本社融資部長を務める北川正信42歳の身上調査だった。

調査依頼とは、ホクホク銀行への借り入れ額が40億ほどもある△△市の老舗スーパーチェーン店『ファミリー北市場』の経営に携わる専務、小暮章介からの依頼だった。つまり、経営悪化の会社経営を立て直すための追加融資を、メイン銀行に頼んだのだが、北川の判断によって断られた。にっちもさっちもいかない小暮は、北川の弱みを握って融資話しを有利に進めようという魂胆なのだ。それで、我々に弱みを握る調査を依頼してきた、とこういう訳だ。よくある企業の醜いはかりごとだ。それに付き合って金稼ぎをする我々はくそだ。ハイエナみたいなものだ。それでも、言ってみれば世の中の潤滑油くらいの役には立っているのだ。それはやばい毒を含んだ潤滑油でもあるが……。

 そうして見張っていた北川正信は、会社を出ると安い居酒屋で一杯引っ掛け、そのあとホテル街の方へと足を向けた。俺達は気づかれない様にチームを組んで彼を尾行した。時々、陳さんと俺は入れ替わりながら彼の後を付けた。

 とあるホテルの前まで来ると北川の前に女が現れた。

俺は息を飲んだ。暗がりの中でもすぐにわかった。その女は花蓮だった。

 ダービーのことはもはや頭から完全にぶっ飛んでいた。



     続く


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