第7章 さまよえる者たち 5
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(1) 消えた女 その5
「未成年とはどういう意味ですか?」
俺は面白がって花蓮に訊いた。すると、花蓮はあからさまに不機嫌な顔をしていった。
「そのままの意味よ。まだ中学生だから」
「中学生がこんな夜にこういう店にいるのはおかしいでしょ」俺はなかば呆れながら相手をした。
「うん。そう思う。なんでかな……でも今のワタシは間違いなく中学生なの」
「ふーん。そうなのか。で、どこ中?」
「学校には行ってないの。ずっと不登校児童だから」
その横顔は悪びれた風も冗談めいたいたずらな雰囲気もなく、ただ寂しげだった。かといって頭がおかしいというのでもなさそうだ。
「そうなんだ。でもこんな時間だよ。帰らなくていいの。家の人心配してるんじゃないのかな」
「家出してきたの。行くあてもなく、さ迷い歩いてるの」
「そう。それは……とにかく早く帰った方がいいよ」
俺は当たり前の常識的な事を口にしながら、実はとても非常識なことを言っているようなおかしな気がしてきた。時分は中学生だという間違いなく30代の女性に、いったい何をどう言えばいいというのだろうか。
彼女はチョコレートパフェを食べ終わるとナプキンで口の周りを拭きながら「冗談よ。冗談。全部忘れて」そう言って下を向いた。
俺はそれ以上何も聞けず、他の話題を切り出すことも出来ずにただ酒を口に運んでいた。マスターは何も言わずにグラスを拭いていた。
花蓮とはそれきりだった。訳のわからない不思議な女だったが、だからどうなるということでもない。それよりも優香のことが心配になってきた。俺は彼女を残して日付けが変わる前に『カレン』を出た。
もちろん連絡先の交換などしていない。今夜、彼女がどうなるのか少し気がかりではあったが冗談だというのだからそれ以上、詮索もできない。ただ、きっとまたどこかで会えるような気がしていた。
外は少し風が強くなっていた。ぱらぱらと雨も落ちてきた。
部屋へ戻ると、やはり明かりは点いていなかった。優香のいない部屋で俺は一人過ごす他なかった。
少し酔った頭でおれはパソコンを開き、これまでの投資競馬の集計を開いて見た。去年の11月、あの事件の直後から始めた投資競馬だったが、紆余曲折を経ての現在の残額は当初の72万円から半分以下の32万円にまで減ってしまっている。もちろんただ手をこまねいている訳ではない。さまざまなテコ入れや買い方の修正をしたし、暇な時間を見ては過去の統計を見直し微調整を繰り返している。過去4年半の平均の通りにこの先も結果が現れるならば、必ずプラスになるはずなのだ。ただし再現性という一番重要なポイントは神の力に委ねる他ない。過去5年、10年の結果がこうだったから、今年もそうなるとは言い切れないのだ。そこが難しいところであり、競馬という不確定要素が多過ぎる競技において、平均の法則は成り立たないということなのかも知れない。しかし、そう結論付けるのはまだ早い。資金が完全に底をつくまでは結論を先送りすることにしよう。
そうこうしているうちに眠くなってきた。俺はベッドにもぐりこんだ。
うとうとと眠りに落ちた頃、玄関が開く音がした。ようやく優香が戻ってきたようだ。寝ぼけまなこで時計を見るとすでに午前3時を回っていた。
「お帰り。どこに行ってた?」
「カオリさんを見つけたの、町で偶然。ずっと後を付けてた」
「え?」
俺は一気に眠気が吹っ飛んでしまった。
続く




