第2章 逃亡者の休息 11
俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。生きるか死ぬか、あるいは捕まってしまうのか……究極のサバイバルの日々を綴ってゆく」
(10) 呪縛 その5
ここ、『イマジン・ハウス』も年末のせいなのだろうか。なんとはなく慌ただしい雰囲気につつまれてる。やってくる者、去ってゆく者、ただ通り過ぎてゆく者。人それぞれだが、ここにやってくる人々は、どこか人生をはぐれて生きているように見える。それはそうだろう。いくら暇を持てあましたにしても、あるいは飲み過ぎて終電を失くし、急きょ朝まで過ごすにしても、こんな閉鎖的なところに、今時期わざわざやって来るやつなどどうかしている。
宿泊施設と考えた場合、寝心地は最悪だ。寝る場所に安宿の4~5千円すらも払えない奴らの吹きだまりなのだ。
……そういう自分が一番どうかしているのだが。
あの日、俺はカオリの部屋でまる1日を過ごし、翌日の昼ごろに目が覚めた。
机の上に置かれた中島の遺影が俺をじっと見ていた。
俺は呪縛の渦に巻き込まれた哀れな子犬だった。
痛む体を引きずりながら起き上がった。カオリは出勤した後だった。
テーブルには置手紙があった。
「ゆっくり休んで身体を早く治してね。朝食、食べてください。いくら嫌いでも、病院へ行った方がいいですよ。出掛ける時はこの鍵を使ってください」
きれいな整った字で書かれていた。
彼女を愛しく思う。出来れば思い切り抱きしめてみたい。強く思った。だが、それは出来なかった……。
俺は冷めた食事を口にし、身支度をした。置手紙の下に「ありがとう。でも、ごめん」と書いた。なんとはなしにしゃもんの顔を思い出す。
痛む足を引きずり、外へ出た。合鍵は玄関のポストの中へ落とし込んだ。
外は冷たい雪が降っていた。
カオリが勤めるC図書館がすっかり明かりを落とすのを、俺は裏口の影でじっと見守った。痛いほどの冷え込みだった。
やがてカオリが裏口から出てきた。俺は素早く身を隠してやり過ごした。
そのあとすぐに、カオリの跡を追うように奴の姿がみえた……オカモトだ。
俺は奴にそっと近づき、肩を軽く叩いた。
「おい。ポマード」
「なんだ。あ、あんたは?」
オカモトが振り向く寸前に、俺は奴の首根っこを左腕で抑え込んだ。そしてその顔に、昼間100均ショップで仕入れた包丁を突き付けた。
「な、何をする!!」
オカモトの顔は恐怖に怯えた。
「俺はさあ、人を殺すことなんてさ、なあーんとも思わないんだわ。ホント、自分でもびっくりするよ」「ヒ、ヒィィ…………」
粉雪がオカモトの紅潮した顔に落ちては溶けていった。
さて、いまだに馬券での利益は出ていない。このままでは年を越すことさえできないかも知れない。しかし、こんな俺にもある秘策があった。
続く




