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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第7章  さまよえる者たち 1

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」


(1)  消えた女 その1



カオリが消えた。

病室のベッドはもぬけの殻だった。俺とチャンゴは顔を見合わせた。ベッドの周りの荷物も消えている。残されていたのはサイドテーブルの上に置かれた、枯れかけている5本のピンクのバラの花だけだった。

「え? どこに行ったんだ。まさか」チャンゴは明らかにうろたえていた。

「この花は?」俺はチャンゴに訊いた。

「俺が彼女のために」

5本のバラ。意味ありげな花だ。

「そうか……」

「カオリさんは。もしかしたら……」

「何かあてがあるのか」

「いや、わからない。けど、ひょっとして」

チャンゴは首をひねってそれ以上は何も口にしなかった。

同じ病室の入院患者にもたずねたが、今朝がた、お世話になりましたとひとこと言って出ていったという。 

俺たちはナースステーションに行き、彼女の動向を探ることにした。


「もう大丈夫ですから、退院しますからって。ええ、止めたんですけどもね。全く聞き入れてくれませんで。なにやら、大事な用事を思い出したので一旦退院させていただきますって。入院費用は実家に請求書を送ってください。すぐにお支払いします、とだけ。そりゃあ当医院もベッド数が足りてませんが、それならばどうぞと」

看護師長と名乗る50代後半の女性は、もっと重病の患者がたくさんいるのだから結果オーライとでも言いたげにこやかな表情だった。

「では、カオリさんは実家に帰られたのですね」

俺は業を煮やして単刀直入に訊いた。

「さあ、そこまではどうでしょうね。個人情報ですから、全部をお答えすることはできませんし」

 俺たちはコンビニで買った菓子折りを師長に渡してその場を去った。


 ○○市は暖かいというよりは真夏の暑さだった。5月だというのに。異常な暑さだ。チャンゴは俺を睨むような眼つきで見つめた。

 

【岡林探偵マニュアル10カ条】

4. 先が見えない時は冷静になれ。身近な気配を感じ取れ。


アルメティオ・メッツにさらわれたのか拉致されたのか、あるいは自ら進んで入信したのかまではよくわからなかったが、とにかく依頼主のご要望に応えるべく失踪者の身柄を確保することには成功した。

 その後も少なからず悲喜こもごもの出来事があった訳だが、それらを今は割愛したい。俺はともかく仕事やり切ってそれなりの成果を上げたのだ。その甲斐あって、5月初めには大きな連休を取ることができた。といっても、一般世間のように10連休などではない。零細企業に許されるのは交代で取る5連休が精一杯だった。

 連休を利用して、俺はここ○○市にやって来た。生まれ故郷の勝手知ったる街だ。殺人を犯した俺には二度と舞い戻って来れるはずのない街だった。

だけど俺は、意識を取り戻したカオリに会い彼女をはげまし、今後の人生について少しでも相談に乗れたらという、おそらくものすごく自分勝手な思いでここへやって来たのだ。ずいぶん奢った考えなのだと思う。だけど、こうせずにはいられなかった。

 優香には全て正直に話した。そして俺はとてつもなく叱られて恨まれた。自分も絶対についてゆくと優香は生真面目な顔で言った。

 それは出来ない。俺は返事の代わりに彼女の身体を強く抱きしめた。

「心配いらない。俺には金輪際他の女などないさ。ある訳がない。一生かけて誓う。女はお前だけだ」

 優香は声を殺して泣いた。


 ○○市大学病院。カオリは忽然と姿を消した……。


 俺はチャンゴに頼み込み、カオリの実家を探ってもらった。もちろん俺が顔を出せる場所ではない。今でも周辺には警察が張り込んでいるかもしれないのだ。

 戻って来たチャンゴは、ますます色を失ったような顔で告げた。

「カオリさんは実家にはいなかったよ。でも書き置きがあった。『探し物を探しに行きます。どうか私を探さないでください』って。たぶん記憶を取り戻すために、これまでたどった人生をやり直そうという気持ちなんじゃないかな」

「なるほどな……」

 俺はその日、チャンゴと久しぶりに飲んだ。我を忘れるほどに飲んだ。

チャンゴはもしかすると俺の隙を狙っていたのかもしれない。だがそんなことはもうどうでもよかった……。



    続く





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