第6章 競馬狂の詩 36
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(4) 大脱走
その9
「馬鹿馬鹿しい。少しばかり所帯が大きくなったところで烏合の衆ばかりじゃどうにもならだろう。こんな馬鹿げたアトラクションとやらに莫大な金をかけて、ただのコケおどしか。いったい何になるというんだ」
「あなたが造った旧式の理念などもうとっくに死んだんだ」木原元気が言った。
「わしにはわしのやり方ってものがある。まだまだ若いもんには」鉄三郎が言い返す。だがそれは到底かなわなかった。
「ははは。我々のすさまじい進化のスピードにはついてこれなかったくせに。実感したでしょう。身を持って体験したはずだ」
「そ、それは……」
「まあ、成田を殺そうとしたのにはちょっと驚きだったですがね。手を打っておいて正解だった。成田と話をしたいと言ってきたあの夜、血液が吹き出すように細工した防護服を着ていたんだ。そして仮死状態になってもらった」
そうだ。さっき鉄三郎は、ナリブーが生きていたことに一番驚き落胆の色を見せていた。
「成田。お前という奴は……世話になった孤児院にいたところを目をかけてやったというのに組織の金を勝手に使いこむは挙句の果てに女性信者を何人も食い物にした。しかも、わしを追い出した張本人だ。恩を仇で返すとはまさしくこのことだ」
「おや、聞き捨てならないことを。お義父さん、僕はこのアルメティオ・メッツを健全に発展させるために身を粉にして働いたんですよ。そのために資金を有効活用しただけのことだ。女は向こうからやってくるから仕方なく相手をしただけだ。こうして今は、あなたのお嬢さんを大切にしているじゃないですか」そう言ってナリブーは木原元気の肩を抱き寄せた。「いい加減俺たちの結婚を認めてくださいよ。それこそ組織のために!」
え? えええ? 木原元気はナリブーにしなだれかかるように寄り添った。こいつ、女だったのか?
「だまれ。お前たちの結婚など絶対に認めない!」
次第に白けた雰囲気が流れてきた。簡単に言うと、俺たちは親子喧嘩に巻き込まれただけなのか? 命がけの脱出劇を強いられて……いや、それもただの遊園地のアトラクションだったというのか? どこまでも人を馬鹿にした話だ。いやいやそれよりも。
「いい加減にしろよ。親子喧嘩なんかどうでもいい。強制労働させられてる奴らをまず、解放しろってんだ」俺は声を荒らげた。
木原元気は言った。「は? 強制労働なんかある訳ないじゃないですか」
「え?」
「あのですね、家族の同意書を取り付けてあるんですよ。賃金はここに来る前に作った借金の返済に充ててますがね」そこで少し間をおいて言った。「ただし、まだ数十人の家族とは連絡が取れずにいて、ただ働きの者はいる。そこの芳村、巻原、あんたたちもそうだったよね。まあ、そこに目を付けて反乱を起こすように仕向けた訳ですが」
「なんだって……じゃ、あの怪しい薬はどう説明するんだ。そうだ、ここに来る前にもひとり死んでるぞ。港に打ち上げられた水死体……それに強制労働で倒れた奴らはどうしたんだ。見殺しにしてるじゃないか」
「あの薬は全て鎮静剤程度のもので違法ではありませんよ。コンビニで売ってるモノとほとんど変わらない。頭を柔らかにするくらいの効果だけ。水死体のことはわかりません。何かの理由で自殺でもされたのでは? 作業中に倒れた人はちゃんと手厚く手当してますよ。△△市大学病院でネ。回復したら帰してます」
「くッ……じゃあ聞くが、強制収容は違法だろう。なぜ家に帰してくれないんだ」
「帰さないとは誰も言ってませんよ。所定の手続きをすればいいだけです。ただし、重度の依存症や借金の返済などが理由で家族が認めないケースが多いだけですよ」
「それにしたって……俺たちはここに来るまでに何度も死ぬ目に遭ったんだ」
「ほう。誰か死にましたか? アトラクションは安全第一。でも、リアルでなければならない。当然でしょう。イワヤーンのAIロボットはさすがにとんでもなく費用がかかりましたよ。まだ改良の余地がありますがネ」
「ひとつ訊きたい。あの扉のサボテンは何だったんだ」
「ああ。1号機はサボテンのデザインだったんですよ。どうも調子悪くてね。イワヤーンは2号機だ。塗り替えが間に合わなかった」
なるほど。その答えに意外に素直なんだなと感じた。
「さあ、勝敗はもう決しましたね、お父さん。おとなしくひき下がってもらいましょう」
鉄三郎はじっとこらえていたが、堪え切れずに口を開いた。
「お前たちの、いったい真の目的とは何だ。いったい、これからどうするつもりだ」
そして、信じられない答えが返ってきたのだ……。
続く




