第6章 競馬狂の詩 35
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(4) 大脱走
その8
「わがアルメティオ・メッツ自慢のアトラクションはいかがでしたか。お父さん」
父親だって? 全然似てないじゃないか……鉄三郎は顔を上げた。無精ひげが伸び放題の上にしわが目立ち、ずいぶんと老けて見えた。
「ふ。たしかにお前が言うように効果は抜群だろうよ。だがこんなやり方があるか。人を弄んでいるだけじゃないのか」
「他にどんないい方法があるというのですか? 世間は我々のことを反社会的集団としかとらえていないんですよ」
「だからといって……」
「見たでしょう。体験したでしょう。数々のアトラクションに心揺さぶられたんじゃありませんか。わたしが造り上げたカリキュラムは最強だ。そのために莫大な費用を」
「いったい、何が目的だ!!」俺はしびれを切らした。「初めからちゃんと説明しろよ!」
「あなたがたがそういうのも無理はない。じゃあ、説明しようか」
「元気よ、止めろ。これ以上何も言うな。自分を辱めるな!」
「いいじゃないですか。もう何も隠しだてはできませんよ」
「ならば……わしから言おう」
「ええ。それならどうぞ」
それから鉄三郎はこれまでの半生を語った。苦渋の顔つきだった。
鉄三郎は炭鉱の町で生まれ育った。H道が石炭景気に沸いた昭和20年代の生まれだ。石炭マネーに群がるように性風俗に身を落とした千恵子という女が母親だ。父親が誰なのかも知らなかった。やがて母親は性病を患い苦しみながら他界した。鉄三郎は孤児院に引き取られ、世の中を恨み、憎むように成長していった。
なぜか博打には特別な才能を発揮した。大人がひるむような勝負を度胸と博才で勝ち上がり、20才になる項にはすでにひと財産を築いていた。
その後は競馬に精通し、人並み外れた洞察力と神がかり的な強運にも恵まれ、資産を倍々に増やしていった。
やがて馬券を買うことも予想を売って儲けることにも飽きてしまった鉄三郎は、かつての英雄がみな陥った自己のカリスマ性へのこだわり、つまりは人心を掌握して昇りつめるという、野望を抱くに至ったのだ。
そこで目を付けたのが、ギャンブルで身を崩してゆく依存症の人々だった。まともな社会生活を送るのが困難な人々を集めて一大ギャンブル帝国を築こうと考えたのだ。
初めは思惑通りに進んだが、やがて人が集まれば集まるほど反社会的な傾向が露呈していった。薬物や不正、八百長、人を人とも見ない金の亡者どもが集まるなど悪い面がはっきりと現れてきた。いつしか誰が見ても悪の集団と化してしまったのだ。
元気は、鉄三郎が唯一愛した女性、孤児院で出会った木原洋子が生んだ子だった。生涯二人が入籍することはなかったが鉄三郎は洋子と元気を家族として共に暮らした。
その元気が、反社会的宗教団体へと変貌してゆく父親が率いる組織に待ったをかけた。我こそが健全で繁栄できる組織に作り変えると……
そして鉄三郎は組織、いやわが子に追い出される格好となった。
鉄三郎は決意した。元気が唱える理想というのが果たして本当なのか。実現できることなのかを見極めること。そして、それが叶わぬならば例え親子といえども闘って組織を奪い取ろうと画策したのだ。
鉄三郎と木原元気との骨肉を争う対立が始まったのだった。
続く




