第6章 競馬狂の詩 33
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(4) 大脱走
その5
今度の扉には真っ赤な炎の絵が描かれていた。
嫌な予感しかしない……灼熱の炎に焼かれるのだろうか。だが、引き返す訳にはいかない。俺たちは突き進むしかない。他に道などないのだ。
「開けゴマ!」鉄三郎が声を出した。駄目だピクリとも扉は動かない。
「開けよ開けゴマさんよ」ウサミさんだ。まるで駄目だ……。
「開けぽんきッき!」芳村が叫んだ。皆の顔にはおやッという感じで眼に光が宿った。だが動かない。
「必ず開けゴマのバリエーションで開くはずだ。ワイはそう思うな」ミウラが言った。「そうなのか。じゃあなんか考えて」俺は答えた。
「よっしゃ……開けゴマの油!」駄目だった。
「他になんかないのか」お互いがそれぞれ顔を見合わせた。
「じゃあ俺、行きます。開けへそのゴマ!」巻原だったが……駄目だ。
俺は一呼吸置いてから、意を決して叫んだ。「開け、ゴマフアザラシ!」すると、ゴゴゴと扉が左右に押し開かれた。
なんだよこの小学生のクイズ的な呪文は……みなの顔には不満とブーイングがあふれていたが、とにかくゲートの中へ入った。中の壁は真赤に塗られていた。
中へ歩を進めるとともに、地獄から響き渡るかのような嫌な笑い声が聞こえてきた。ものすごく耳に障る嫌な声だ。
「HAHAHAHAHA。バーニング!! よくぞここまで来たな。だが、もうお終いだ。お前達の命運が尽きる時が来たようだ。HAHAHAHA」
声とともに暑苦しい感じの怪人がどこからともなく現れた。アイスホッケーの防備のようなコスチュームをしていた。真赤な炎が全体に描かれている。顔面にはキッスのジーン・シモンズばりの化粧をほどこしていた。世紀末の不良たちさえもこれほどは、というようなド派手な出で立ちだ。
「なんだお前は?」
「バーニングマンだ!! ファイヤー」
そう叫ぶと、男は防火グローブのような厚手の手袋から次から次へと火の玉のようなものを出して投げ飛ばした。「ウヒャヒャヒャ。ヒャッハー」嫌な笑い声とともに炎の塊が俺たちに向かって飛んでくる。
「うわああ」「逃げろ!!」
俺達は右往左往した。幸いまだ服が濡れたままだったから塊が当たっても致命傷を受けることはなかった。だがかなり熱い。俺達は逃げまどうばかりだった。
「イヤッハー。ゴミ虫どもめ。お次はこれだァ。喰らえ!!」
バーニングマンは口から長い舌を出してにやけた。そして500㏄ほどのペットボトルを防護服のポケットから取り出し、中の赤い色の液体を口に含んだ。それからライターに火を付け、炎を口に近付けた
次の瞬間、バーニングマンの口からは派手な量の炎が吐き出された。
「ブハアー!! ヒャッハッハッハ」完全に眼がイっている。俺達は次第に逃げ場を失くした。
「ヤバい、焼き殺される」「くっそー。さっきみたいに今こそ水攻めしてくれたら……」灼熱の炎から逃れる術はなかった。
「いや、そうじゃない。目には目を、火には火だ」ミウラが立ちあがった。ポケットからウイスキーの小瓶を取り出した。いつの間にそんなモノを?
「死ぬ時に最後に飲もうと思って持ってきた。これでどうだ」
ミウラは小ビンをラッパ飲みした。それから思い切りバーニングマンの方へ酒を噴き出した。
するとどうだ。灼熱の炎はバーニングマンの顔、身体目がけて逆流した! ミウラのもくろみは正しかった。
「ぎゃああー」バーニングマンは炎に包まれて倒れた。
俺達は慌ててバーニングマンの体を転がし炎を消し止めた。幸い、防護服のおかげでほとんど火傷を負うこともなかったようだ。
「おい、大丈夫か。しっかりしろ」ミウラがバーニングマンを介抱した。
「ああ。ううう」すっかりさっきまでの勢いを失くしていた。
「あ、お前は。サダマサ……定正じゃないか」ミウラはバーニングマンのヘルメットを取り、顔の化粧をぬぐい落とした。
「やっぱり定正シンだな。こんなところで会うとはな」
「だれなんだ。こいつ」俺はミウラに訊いた。
「ああ。3年くらい前かな。よく繁華街のメイン通りで抒情派フォークを歌ってたんだ。ギターの弾き語りでな。死にたくなるような歌ばっかりだったな。ワイはよく立ち止まって聴きいってはギターケースに小銭を投げ入れたもんだよ」
「ひゃはははは……え? あれ、俺はどうしたんだ。あ、ミウラさん。しばらく。どうしたのこんなところで……」
「気がついたか。お前こそどうしたんだよ、こんなとこで」
「え? 俺はミュージシャン目指してて、得意の路上派フォークを歌って……え?」
「まだ路上派フォーク、歌ってるのか」
「え? ミウラさん、俺の魂の歌を馬鹿にしないでくれ……て、え? いや俺は目覚めたんだ。そうだよ。今は違う、今の俺はフォークじゃないんだ。ロックだ。ロックなんだよ」
「へえ。わかった。わかったよ。だからじっとしてな。身体は痛くないか?」
「え? いや何ともないよ。あ。そうか。俺、なんかずっと眠っていたような」
どうやら定正シンは、催眠術のようなもので組織に操られていたようだ。
続く




