第6章 競馬狂の詩 30
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(4) 大脱走
その2
3交代の24時間体制だ。しかも地下の中。時間間隔はいちじるしく狂ってしまう。施設内に時計などなかった。2時間ごとに響き渡るオルゴールの音が唯一、地中での行動の全てを区切っていた。ただし、今が朝なのか昼なのか真夜中なのかはすでにわからない。なんとなく感じる体内時計が頼りだった。
施設内では3班に分かれ、ひとつの作業班がいつも同じ生活時間を送った。俺たちの班の中で見つけた捜索者3人に、それとなく計画を告げた。幸い、まだ体力も精神力もぎりぎり脱出に必要な最低限は残しているようだった。家族からの依頼でやって来たことを告げると、みな涙を流して喜んだ。いずれも50~60代の親父だ。3人ともかなりやせ細っていて真っ白な髪も髭も伸び放題、まるで仙人のような状態だった。それでも目に焼き付けてきた失踪当時の面影はしっかり残っていた。小間田、巻原、芳村という3名だ。成功するとは限らないことを念を押して説明したのだが、いつまでもここにいることを考えるとぜひとも同行させてくださいと熱望した。
そして決行の日がやってきた。就寝を告げるオルゴールとともに決行だ。
その日の夕食後、俺はミウラに近づいてこれまでの経緯を探ってみることにした。なかなか話す機会はなかったのだ。
「ホクトベガのことは残念だったね」そうと問いかけると、ミウラはちらりと俺を見てすぐに視線を外した。
「ああ。しゃあないやろ。すっかり人が変わってちまってさ。ワイのいうことなんか聞く耳持たん。それどころか俺を組織に売りやがった。女ってのは恐ろしい……」遠い眼をしてつぶやいた。
「本当にそう思うよ。女ってやつは恐ろしい……そもそもあのホクトベガ、明菜ちゃんっていうのか。かなりの曲者だね」
「う、うるさいよ。あんたには関係ないだろう」
しまった。機嫌を損ねたようだ。ミウラは何故かひどく慌てている様にも見えた。ということは……。
「へえ~。まだ明菜ちゃんに未練がありそうだね」
「ば、馬鹿な事言うなよ。あんまりおちょくるといくらあんたでもシバくぞ」
ちょっとカマをかけただけでこの反応は……いや、これ以上深く突っ込むのは止めておこう。何があったのかは知らないが触れて欲しくない部分なのだろう。
「まあ、それより今日の計画、果たしてどうなるだろうね」
「ふふん。任せておけ。ワイなりの勝算がある」
「へえ。そうなのか。それはいったい?」
「今は話せないが……まあ、手ぶらの無謀な計画に参加するほど、ワイも子供じゃないってことよ」ミウラは不気味な笑みを浮かべた。それは不可思議でもあり、でもとても頼りになりそうな気もした。
いずれにしても、あと3時間ほどで決行だ。なんとしても成功させなければならない。俺は武者震いがしてくるのを抑えることができなかった。
そこにホクトベガ、明菜がやってきた。中級幹部数名がお供していた。
「おい、お前たち。脱出計画はすでに露呈した。再逮捕だ。さあ、かかれ!」
いっせいに屈強そうな幹部達が取り囲んだ。
北斗の後ろにはバツの悪そうな顔をした小間田の姿があった……こいつ、裏切ったな!? コマダあ!!
続く




