第6章 競馬狂の詩 29
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(4) 大脱走
その1
それから三日間、俺たちは地下の掘削作業に従事した。見た目以上にきつい作業だった。重機が掘り起こした土砂をスコップで掻き出し、ネコに乗せて濾過機へと運ぶ。酷く原始的な作業だ。一日8時間の3交代制だった。24時間フル稼働ということだ。地下にいると、時間の感覚も失われる。まるで巨大な潜水艦の中にいるようだ。2時間ごとの休憩と食事だけが唯一の楽しみだった。作業をしている間は幹部連中が厳重に管理し私語も禁じられていた。隣り同士のひそひそ話しくらいは有りだったが……。
地下に送り込まれた者はみな、地上で馬券勝負をさせられて数百万円の借金を背負わされていた。おまけにクスリまみれであり、まるで心を失ったかのようだ。
それでも俺たちは捜索者のうちの半分5名を見つけることが出来た。彼らを救い出さなければならない。自分たちだけが脱出できたところで何の意味もない。俺たちは仕事でここへ来た。趣味や観光ではないのだ。
もちろん全員を救い出したいが、それはいずれ国家機関に任せたい。
鉄三郎は黙々と作業を続けながら、虎視眈々と採掘場内外の隙を狙っているように見えた。宿舎に戻ると言葉少なに計画の大筋を話した。迷路の様に張りめぐらされた通路を通り抜け、資材運搬用のエレベーターを狙う。警護の者たちを一網打尽にして地上へと向かう……簡単にゆくとは到底思えないが、それ以外に方法はないということは解る。なにしろ、武器は作業用のスコップやツルハシしかないのだ。
それにしてもわからない。この男は本当にスパイなのか。本当に2重スパイだったのだろうか? 何故、鉄三郎はナリタブライアンを殺す必要があったのか。さらに言えば、この悪の組織に未だに生かされていること自体が不思議だ。果たしてこの男を信用していいものだろうか……考えたところでしょうもないことだった。
今は信じるしかない。ここで頼れる者は他にいないのだ。
ではミウラは……この男は良く解らなかった。ひょうひょうとして掴み切れないのは相変わらずで、それでも鉄三郎に対しては大いに敵対心を持っているようだった。
ホクトベガのことはもう諦めてしまったのだろうか。はたから見ても、あんなの気の強い女をどうにかするだなんて……恐ろしい。出来る気がしない。
とにかく俺は成り行きを見守るしかなかった。
他にもわかったことがあった。どうでもいいことなのだが、ナリブーの本名は成田武、シンボリルドルフは新堀皇正、ディープインパクトは深井当。おいおいそのまんまじゃん、て名前らしい。
宿舎では労働力を上げるためだろうか、地上よりはるかに良い食事が与えられた。といっても、一般的には粗食の部類だろう。白米、みそ汁に魚や卵焼きなどのおかずがだいたい3品、漬物と梅干しがついてきた。しかし、地下は劣悪な環境だ。いつも薄暗闇だったし寒気も悪く湿気が酷い。たったの三日間であっても日に日に体はやせ細り抵抗力を失くし、弱っていくのがわかった。
実際にバタバタと倒れる奴が後を絶たないのだ。医療施設があるにはあるが、学校の医務室程度のものだ。現場で倒れた者は二度と採掘現場には戻らないらしい。
彼らがいったいどんな運命にさらされているのかはわからないが、生きて地上に戻ることはないようだ。
まったくもって人道に外れた大犯罪だ。そして、いくら人を補充しても足りない現場であるのことも良くわかった……。
なんとしてもここから、俺たちは全力で抜け出すしかないのだ!!
続く




