第6章 競馬狂の詩 19
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(3) 巨大な悪の組織
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だんだんと、道場内を仕切っている者たちの関係図が俺たちの眼にもはっきりと視えつつあった。
総支配人の木原元気を頂点として、その周りを囲むのは四天王といわれる4人の大幹部だった。シンボリルドルフ、ディープインパクト、ナリタブライアン、ホクトベガなどと名乗っていた。40前後の男が3人、ホクトベガは30代半ばの女だった。いずれも権力を嵩に居丈高に振る舞っていた。
彼らのおもな仕事は書く幹部の統率であり、シンボリルドルフは道場内での修業のカリキュラムを組み、自ら講師を務めていた。ディープインパクトは道場内の規律を順守させる徹底的な管理と統制、警備を担当していた。要は武力行使の守備隊だ。ナリタブライアンは薬物の研究、製造、投与の管理者だった。ホクトベガは食事、生活全般を担当する責任者だ。この四天王に対して修行者達は面と向かって話すことすらできず、彼らが近くを通る時は立ち止まって最敬礼を尽くすのが慣例となっていた。
また、木原元気が直接、修行者達の間近に接するということはなかった。常に神聖な存在として崇められ、カリスマとしてのその姿はステージの上でだけ、アピールされるのだった。だからその存在は常にベールに包まれたいた。
四天王の下には中級幹部が全部で16人いた。サイレンススズカ、オルフェーヴル、ゼンノロブロイ、ヒシアマゾンなどなど、いずれも歴代G1馬の名前をかたっていた。さらにその下には下級幹部が48人いた。それぞれがオープンクラスの馬名が付けられている。そのどれもが現役引退馬の名前に限られていた。
鉄三郎は、およそ自分が知る限りの情報を俺たちに提供してくれた。道場の幹部達の人間関係やおおまかな派閥、男女関係などについてもだ。かなり有力な情報を提供してくれていた。道場内の施設、造りに関してもほぼ証言と一致していた。出戻りの彼に制裁が加えられることを心配していたのだが、特に何かを強要されるということはなかった。老人ということもあったのかも知れない。若かったとしたらどうだったろうか。
彼の情報提供の中で、特に有用だと感じたのは四天王達の関係についてだ。
実はシンボリルドルフとホクトベガはすでに男女関係にあり、出来上がっていたのだ。それを知らずにナリタブライアンがホクトベガに色気を持ち、ちょっかいを出してしまったため、シンボリルドルフとナリタブライアンは関係が悪化していた。
二人の間には一触即発の危険な状況があるらしい。
下々の間では『ルドルフ・ナリブー戦争』と呼ばれ、公然の秘密となっているのだが。
そしてディープインパクトはその状況を静観していた。密かに三角関係のもつれを期待し、それに乗じて一気に筆頭幹部へとのし上がるつもりでいるのだ。セコさを本領発揮し、漁夫の利を狙っているということだ。
このような相関関係は、上級下級を問わず幹部の連中の間にいくつか噂され、あぶり出されていた。閉鎖空間に閉じ込めらているのだから仕方がない面もあるが、結局はこれほどの巨大な組織でありながら中身はどう見てもスカスカの状態だった。一般社会においてどこにでもある、不倫や横恋慕、三角関係といったものにこの道場も支配されていたのだ。いつ割れてもおかしくない薄氷を踏みながら凍った川を渡るようなものだった。
人間が集まって出来あがる組織というものは、面白いほどに似たような構造に嵌ってゆくものだ……強くそう感じた。
それは俺たちにとっては好都合なことだ。うまく油断や隙をついてゆけば、探している捜索者をまとめて脱出させることができるだろう。そうだ。決して難しいことではない。
どんなにこの道場の造りや守りが堅固であろうと、所詮は人間が創り上げた建物であり組織だ。
穴だらけの隙だらけだ!!
俺たちは組織の穴と隙を油断なく窺っていた、はずだった……。
続く




