第6章 競馬狂の詩 18
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(3) 巨大な悪の組織
その1
馬鹿でかい鐘の音が鳴り響いたと思ったら、次に激しいリズムの音楽が鳴り響いた。俺たちは叩き起こされ、まずは部屋の清掃・片づけをさせられた。黒い作務衣の連中が馬の名札を付けて俺たちを指導した。いずれも20代の若造だった。「競馬に勝てるメンタルを育てる修行の一環である」などと吠えるのだ。しゃらくさい。
それから朝7時には『イートルーム』に全員が移動し、細長いテーブルに500名ほどが並んで食事となった。目の前に差し出された食事は冷えた飯と具のないみそ汁、納豆とたくあんのみだった。道場幹部が『パワード』を10分ほど読み上げてからいただきますとなった。何もかもが刑務所と同じだ。いや、刑務所よりも酷いかもしれない。食事の粗末さと不味さといったらない。留置場よりもはるかにきつい、犯罪者以下の扱いだ。
しかし、誰も不満な顔はしていない。いずれもにこやかな顔で『パワード』を唱えて粗末な食事を旨そうにほおばっている。なんなんだここはいったい?
異様な世界の中で俺は吐き気を催した。
自由など少しもなかった。常に道場の幹部らしき黒い作務衣の男たちが監視していた。
ところどころに行く先を立ちはだかるような頑丈な扉があった。そこには必ず監視役の人間が立っている。そこから先へは、修行者は行けないのだ。
鉄三郎から聞いていた道場内の出口らしき4か所の扉は把握した。いずれも厳重に監視されている。
俺たちの自由といえばバッケンジャー大回廊とイートルームとグリーンルームそれに資料室、あとは制限付きの風呂場や共同トイレ、20畳ほどの畳の部屋『リラックスルーム』、それらを行き来する事くらいだった。他のクラスの連中とは、居室の往来を禁止されていた。
そして朝から晩まで退屈な修行の繰り返しだ。
競馬のうんちくが1割とパワードのお祈りが8割。後の1割が教祖様、木原元気のお言葉だった。うんちくなどというのは誰でも知っているくだらない知識だ。
そして時々、飲み物と一緒に怪しげな薬を渡される。宇宙のパワーを感じ取るための能力開発用の安全な薬だそうな。俺たちは上手くごまかしながら飲んだふりをしてポケットに忍ばせたり、吐き出したり。ここへ来る前に練習したことを活かした。岡林所長のレクチャーだ。戦場で覚えた技らしい。
薬漬けの奴らは見る見るうちにおかしくなっていった。よだれを垂らしたり、だらしない顔でうすら笑いを浮かべたりして従順になっていった。
ミウラは自らそんな状態を上手く装いながら、独自に調査を進めていた。
鉄三郎は3か所の出入り口を把握していた。さりげなく調べたのだが、やはり厳重な警備態勢を敷いており、簡単には突破できそうにない。
彼はかつて、ルージュで演じたような油断を誘う演技でどうにか脱出できたらしい……。老人のサル芝居などそうそう通用しまい。
簡単には突破できないことは想像できた。
それにしても何かがおかしい……。道場内で移動できる範囲に制限があるとはいえ、救出すべき捜索者の姿がまるで見つからないのだ。
どこか全く別の場所に隔離されているのか……あるいは、もしかして。
道場内の建物の構造は、少しずつではあるが把握しつつあった。
それでもやはり捜索者たちの行方は闇の中だ。
そしてそれは、思いがけない事件によって明らかとなるのだった。
続く




