第6章 競馬狂の詩 13
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(2) 欲望の渦の中で その8
ウサミさんはハアハアと肩で息をしながら言った。
「万事任せとけ。俺が悪い奴らをコテンパンに懲らしめてやる」戦闘力は確かに急上昇したのだが足手まといになる可能性も高い。そこは上手く操る必要がある。
「よく所長が許してくれましたね」
ウサミさんは初めからこの案件に、並々ならぬ意欲を持っていた。だが、業務多忙につき所長に止められていたのだ。
「ああ脅してやったんだ。俺、実は所長の愛人情報を掴んでるんだ。ある時さ、一緒に飲んだ帰りにあとをつけてみたんだよ。で、見つけたのさ愛人を。俺の切り札さ。行かせてくれないと奥さんにバラすぞってな。わははは」
どいつもこいつも、だ。ここの探偵事務所はいったいどうなっているんだ。
俺たち3人は『スティション』の中に入った。
中には陰気な感じの中年男がいた。マスクとサングラス、ボサボサの髪の毛に野球帽をかぶっている。どんな顔なのかも良く解らない。俺たちを見ない様に横を向いて壁に背をもたれている。どうみてもカモにしか見えない感じだった。
「あなたも、これから道場へ?」俺は声をかけてみた。
「そうですが……それが何か?」
「いやあ緊張しますネ」
「ええ……まあ。そうですね……」
誰とも話したくないというような様子がありありと窺えた。それ以上声をかけることはやめた。
そうこうしているうちに、黒塗りのワンボックスカーがステイションの前に止まった。運転席から道場の関係者らしき男が降りてきた。普通に宅配業者のような格好をしていた。
「お待たせしました。『馬券道場 アルメティオ・メッツ』へようこそ。ささ、乗って乗って」
うながされて俺たちは後部座席に乗った。
「あの、これを」男はアイマスクと耳栓を4人分差し出した。「到着するまで、これを装着していただくのが決まりでして」
俺とウサミさんは顔を見合わせた。これはおかしい。
「あの僕、閉所、暗所恐怖症なんですけど。拒否すると言ったら……」
「その場合は……お連れできませんねェ」男は鋭い眼つきで言った。
「あ、いや。大丈夫です。ええ大丈夫」あわててアイマスクと耳栓をした。
30分ほどクルマに揺られていたと思う。最後の方はかなりのでこぼこ道だった。クルマが停まると、ようやくアイマスクと耳栓を外すことが出来た。すぐに降りるように指示された。
外に出て見えたのは、山肌を大きく削って作ったと思える広々とした平地に、どでかくそびえ立つ要塞のような大きな建物だった。真ん中に小さな出入り口があって他には何もない。コンクリートの高い壁が立ちはだかっていた。その幅は見える限りでも400メートル以上。高さは約20メートルほどもあった。
小さな出入り口の両脇には屈強そうな大男が二人、警棒のようなものを持って立っていた。運転していた男がなにやら合図をすると、片方の男がリモコンを操作して扉が徐々に開かれていった。小さいながらもとても頑丈な造りであることがわかった。
「さあ早く降りて」運転手が促した。マスクの男が降りてこない。
「ああ、いやぁ……その、やっぱり僕は」クルマから降りることを拒んだ。
「今さら何を……困るんだなあそういうの」運転手はそう言いながらさっきとは違う合図をした。
すると、一人がクルマに近づきマスクの男を見つけた。
「あッ」という間にマスクの男はクルマの外に引きずり出された。
「うわああ。やめてええ。た、たすけてええ」
悲鳴のような声が響き渡った。そのまま引きずられながら建物の右側の奥の方へと消えていった。
「ヒイィィィィィ」マスクの男の悲鳴が山間にこだました。
運転手はぎろりと俺たちを睨みつけた。
「もう、帰れませんからね。競馬で勝つためにここまで来たんでしょ。だったら、勝てるようになるまでここで修行しましょうよ」
その顔は有無を言わせぬ迫力だった。
続く




