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防人のシキ  作者: 久保系
2/2

勅命

 鬼に抵抗するために作られた都は、防人の活躍により一時の安寧を維持していた。


 防人とは、鬼から国境を守護する兵のことを指し、かつては農民からの徴兵のみによって組織されていた。しかし、農民の士気が低い事と、戦闘の素人では十分な対処ができないという理由から、現在は武士も含めた集団となっている。依然として足りない兵力は徴兵で補っているものの、かつて常に劣勢だった頃と比べ、鬼と十分に渡り合える戦力となっていた。また、活躍に応じての報酬増加や免税などの新政策により、腕に覚えのある者が自ら防人に志願することも珍しくなかった。


 例えばシキほどの実力があれば、卑しい身分の者が一生かけて稼ぐものを、一年足らずで得ることも難しくないだろう。もっとも、シキは自ら志願して防人となったわけでは無い。どういうわけか、幼少期から防人としての英才教育を受け、今では都一番の実力者として鬼を狩り続けている。防人となった経緯を疑問に思う時期もあったが、あまり細かいことを気にしない彼は、深く追求することはなかった。


 そんな彼が報酬を受け取った後に向かった先は、質素ながらも上品な佇まいの屋敷だった。屋敷の中からは、愉快そうに話すシキの自慢話が外に漏れている。


「―――てなことがあったんだ!今まで複数を相手にしたことは無かったが、大したもんだろ?」


「ふふっ。それは見事だね。でもシキの話を聞いていると、少し気になるところがあるね」


 シキの自慢話を聞いていた者は、女性のような美しい顔立ちと声を持つ陰陽師"安陪晴明"だった。晴明とシキは幼馴染であり、お互い何でも包み隠さず話せる仲だ。


 シキはてっきり親友に称賛されると思っていたのだが、いまいちな反応を見せられて若干気持ちが沈む。


「おいおい。折角大きな手柄を立てたってのに、一体何が気になるんだよ」


 正直シキには見当もつかないことだった。なにせ、ただいつも通りに鬼と戦い、退治しただけなのだから。しかし、晴明が自分より遥かに優れた知識を持つことも理解していたし、手放しで称賛してくれないことに不満はあるものの、その話を聞かないわけにもいかなかった。


「シキは今まで、複数を同時に相手にしたことが無いと言ったよね?でもそれって当然のことだよ。だって鬼は群れで行動しないからね。だというのに、今回は二体同時に相手をしている」


「それはそうだが…偶然ってこともあるだろ。俺が鬼を狩り始めたのは三年くらい前からだけど、長くやってりゃそういうこともあるんじゃないか?」


 シキは、晴明の言うこともわからなくはないと思いつつ、どうも心配が過ぎるという気がしていた。しかし、晴明は依然として曇った表情のままだ。


「…うん。そう感じるのも無理のない話だと思う。でもシキが戦った鬼たちは、話を聞く限りだと確実に"連携"している。もっとも、これが唯一の例なら偶然というのも考えられるけれど、実は各地で同様の報告がいくつか挙がっているんだ」


 その話が事実なら驚くべきことだが、シキは未だ信用できないでいた。誰よりも多くの鬼と戦ってきたからこそ、そのような可能性は否定せずにはいられない。


「ははっ。あいつらにそんな知恵が回るとでも?俺は多くの鬼を見てきたけど、奴らが連携するなんて無理だぜ。せいぜい片言の言葉を発するくらいの頭だし。それにあんな凶暴な奴らが、誰かの言うこと聞くのか?」


 連携して戦うとなれば、意思疎通が必要となる。本能のままに人を殺す鬼には、到底不可能と考えるのが普通だろう。しかし、晴明は二十年ほど前から徐々に動き出した"ある存在"により、それも可能だと言うのだった。


「僕たちが生まれる少し前から、複数の"魔神"が動き出したことは知っているよね?どうやらその一柱が、鬼を束ねて行動しているらしいんだ。鬼の凶暴さなんて簡単に鎮めるほどの、圧倒的な力でね」


 それは、人々にとって最悪の情報だった。ただでさえ手を焼いている鬼に加え、その力を凌駕する魔神が本格的に動き出そうとしているのだから。


 だというのに、シキは何とも言い表せぬ高揚を感じていた。その感情は恐怖か、怒りか、或いは悦びなのか、今は知る由もない。ただ一つ言えることは、魔神と戦うならばシキをおいて適任者はいないということだ。


「シキ。もう分かっているとは思うけれど、魔神と戦える者はキミしかいないと考えている。そして、早速ですまないが、"(みかど)"から勅命がおりているよ。魔神の仕業とされている"神隠し"を解決するようにってね」


「ほう……は?勅命って、これから魔神と戦うのか?いくらなんでも急すぎるだろ。そもそもなんでお前を通して俺に指示を出すんだ?直接言ってくれれば良いのに」


 シキは魔神との戦闘はまだ先だと勝手に思い込んでいたため、さすがに困惑の色を隠せない。


「まぁまぁ。キミは細かいことを気にしない性格だろう?それに、敵は僕たちの都合なんか考えてくれないからね。こちらは常に気を張っておく必要があるよ。ただし、嬉しい知らせというわけでもないけれど、今回の魔神は最初の相手としては良いかもしれない」


「…と言うと?」


 シキは魔神に良し悪しがあるとは思えなかったが、何か有益な情報があるのだろうと耳を傾ける。


「今回の相手は、さっき話したような鬼を束ねているような魔神ではない。完全に孤立しているんだ。もっとも、配下を連れている魔神のほうが珍しいけれどね。つまり…」


 ―――シキの必勝形"一騎打ち"で戦うことができる―――と、晴明は相変わらず美しい笑顔で言うのだった。

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