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防人のシキ  作者: 久保系
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鬼討伐

 広大な田が広がる農村。そんな長閑な風景にはおよそ似つかわしくない、完全武装の男たちが、険しい表情で周囲を睨み付けていた。


「ここで間違いないんだな?」


 武装した男たちの頭領は、怯えた様子の手下に問いかける。


「はっ、はい。すでに数十人の農民が、三体の"鬼"どもから被害に遭ったようです」


「そうか…」


 鬼とは、人よりも知性が劣るものの、その圧倒的な戦闘能力によって人々の脅威となる存在である。そしてこの農村は、世の文化・経済の中心となる(みやこ)の近くに位置している。都にとって、この農村での出没は看過できるものではなかった。本来ならば大軍をもって応じるべきだが、ここには僅か五人の武者しかいない。非常時にしては一見甘い対応のように思えるが、都は決して鬼を侮っているわけではなかった。


「いけるか、シキ」


 頭領が問いかけた"シキ"という若い男は、他の武者たちよりも頭一つ分ほど背が高く、立派な身体を有している。彼は鬼討伐の達人として名を馳せており、都からは絶大な信頼を得ていた。ただし、その顔には微かに幼さが残っており、随分と若い青年であることが窺える。


「まぁ、三体くらいならなんとか…」


 シキが返答するのと同時に、正面から一体の鬼が姿を現した。血の如く赤い肉体と、額に生えた二本の角。そして、成人の倍ほどもある巨体が、シキを除く武者たちを震え上がらせる。


「それじゃあ、皆さんは下がっていてください。まずは目の前の奴を仕留めますんで」


「頼んだぞシキ!お前に都の命運がかかっているからな!他の二体はどこかに隠れてるかも知れんから、奴ばかりに気を取られるなよ!」


 そう言い残した頭領は、手下を連れその場を離れていった。一人残されたシキは、腰に差す刀を抜き、正面の鬼と対峙する。


「俺は三体いると聞いているんだが…一体ずつ襲い掛かってくるのか?随分と親切な鬼どもだな」


 シキの挑発が聞こえたからなのか、鬼の形相がより険しい物へと変わる。


「…オマエ、喰ウ!殺スッ!!」


 鬼は殺意をむき出しにし、歩みを加速させる。その手には巨大な棍棒が握られ、軽々と持つ様子から怪力の片鱗がうかがえる。しかし、迫る鬼を前にシキは冷静さを保っていた。なぜなら、自らの鬼殺しの腕に絶対の自信を持っていたからだ。


 互いの距離があと僅かで攻撃の射程に入るという瞬間、シキは背後から強い殺気を感じ取った。


「ガァアアア!!」


 背後に現れた"二体目"の鬼は、正面に集中していたシキをめがけ、激しい叫びとともに渾身の力で棍棒を振り下ろす。


「…ア!?」


 しかし、攻撃した先にシキの姿はない。軽快な足運びにより、既に不意討ちをかけた鬼の左に回り込んでいたのだ。


 完全に攻守が代わったかに見えたが、シキの動きを予想していたかのように、正面から迫っていた鬼の追撃が襲いかかる。まだ体勢の整わないシキの回避は不能とみて、鬼は邪悪な笑みを浮かべる。


「死ネェエエエエ!!!」


 "ドスン"という鈍い音とともに、巨大な棍棒が地面を抉る。鬼の怪力は人智を超え、どれほど優れた防具を纏おうと粉砕される。


 ただし、それはあくまで命中した場合の話だ。鬼の攻撃はまたしてもシキを捉えられず、あろうことかシキは振り下ろした棍棒の上に立っていた。


「なかなかやるじゃないか。常人なら確実に死んでたぜ」


「グッ!?」


 狂気の鬼でさえ、この予想外の展開には動揺したらしい。状況を理解するためか、戦闘中であるにも関わらず一瞬の間が生じた。そしてその瞬間は、シキが鬼を討つには十分の時間だった。


「終りだ」


 シキの一閃が、目にもとまらぬ速さで鬼の首を通過する。あまりの速さに、まるで風を切っているかのような手ごたえの無ささえ感じる。しかし、鬼の首がグラりと零れ落ちることで、シキの刃が確かに届いていたことが証明された。僅かに遅れて切断面から血が噴き出し、赤い巨体はゆっくりと仰向けに倒れていった。


「さて、次は…!!」


 正面の鬼を仕留めたばかりのシキに対し、背後にいる二体目の鬼が間髪入れずに棍棒を振る。だが、戦力の減った鬼はもはやシキの敵ではない。横に振るわれる棍棒を背面跳びで回避し、そのまま鬼の頭上を越え、逆に背後を取ることに成功した。


 そして、これから死んでいく鬼に対して一言助言した。


「俺を殺したいのなら、今度は十体くらいで襲って来いよ」



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「ま、まさか。本当にただ一人で二体も鬼を殺してしまうとは!」


 先程まで戦闘を影から見ていた武者たちは、今だに信じられないという様子でいた。それもそのはずで、鬼一体を殺すためには手練れ十人、通常は五十人が必要とされているからだ。


 呆然とする手下たちをよそに、頭領は無残に倒れた鬼の死体を確認しながら言った。


「結局二体しか現れなかったか。三体いたというのは、農民どもの見間違いだったのか?」


 シキと武者たちは念のため、日が暮れるまで捜索を続けたものの、遂には残りの一体を見つけることができなかった。一抹の不安を残したものの、シキの活躍により討伐は成功し、五人の武者たちは都へ報告するため帰路につくのだった。

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