彼は真実を知る
「ーーーとまぁ、そういう訳で入学して間もなく停学を食らったんだ。まさかその件で有名になってるとは思ってなかったが。」
精々がクラスメイトくらいしか知らないと思っていた。
人の噂とは斯くも広まりやすいものなのか。
「にゅ、入学して早々にそんな波乱があったんですか……………でもでも、それで停学って酷くないですか?センパイはその女の子を助けてあげたんですよね?」
「それでも他にやりようはあったかもな。守る為とはいえやりすぎだって言われたよ。まぁ、胸骨骨折に肋骨数本が粉砕骨折、玉が片方割れた上に頭蓋骨にひびだからな。やりすぎと言われたら否定はできないさ。」
「相手の人は麻薬を使ってたんですよね?そんな相手なんだったら少しくらいやりすぎても………あ、ちなみに、その男の人はどうなったんですか?」
「警察や学校はそうは思わなかったんだろうな。実際に相手を傷つけたんだ。弁明のしようもない。…………遠藤は退学処分、そして一家で遠くへ引っ越していったらしいよ。女の子を襲った上に包丁突きつけ、おまけに薬だ………もうこの街にはいられなかったんだろうさ。」
俺は肩を竦めて首を振った。
事実、やりすぎた自覚はあった。
ただあの時はそうするしかないと思っただけだ。
軽い脳震盪を起こしても立ち上がってきそうだったあの時の遠藤を、傷つけることなく止める事ができたらどんなに良かったことか。
あの時の俺にはそれができなかった。
だから自分にとっての最善を尽くした。
それだけだ。
しかし、六花はなんとなく承服し難いようで、未だに首を捻ってぶつぶつと文句を言っている。
「それでも停学なんて………しかも二週間も…………センパイだってしたくてした訳じゃ…………」
「それももう一年前の話だ。今更何を言っても栓無きこと、だよ。」
「それは……そうかもしれません、けど………」
とそれでも腕を組んでぶつぶつ呟いていた六花が不思議そうな顔で首を傾げた。
「………………ん?一年生の女の子…………中学の同級生………麻薬……………遠藤…………?その話どーっかで聞いた気が……………」
まさかもう一年生にまで広まっているのか?
…………いや、そこまで息の長い噂でもないだろう。
少なくともあの一件が、二年生以上がわざわざ入ったばかりの一年生に話すようなものだとは思えなかった。
ならば学校外で聞いたのか?
一番可能性があるのは……………
俺は先ほどから静かに俯いている京華を見た。
京華が六花に話したのだとすれば納得もいく。
「京華から聞いたんじゃないか?京華もあの一件を知っていたみたいだし。」
「お姉ちゃんから?……………お姉ちゃん!!」
俺の言葉を聞いた六花は首を傾げたが、やがて大声を上げて立ち上がった。
屋上にいた他の人達が驚いてこちらを見る。
六花は目を見開いて京華と俺を見比べている。
「どうしたんだ六花?周りが驚いているぞ?」
俺は六花を宥めようとするが、次の台詞によって固まってしまった。
「歩センパイに助けられたその女の子!それお姉ちゃんだ!!」
「…………………は?」
「ご、ごめん歩くん!い、今まで言い出せなくて………」
「いや、気にすることはない。俺も全く気付かなくて悪かった。」
京華が机に頭をぶつけそうになるほど勢いよく頭を下げた。
俺としては別に謝られることでもなし、ただ驚いているという気持ちが強い。
六花によって知らされた衝撃の事実、去年助けた長い髪とマスクの少女は京華だったらしい。
そう言えば停学中に例の女子が両親を伴って謝罪と感謝の為に家に訪れた、と桜さんが言っていた。
俺はちょうどその頃、将棋の師匠であるコーセー先生に指導を受けていたところだった。
あの時は霊界で二十年ほど過ごした為、現界では三日間ほど不在だったはずだ。
桜さんは「可愛らしい娘さんでしたよ。やりましたね歩さん!」などと言っていた。
当時はやりましたねとはどういう事かと考えていたが………なるほど、助けたのが京華だったとするなら確かに桜さんの気持ちもわかる。
これほどの美少女を助けられたのなら男冥利に尽きるというものだ。
「センパイはお姉ちゃんの王子様だったんだ!あっ、だからお姉ちゃんはセンパイがーーー」
と何やら口走ろうとしたが京華が俺でも驚く俊敏な動きでその口を押さえた。
「………京華?どうしたんだ?」
「ううん、何でもないよ?気にしないで…………六花、余計なこと言わないで!」
にこやかに首を振った後、六花に小声で何かを言っていた。
六花はこくこくと頷く。
安堵した京華は手を離し、六花はぷはぁっと息を上げた。
「まったくお姉ちゃんったら強引なんだから…………あんまり奥手だったら、あたしが貰っちゃうからね?」
にししと笑いながら六花がいたずらっぽく笑う
「ちょっと、何を言ってるのよ六花!」
京華が顔を赤くしてあわあわしている。
実に可愛らしいが…………何の話だ?
首を傾げていると、うんうんと頷く恵恋が見えた。
「なるほど、そんな繋がりが…………だから橘さんは………」
「恵恋、何がなるほどなんだ?」
「ん?あぁいや、なんとなく理解できてね。」
「理解?」
「うん、橘さんが…………ごめん、何でもない。」
何かを言おうとした恵恋だが、急に顔を青くして俯いた。
前方を見ると、京華がにこにことこちらを見つめていた。
実に可愛らしい笑顔だが何かが違う気がする。
「なぁ京華ーーー」
「ん?どうかしたの、歩くん?」
「ーーーいや、何でもない。」
知らぬが仏。よくわからんが何も聞いてはいけないのだと本能が理解した。
微妙な雰囲気の中鳴り響くチャイムの音。
どうやら昼休みはもう終わりのようだ。
五限目の準備をせねばならない為、慌てて片付けた俺達はその場を後にした。
六花は学年違いであり京華も俺と恵恋とは別のクラスだ。
明日も一緒に昼食を食べないか、との六花の提案を全員が了承し、解散となった。
ちなみに、連絡を取れた方が便利だからと三人の連絡先を入手する事もできた。
コーセー先生
将棋の師匠。