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彼は過去を回想する

ーーーあれは俺が四高に入学して二週間ほど経った頃。


クラス内での派閥(グループ)形成もなされていない、皆表面上は仲良くしていても、どこかよそよそしい空気を纏っている微妙な時期だった。


元来がぼっち気質であった(らしい)俺は、なんとなくその空気が苦手で誰とも話さず日々を過ごしていた。


何度か近くの席の奴に話しかけられたりもしたが、どこか緊張しているように感じたから気を遣ってほしくなくて、いつも当たり障りのない返事をして自分からは決して話しかけなかった。


放課後になると部活に入っていない生徒のほとんどは、鳥籠から解放され自由の身となった鳥のように一斉に帰宅していく。


その頃はまだ放課後に教室に残って駄弁るようなグループも作られていなかったのだ。


もちろん俺も直帰組、むしろトップランナーであった。


人混みが苦手だからHR(ホームルーム)が終わると同時にやや早足で下校していた。


()()()も変わらず、HRの終了と共に鞄を手にし、誰よりも早く廊下へ出た。


他のクラスもほぼ同じタイミングで終わっていたようで、数人の生徒が既に教室を後にしている。


俺は不自然に見られない程度に歩調を早くして、昇降口へ向かった。




「あっ………やっちまった………」


学校を出て十分ほど、俺は携帯を教室に忘れている事に気付いた。


いつもはポケットに入れているのだが、最後の授業が体育だった為、着替えの際に机の中に入れていたのを失念していたのだ。


携帯がなければ耐えられないという人間でもない為、諦めて帰ろうかとも思ったが、バイト先から連絡が入らないとも限らない。


溜め息をこぼした俺は、踵を返して学校へ戻り始めた。




教室へ戻るとそこには誰もいなかった。


既に全員が部活なり帰宅なりとしているらしい。


俺は自分の机に手をつっこむ。


中に入っていた携帯を引っ張り出し、ホームボタンを押して画面を開いた。


着信はなし、安堵の息を漏らす。


携帯をポケットに入れて、今度こそ帰ろうと廊下へ出ると、奥の方から微かに声が聞こえてきた。


男女の声だ。


昇降口へ近い大きな階段ではなく、そこから離れたあまり皆が使わない階段の方から聞こえる。


なにやら言い争っている………というか男が恫喝しているようにも聞こえた為、状況だけでも把握しておこうと気配を消してそちらへ向かう。


もしこれが恋人同士の喧嘩であれば自分の出番はない。


そうであってくれと祈りながら向かうと、壁を背に俯く女子生徒と、それに向かい合って怒ったような表情を浮かべる男子生徒が見えた。


隠れて話を聞くことにした。


ユウコからも良く言われるが、どうやら俺は"お節介焼き"らしい。




「何でだよ!高校生活も一緒に楽しもうって言ってくれてたじゃないか!」


「そ、それは………でも、それは()()()()()じゃなくて………」


「だったらどういう意味だったんだよ!?」


「わ、私は別に……遠藤くんと付き合うとか……そんなつもりじゃ………た、ただまた中学の時みたいに仲良くしようって………」


「お、お前、俺に嘘言ったのか!俺を騙したのか!?」


「ち、違うよ!騙したとかそんな…………」


「ふざけんなよ!別に良いじゃん!彼女になれよ!俺のこと好きなんだろ!?」


「え、遠藤くんの事、嫌いじゃない、けど…………」


「だったら好きなんだろ!」


「い、いや、それは違くて………うぅ………」


女子は壁に背を預けて肩を竦め、その様子に男子は更にヒートアップしそうになる。




…………………ふむ?


完璧には合っていないかもしれないが、つまりこういう事か?


あの男子………遠藤とあの女子は中学の同窓生であり友達だった。


中学の時に女子が言ったのであろう「高校生活も一緒に楽しもう」との言葉を、遠藤は「高校生になったら付き合おう」という意味だと曲解した。


晴れて高校生になり約束を果たそうとするが、すげなく断られ激昂する…………と。



ーーーなんだ、典型的な勘違い野郎じゃないか。


おそらくあの女子は、ただ同じ高校へ行く事になった友達に「私達ずっと友達だよね!」的な意味で言っただけなのだろうが、いかんせん思春期の男子というのは勘違いしやすい生き物だ。


それにしてもここまで()()()()男も珍しいと思うが、あの遠藤とやらはやや思い込みが激しいタイプなのだろう。


俺のこと好きなんだろ、だなんて余程自分に自信がないと口にはできないだろう。少なくとも俺には無理だ。死ぬ。


と状況を整理している間にも、遠藤はヒートアップしていき、声も大きくなる。


女子は長い髪で目を隠し、マスクをつけている為顔はほとんど見えないが、明らかに怯えた様子だ。


俺は溜め息をこぼし、姿を表した。




「おい、そのへんで止めておいたらどうだ?あまり大声で騒ぐと、誰かが来るかもしれんぞ?」


と言うと、突然現れた俺に二人が驚き、固まる。


「あとそこの男子、振られたからといって激昂して女子を泣かせるのはどうかと思うぞ。」


すると固まっていた遠藤が顔を赤くして怒鳴ってきた。


「お、お前には関係ないだろ!部外者は引っ込んでろよ!」


「部外者でもないさ。ここは学校であり俺は学生だ。廊下で騒がれては迷惑だと言っているんだ。」


と言いながら近寄る。


「う、うるせぇな!んな事どうだって良いだろうが!」


正論は時として何よりも人を煽る、とはどこで聞いた言葉だったか。


遠藤は苛立たしげに俺の肩を押そうとしたが、俺はその手を掴んで引きながら足を払い、転倒させた。


「俺は忠告してやっているんだ。この場は大人しく引いておけ。」


「なっ!て、てめぇ……………くっそ!!」


いつの間にか転がっていた遠藤は口をパクパクとしていたが、女子の顔と俺とを見て、脱兎の如く駆け出した。


遠ざかる背を見て再び溜め息をこぼす。




「あ、あの、ありがとうございました!」


遠藤がいなくなったことに安堵した女子が、礼を言ってきた。


「いや、気にすることはない。俺はもう行くから……気を付けてな。」


「あ、あのっ!」


踵を返した俺を女子が呼び止める。


「ん?どうした?」


「あっ、い、いや…………す、すみません、何もないです……」


「そうか?なら良いが………それじゃあな。」


軽く手を振って別れた。




トイレに寄ってから昇降口へと向かうと、先ほどの女子が靴を履き替えていた。


どうやら今から帰るようだ。


……………………ふむ。


遠藤が再び現れて何かしないとも限らない為、家まで送ろうかとも考えたが、出会ったばかりの男子にそんな事をされても迷惑だろうと思った。


しかし、これでまた遠藤に言い寄られて何かされでもしたら俺の気分は地に堕ちてしまう。


小さく溜め息をこぼした俺は、気配を消して女子の背中を追った。




女子生徒はやや俯いて考え事をしながら歩いているようだ。


先ほどの一件を思い返しているのであろうか。


その様子を見ながら俺は女子の後方を歩く。


………………バレないように。


そう、ストーカーだ。否、これは護衛だ。


護衛というと押し付けがましいが知られなければ自己満足だ。


己の心の安寧を得られるのであればちょっとした寄り道くらいは何でもない。


途中で電車やバスにでも乗って帰るのであれば諦めようとも思っていたが、幸いな事に、あるいは残念な事に、女子は俺と同じく徒歩での登校らしかった。


バス停にも駅の方向にも向かわず、方面的には俺の家の方に歩いていったのだ。


もしかしたら家の近くかもしれない。ならば好都合だ。


面倒なことが起きませんように、と祈りつつ追うこと二十分強。


途中にあるスーパーから分岐して、俺の家とは違う方向へ向かった。


それなりに近いといえば近い、くらいの距離だ。


平均以上に良い生活を送れているのは間違いないだろう、言い切れる大きめの洋風の一軒家に彼女が入ったのを確認した俺は、周囲を軽く探って遠藤がいないかを確認したが、見つからなかったため大人しく帰宅した。


いくらあの男でも、あんな事があったその日に彼女につきまとう事はなかったということだ。


俺は人知れず安心した。






一週間後の放課後、俺は例の女子の背を追っていた。


あれから毎日俺は影ながら彼女を尾行していた。


もう立派なストーカーである。否定はできない。


どうやら彼女は何らかの部活にでも入っているようで、三日に一日、放課後になってもすぐには帰らない日があった。


その時は昇降口近くのベンチに座って本を読み、彼女が現れるまで待っていた。


もはや一流のストーカーである。ぼっちでストーカーとか救いようがない。


ともあれ、あれから一週間、毎日彼女を尾行しているが、ついぞ遠藤が現れることはなかった。


今日も何もなければもう忘れよう、と思っていたその日に事件は起きた。起きてしまった。




彼女の家まであと十分ほどかと思われるところで、遠藤は現れた。


曲がり角から突然現れた遠藤を見て固まる女子生徒。


遠藤にはこれといった反応がないことから、意図して待っていた事は間違いない。


さてどうするか、と悩んでいると、遠藤は出会い頭に頭を下げた。


「この間はごめん!俺、ちょっと調子乗ってた!」


誠意を持って謝っている………ように見える。


()()()()どころではなく調子に乗っていたと思うが、ここで姿を表して口を挟みはしない。


女子は急に謝られて困惑していたが、遠藤が正気を取り戻していると気づいて安堵する。


「う、ううん……この間のことは、その……ちょっとビックリしちゃったけど………大丈夫だよ。」


彼女がそう言うと、遠藤は顔を上げて嬉しそうな顔をした。


「そ、そうか!それは良かった!」


端から見れば友達同士の男女が仲直りをする微笑ましい光景。


だが、俺は遠藤の瞳に暗い()()()が渦巻いているように見えた。


正気を保っているようには見えなかったのだ。


案の定、遠藤が続けて発した言葉に、俺は頭を抱えた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


……………何を言っているんだこの阿呆は。


彼女も同じ気持ちだったのだろう。


ぽかんと呆けて首を傾げている。


いや、実際には長い髪とマスクのせいで表情は見えないのだが、現状を理解できずに固まっているのはわかった。


「えっと……?どういう事……かな?」


「え?だから、俺と付き合ってくれるんだろ?」


「な、何でそうなるの……かな?」


「だって大丈夫だよって言ってくれたじゃないか。」


遠藤が間抜け面でそう言った。


まるで、何を当たり前のことを、とでも言いたそうな顔だ。


「えっと………ご、ごめん、そういう意味じゃ、ないんだけど………」


何かを感じた彼女が後退る。


しかし、足が震えていて思うように動けない。


「は?何でだよ?俺達もう恋人だろ?逃げるなよ。」


遠藤が能面のような顔で近寄る。


「ち、違う……私達……恋人じゃ、ない………」


彼女がそう言うと、遠藤の能面のような顔は般若へと変貌した。


「また、騙したのか?お、俺を、また、騙したのか………?」


「だ、騙してなんて………」


彼女の声が湿り気を帯びる。


震えが大きくなり、下がろうとして尻餅をついた。


「うるせぇ!俺を騙しやがって!ふざけんな!ふざけんなよ!!」


遠藤が彼女に襲いかかり、その首に手をかけようとした瞬間。




遠藤の体は宙を舞っていた。


即座に駆け寄った俺が、胸に前蹴りを放ってぶっ飛ばしたのだ。


手加減はしたが胸骨を軽く折った感触があった。


肺や心臓に突き刺さるほどではないが、もう立てないだろうと思ったが、俺の予想に反して遠藤は胸を押さえながら立ち上がった。


「お、お前は………お前はぁぁぁぁぁ!!」


鬼のような形相で憎しみに満ちた瞳を向けてくる。


「お前、なぜ立てる?痛くはないのか?」


常人であればなかなかに耐え難い苦痛を味わっているはずだ。


遠藤の身体つきや動きを見るに、武道などを嗜んでいて痛みに耐性がある、という風には見えない。


後ろで女子が小さく悲鳴を上げた。


遠藤がポケットから包丁を取り出したのだ。


「お前、また俺を邪魔しに来たのか?また俺から奪うつもりかぁ!?お前……殺してやる……ころっ………こ、殺して……ころすコロス殺す殺してやる……殺す殺す殺す殺す殺すぅぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


叫びながら包丁をこちらへ向ける遠藤。


もはやその目は闇が渦巻いているどころか混沌のようであった。


ラリってんのかこいつ。



……………………ん?()()()()()


もしや、と思った。


「遠藤、お前もしかして……薬やってるんじゃないのか?」


眉をひそめて問いかける俺に、遠藤はにやーっと嫌らしい笑みを浮かべた。


その瞳は変わらずぐるぐると渦巻いている。


「薬ぃ?お薬ぃ?なぁんのことだぁ?俺はぁ、ただちょーーーっと()()()()()()注射を打っただけだぜぇ?あっ!そうだ、お前もどうだぁ?俺と一緒に気持ちよぉくなろうぜぇ?」


ふらふらと揺れ動きながら後ろの女子に向かって話しかけるが、彼女は声にならない叫びを上げながら俺にしがみついた。


その様子を見て遠藤の笑みが消える。


「……………おい、おいおいおいおい………なぁんでその男にくっついてんのぉ??………てめぇは俺の彼女だろうがよぉぉぉ!!」


本格的に薬が回ったらしい。


身体が微細に震え、口の端からは涎を垂らしている。


包丁をぶんぶんと振り回して怒る遠藤を見て、俺は覚悟を決めた。


薬を打っているのであれば、ちょっとした攻撃では意味をなさない。


俺だけならばともかく、ここには無力な女子がいた。


今の様子を見るに、遠藤は俺よりも彼女に危害を加える可能性が高かった。




俺はしがみついている女子の手に手を重ね、なるべく優しげな声を出す。


「大丈夫だ、安心しろ。目を瞑っていれば全てが終わる。俺を信じてくれ。」


頭を撫でて彼女の()を落ち着かせる。


これは合気柔術の師匠であるエンデン先生に教えてもらった技だ。


ガタガタと震えていた体が少し落ち着きを取り戻し、呼吸が安定する。


長い前髪の間からこちらを見上げる彼女の目を見た。


「何も問題はない、良いな?」


すると、彼女が力を緩めてこくんと頷いた。


解放された俺が前を向くと、遠藤が奇声を上げて飛び込んできた。




俺は一瞬で遠藤との距離を詰める。


咄嗟に包丁を振り下ろす遠藤の手を、空手の師匠であるダイサン先生直伝の廻し受けによって捌き、連突きによって遠藤の肋骨を砕く。


同時に放った金蹴りにより、玉が一つ潰れ、失禁した。


膝をつきながらも意味不明な言語を叫びながら睨み付けてくる遠藤の脳天に、とどめの手刀を叩き込んだ。


声も上げずに地に伏せる遠藤。


完璧に意識を失った事を確認し、脈拍を確認する。


生きてはいる事を確認した俺は、女子生徒の方に振り返った。


彼女はぎゅっと目を瞑って耳を塞いでいる。


俺は彼女に近寄り、震える肩にぽんっと手を置いた。


びくっと肩を竦めた彼女が目を開き、俺を見上げる。


肩に置いていた手を頭に持っていき、再び撫でながら気を落ち着かせると、安堵した彼女は肩の力を抜いて気を失った。


はりつめた緊張感から強いストレスを感じていたのだろう。


俺は彼女の身体を掴んで優しく寝かせた。




深い溜め息をついた俺は携帯を取り出して警察に電話をした。









ーーー三日後、学校から俺に二週間の停学及び自宅謹慎を言い付ける連絡が届いた。

遠藤

京華の中学の同窓生。

思い込みがかなり激しい残念な勘違い君。

麻薬のせいで勘違いどころか気違いになった。

京華に叶わぬ恋をしていた。


エンデン先生

合気柔術の師匠。

小柄だけど横綱級の巨体をもコロコロ転がしちゃう元気なお爺ちゃん。


ダイサン先生

空手の師匠。

酒瓶とか暴れ牛の角とかを手刀で切り飛ばしちゃう人。

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