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彼は彼女に出会う

「橘はお姉さんと待ち合わせをしていたんだよな?」


「はい、そうです。そこのスーパーの前で待ち合わせをしていました。」


俺が買い物をしたスーパーである。


ちなみに俺が買った物はあの男達に襲われる前に隅に置いていた為、無事であった。


「何時に待ち合わせしていたんだ?」


「お姉ちゃんは部活で新入生との顔合わせがあるから、それが終わったらすぐに来るって言ってました。だからもしかしたらもういるかもしれないです。」


「部活?お姉さんも学生なのか。」


「はい!天道センパイと同じ四高の二年生ですよ!」


俺と同じ学年の橘…………うん、わからん。


そもそもぼっちの俺が把握している名前なんて雀の涙ほどしかない。


思わず大量の涙が出そうになったが堪える。


弱ポーカーフェイスのお陰で、俺が泣きそうになっている事など思いもよらないであろう橘を連れて路地裏を出る。


スーパーに行くと、橘と同じ四高の制服を着た女生徒が困った表情でキョロキョロと辺りを見回していた。


「あっ、お姉ちゃんやっぱり来てた!おーい!お姉ちゃーん!!」


橘(妹)が元気よく手を振ると、呼ばれた橘(姉)はこちらを振り返って驚いた後、安堵の溜め息をこぼした。


そして今は怒ったような顔でこちらに走ってきている。


「六花!あなたどこに行っていたのよ!」


金糸雀(カナリア)の奏でる旋律のように美しい声を上げたその女性は、橘(妹)の茶髪よりも色が濃く、黒に近い色の髪を、妹同様にサイドポニーにしていた。


橘(妹)よりも低い位置で結んでいる為、妹よりも大人びて見える。


顔立ちも、勝ち気そうな妹よりも穏やかで癒し系と言われるもので、綺麗で清楚な感じと年相応の可愛さが絶妙に両立していた。


身長は平均ほどだろうか、もしかしたら平均より少しだけ小さいかもしれない。


怒ったような拗ねたような表情も彼女の可愛さを損なわず、むしろより印象強くしていた。


妹と一緒にいる俺のことをいま認識したようで、恥ずかしそうに顔を赤らめて俯く姿は俗に言う胸キュンものである。


ぶっちゃけて言おう。


めちゃくちゃ可愛い。


一目惚れ………とまではいかないが、初対面でこれほど心を乱されたのは初めての事であった。


この時ばかりは動揺が表れにくい弱ポーカーフェイスに感謝した。


いずれにせよ、このままという訳にはいくまい。


橘(姉)は恥ずかしさのあまり涙ぐんでいる。


俺は(見た目)無表情無言無感情で佇んでいる。


橘(妹)はどうすれば良いかわからずオロオロしている。


ここは(見た目)冷静な俺が何とかするしかあるまい。


俺は一歩前に進み出た。


「初めまして、俺は天道歩。四高の二年生だ。君は?」


まずは自己紹介。これ、基本。


問いかけられた少女は慌てて答える。


「あっ……は、はい!橘京華(たちばなきょうか)です!私も四高の二年生でしゅ………ですっ!」


噛んだな。


「お姉ちゃん噛んだね。」


「噛んでませんっ!」


いや、噛んだよ。


しかし俺はデキる男なのでここは突っ込まない。


スルースキルはデキる男の必須技術だ。


「橘、君の妹は先ほど…………………」






…………………という訳で説明終了。


橘(姉)からは厚く感謝された。


「そ、そんな事があったなんて………天道さん、妹を救っていただき、本当にありがとうございました!!」


青白い顔をした橘(姉)は俺の手を握って深く頭を下げる。


顔に出ないとはいえ、流石に動揺を抑えられない。


「い、いや、気にしないでくれ。偶々だからな。」


「何かお礼をさせて下さい!何でもしますから!」


ん?いま何でもするって………………これ以上はいけない。


「年頃の娘が何でもするなんて言うものじゃないよ。」


「お姉ちゃんってば大胆だねー。」


橘(妹)がキャーと言って顔を隠すふりをするが、指の間から見ているし姉をからかっているようにしか見えない。


「え?……………あっ、いや、ちがっ!違うんです!いや、違わないけど!とにかく違うんです!」


握手していない方の手をバタバタと振って否定する橘(姉)


……………なんだ、違うのか。いやわかってたけどね?


「わかっているから落ち着け。」


「は、はい………すみません。」


俯く橘(姉)に橘(妹)が追い討ちをかける。


「ところでお姉ちゃんいつまでセンパイの手握ってるの?」


「え?…………きゃっ!ご、ごめんなさい!!」


きょとんとした橘(姉)だが、未だに俺の手を握りしめている事に気付いて慌てて離した。


慌てたり恥ずかしがったり落ち込んだり、慌ただしい娘である。


実に可愛い、うむ。


「重ねて言うが気にするな。俺は一向に構わない。」


むしろもっと握っていてくれても良かった。


橘(姉)は照れたように顔を赤くして再び俯いた。


実に可愛い、うむ。




……………いかん、橘(姉)と接していると俺のキャラがおかしくなる。


明鏡止水。明鏡止水。


と心の中で唱えていると、横から橘(妹)が頬を少し膨らませてジト目を向けてきた。


「むぅ………お姉ちゃんばっかりセンパイと仲良くしてずるい!あたしの方が付き合い長いんだからね!」


何を拗ねているんだこの小動物は。


付き合いの長さは十五分程しか変わらないだろう。


「落ち着け橘。何を怒っているんだ?」


「別に怒ってないですよーだ!」


子どもかお前は。可愛いけど。


「ちょっと六花!年上の人に何て言葉遣いをしてるの!」


「あっ、ごめんなさーい。ついつい。」


ぷんすか怒る橘(姉)とテヘペロと反省する橘(妹)。


「いや、構わない。橘が話しやすいように話してくれ。橘もな。」


一応言っておくが一つ目が橘(妹)であり、二つ目が橘(姉)である。


「で、でも妹の恩人にそんな………」


「恩人だなんて堅苦しい事を言わないでくれ。橘は俺の同級生であり、橘は俺の後輩だ。それで良いだろう。」


一応言っておくが一つ目が橘(姉)であり、二つ目が橘(妹)である。


「やった!さっすが天道センパイ!」


「もう、六花ったら………けど、わかったよ。改めて宜しくね、えっと………て、天道くん?」


ぴょんと跳ねて喜ぶ橘(妹)と、それを窘めつつも控えめに名を呼ぶ橘(姉)。


「俺の事は歩と呼んでくれ。」


とりあえず修三の真似をしてみる。


あいつの真似をすれば友達がいっぱいできそうな気がする。


「じゃあじゃあ、あたしの事も六花って呼んで下さいよ、歩センパイ!両方橘じゃわかりにくいし!」


「わかったよ、六花。」


「わ、私は……ええっと………うぅ………」


橘(姉)は恥ずかしそうにもじもじしている。


「橘、無理をするな。」


六花の方を名前で呼べば橘(姉)を橘と呼んでも問題ないだろう。


しかし、それは橘(姉)が嫌がった。


「わ、私だけ仲間外れも嫌ですし…………私の事も……きょ、京華って呼んでね………あ、歩くん。」


名前を呼んで照れてくれる様子は、あるゆる男子に勘違いという名の呪いをかけてしまえそうな程に強烈なものであるが、生憎俺はそういった勘違いをする程自分を信じていない。


彼女が俺の名を呼んで赤面しているのは、俺に対して特別な感情を抱いているからではなく、単純に照れ屋だからであろう。


下手な勘違いをしない事もまた、デキる男の条件なのだ。




………と下らない事を考えていると、ポケットに入れていたスマホに着信があった。


スマホを取り出し画面を見ると、桜さんからの着信であった。


「すまん、電話がきた。」


「あっ、どうぞどうぞ!気にしないで!」


パタパタと手を振る京華。うん、可愛い。


「悪いな。…………もしもし、桜さん?」


『あ、もしもし、歩さん?今どちらにいらっしゃるんですか?』


「すまんがまだスーパーの前だ。ちょっと色々あってな。」


『色々って………また()()()()ですか?』


桜さんの言う例のアレとは、霊のアレのことだ。


桜さんは俺が霊能力者である事を知る数少ない人の一人である。


「いや、今日は違う。ただのトラブルだよ。気にしないで。」


『トラブルって………怪我とかしてませんか?』


「大丈夫だよ。もうすぐ帰るから、詳しい話はそれからで。」


『はぁ………わかりました。お待ちしておりますので、どうかあまり無理をなさらないで下さいね。』


「無理なんかしないよ。………それじゃ、また。」


『はい、お気をつけて。失礼します。』




電話を切って橘姉妹に向き直る。


二人は不思議そうな目でこちらを見ていた。


「すまん、待たせたな…………どうした?」


「あっ、えっと………お家からの電話だよね?帰るって言ってたし……。」


「そうだが?」


「じゃあじゃあ、さくらさん?って誰なんです?お母さんとか?」


「いや、両親は既に亡くなっている。電話していたのは家の家政婦だ。」


「あっ……す、すみません!」


「ごめんなさい、センパイ!」


二人して気まずそうな顔をする。


俺は肩を竦めて首を振った。


「気にしないでくれ。もう四年前の話だ。」


それでも申し訳なさそうな顔をする二人に小さく溜め息をこぼす。


「頼むから本当に気にしないでくれ。そんな顔をされた方が、こちらが困ってしまう。」


「そ、そうだよね……ごめんなさい。」


「んむむ……わかった!なら気にしない!」


どうやら六花の方が頭の切り替えは早いらしい。


「それでそれで、家政婦ってどういう事ですか?」


六花が好奇心を湛えた瞳を向けてくる。


「家の家事をしてくれているんだ。お手伝いさんだよ。」


「へへぇー……そんなの本当にいたんだぁ………」


六花が感動したように頷きながら呟くと、次に京華が控えめに手を上げて質問してきた。


「あ、歩くん………その、さ、桜さんとはどのようなご関係で?」


「ん、何でそんな事を聞くんだ?」


「あっ、いえ、その………何だか、電話をしている時の……あ、歩くんが、凄く優しい顔をしていたから……。」


「…………そうか?」


「あ!それあたしも思った!センパイもそんな顔するんだって驚いちゃった!」


無表情で悪かったな。


「桜さんは………まぁ、俺にとっては幼馴染みみたいなもんだ。」


「幼馴染み………?歳が近いの?」


「そう離れてはいないかな。今は二十四歳だ。」


「うわっ、若妻だよ若妻!!」


若妻じゃねぇよ。家政婦だよ。


「えっ!あ、歩くん結婚してたの!?」


どうしてそうなる。


「京華………桜さんは家政婦だって言ったばかりだろう。そもそも、俺はまだ結婚できる年齢じゃない。」


「あっ………そ、そうだよね!ごめんね!私ったら………」


京華は恥ずかしそうに手をパタパタとしている。


実に可愛い、うむ。


というか京華は天然の気があるな。


実に可愛い、けしからん。


「ねぇねぇセンパイ!そのさくらさんの写真とかないんですか?」


という訳で修三に見せたものと同じものを二人に見せた。


「うわっ!すっごい美人さんじゃん!なにこれ!?」


何だこの既視感は。


六花は修三に通ずるものがあるのかもしれん。


「はわわ………や、やっぱり綺麗…………」


はわわってなんだ。


そんなの初めて聞いたぞ。


可愛すぎる、畜生。


…………というか、やっぱり?


やっぱりとはどういうことか。


問いかけようと京華を見るが、思わず躊躇してしまった。


京華が何故か落ち込んだ様子で俯いている。


己の容姿と比べたのか。京華は以外と負けず嫌いなのだろうか。


しかし俺からすれば京華も十分に美少女である。


否、十二分に美少女だ。


もしかしたら彼女は自分に自信を持てずに悩んでいるのかもしれない。


これは何とかせねばなるまい。


俺は意を決して口を開いた。


「京華、君だって桜さんに負けない美少女だろう。自信を持て。」


「…………………へ?」


京華が呆けたように唖然とした。


……………もしかして何か間違ったか?


「え?あれ………へっ?私が………え?」


これでもかというくらいに赤面して混乱しているようだ。


やはり何か間違ったのか。女心は難しい。


「すまん、つい口を挟んでしまった。忘れてくれ。」


「えっ、あ………もしかして、冗談………だったり?」


「冗談な訳がないだろう。俺はそんな冗談は口にしない。」


言葉は間違えたかもしれないが、嘘や冗談を言った覚えはない。


「え、じ、じゃあさっきのは………その……………えっとぉ………?」


まずい。


混乱しすぎて京華の頭から湯気が出そうだ。


…………仕方がない、ここはショック療法だ。


俺は京華の肩を掴んで真っ直ぐに目を見た。


「京華、君は可愛い。いいね?」


「えぇ!?え!?あれ!?えっ!?」


「いいね?」


もう一度だめ押し。


そして目を反らさず見つめ続ける。


「あっ……は、はいぃ……………」


京華の頭はショートしたようだ。


だが先ほどまでのように慌てた様子はなくなった。


ショック療法、成功である。


半分夢の世界に旅立った京華をよそに、歩が自己満足をしていると、不機嫌そうな顔をした六花が歩の袖を取ってきた。


「むぅ………歩センパイ、あたしは?」


「六花がどうした?」


「あたしは可愛いですかって聞いてるんですぅ!!」


なぜ怒る。


「既に君には言ったはずだが。………六花、もちろん君も可愛いさ。少なくとも俺はそう思う。」


「にひひっ………それなら良いですっ!」


意味がわからずに首を傾げる。


左手に着けた腕時計が目についた。


「そろそろ帰らないと桜さんがまた心配をしそうだ。すまないがここで。」


「はいっ!それでは!今日は本当にありがとです!歩センパイ!」


「あぁ、また会おう六花。それと、京華もまたな。」


二人に手を振るが、京華からは返事も返ってこなかった。


俺は気にせずに歩き出した。


京華が意識を取り戻した時には、既に俺の背は見えていなかった。

橘京華(たちばなきょうか)

歩と同じ四宮高校の二年生。でもクラスは別。

綺麗さと可愛さを持ち合わせた美少女。

元気な時は元気だが基本的に大人しい。

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