彼は友達作りを決意する
ーーー天道歩はぼっちである。らしい。認めたくはないが。
「歩ってば今更気づいたのー?どー考えたってぼっちだよ!放課後や休日どころか、お昼ご飯だっていつも一人じゃん!」
…………………………。
「そ、そういえば確かに。何故今まで気付かなかったのか………。」
「にゅふふ、歩は変なところで鈍感だよねー。いつもはむしろ鋭いのにさー。」
ユウコは猫のような口をして、にゅふふと笑う。
きっと今の俺はユウコに負けず劣らず青白い顔をしていることだろう。
「だからさー、歩もそろそろ友達の一人や二人、作っても良いんじゃないかなーって思うんだよねー。学生でいられる期間なんて後から考えるとすっごく短いんだよ!一人っきりでいるのが駄目とは言わないけど、友達や彼女なんかがいる生活もきっと楽しいよ!若人は青春を謳歌しないとね!」
「青春を謳歌………ねぇ。」
ユウコの話を聞きながら落ち着きを取り戻した俺は、顎に手を当てて考え込む。
彼女………はともかく、確かに友達くらいは欲しいものだ。
放課後に連れ立って軽く食事したり、休日に街を出歩いたり、昼飯を一緒に食べたり………そういった事に憧れが無かったとは言わない。
ただ、心のどこかでそういうのは自分にはもう無理だと、諦念を抱いていたのは否めない。
それで良いと思っていたし、これからもきっとそうだろうと思い込んでいた。
しかしユウコは、そんな俺も青春を謳歌すべしと主張する
「歩は別に人付き合いに問題あるとかいう訳でもないんだから。ただちょっとそーゆーのに臆病になってるだけだよ。歩ならきっと大丈夫だよ!」
「………そう、かな。俺が……俺なんかが友達作っても良いのかね?」
脳裏に過去の記憶が浮かび上がる。
俺は無意識に手を強く握り締めていた。
しかし、ユウコはそんな俺に向かって満面の笑みを浮かべてみせた。
「良いに決まってるじゃん!!ユウコお姉さんのお墨付きだよ!」
そう言って、いつもの子どもっぽい笑顔とはまた違う、少しだけ大人びた笑顔を見せてくれた。
思わず見とれてしまうような美しい笑顔に、俺は呆けたような顔になる。
「あれ、どうしたの歩?………あっ、わかった!今アタシに見とれてたでしょー!まったくもう、まったくもう!」
ユウコが表情を一変させ、照れたように体をくねくねさせる。
「あぁ……見とれてたよ。ユウコがあまりにも綺麗で。」
嘘を付く必要もないか、と考えた俺は正直に告白した。
「えっ!?いや、そんな………そ、そこは突っ込んでくれても良いんじゃないかなーって…………にゅふふっ」
思わぬ回答に素で驚いたような顔をしたユウコは、先ほどのような演技ではなく、実際に顔を赤らめてもじもじとした後、まんざらでもなさそうに小さく笑った。
「でもユウコ、自分で自分のことお姉さんとか言って恥ずかしくないのか?」
「そこ掘り返すの!?それは軽く流しといてよー!」
今度は照れたような拗ねたような顔をしている。
見ていて飽きない幽霊だ。
こうしてユウコと話しているのも嫌いじゃないのだが、そろそろ行かなければ遅刻してしまう。
「さぁ、それじゃ行こうか。」
そう言って俺は再び歩き出した。
「あっ、待ってよ歩ー!」
ユウコが慌てて追い掛けてくる。
背後から聞こえるユウコの声を、どこか心地よく感じながら俺は心の中で考えていた。
ーーー霊能力者だって、青春を謳歌しても良いはずだよな。
ガラガラと音を立てて教室の扉を開くと、中には既に半分以上のクラスメイトが揃っていた。
各々友達と駄弁っていたりしたが、俺が中に入ると皆がこちらを見て口を閉じた。
一瞬の静寂の後、どこか気まずそうに話し始める。
クラスメイトを軽く見渡し、一年の時のクラスメイトが数人だけいる事を確認する。
友達作りを始めると決心した俺は、意を決して口を開いた。
「おはよう。」
言葉にすれば一瞬。
しかし、クラスメイトに再び訪れた静寂は先ほどよりも長いものだった。
やがてその空気に耐えられなくなり、俺は軽く俯いた。
「すまん、忘れてくれ。」
一言そう言って、自分の机に向かう。
未だ困惑した空気の中、元気な声が響いた。
「おう、おはよう!俺は中村修三ってんだ!これから一年、よろしくな!」
中村と名乗った男は、坊主頭で日焼けをした褐色肌の純粋そうな男子生徒であった。
人懐っこい笑みで俺に手を上げる。
俺は思わず呆けるが、それも一瞬で回復し、それに応えた。
「あぁ、俺は天道歩だ。よろしくな、中村。」
「珍しい苗字してんだな!俺のことは修三って呼んでくれよ、中村って呼ばれ慣れてないんだ。」
修三はそう言って後頭部を軽く掻く。
「わかった、修三だな。俺のことも歩と呼んでくれ。」
「おう!よろしくな、歩!」
「あぁ。」
自己紹介を終えて、再び机へ向かう。
他のクラスメイトからは挨拶は返ってきてはいないが、先ほどまでの気まずい空気は無くなっていた。
始業式を終えて、今日は昼で放課となる。
がやがやと騒がしい中、俺は手早く支度して荷物を持った。
すると、修三がそれに気付いて近寄ってくる。
「歩、もう帰るのか?随分早いな。」
「あぁ、ちょっと買い物を頼まれていてな。」
「へぇーお使いか。偉いんだな!」
「そうでもないさ。うちは二人暮らしだからな。家事はほとんど任せっきりだし、これくらいはな。」
桜さんがうちに来た当初は断られていたが、どうせ自分が出掛けている時くらいは買い物くらい遠慮なく頼んで欲しいと俺から懇願したのだ。
「二人暮らしか………俺んちもお袋と俺の二人だけだ、一緒だな!」
修三は暫し考え込むようにしたが、次の瞬間にはにっこりと笑みを浮かべていた。
「そうだったのか。」
一見して元気の塊のようなこの男にも、それなりの事情があるということか。
「歩の家は親父さんか?お袋さんか?」
「いや、両親はもういない。今は俺と家政婦の二人だ。」
「あっ、そうだったのか。すまん…………って家政婦!?なんじゃそりゃ!?」
修三は少しだけ気まずそうな顔をした後、驚いてすっとんきょうな声を上げた。
「家政婦は家政婦だよ。お手伝いさんだ。」
「へへぇー、お前の家ってすげぇんだな。家政婦っていうと、やっぱりお婆さんだったりするのか?」
なんだその先入観は。
と呆れた俺は訂正する。
「家政婦が皆年寄りな訳じゃないだろうに。うちのはまだ二十代の人だよ。」
「なんだそれ、めっちゃくちゃ羨ましいじゃねぇか!可愛いのか?」
「ん………まぁそれなりに可愛い……というか綺麗だと思うが。」
「写真とかねぇのかよ?リアル家政婦とかめっちゃ興味あるんだけど!」
好奇心いっぱいの瞳で修三が見てきた為、俺は渋々携帯で撮った桜さんとのツーショットを見せた。
「えっ、この人が!?すっげぇ綺麗じゃん!なにこれ!?やべぇ!!」
あまりに驚いて修三の語彙が悲惨なことになっている。
すっげぇとやべぇを連呼する修三を宥めた。
「まぁ、そんな訳で買い物頼まれてるから俺は帰るよ。修三はこの後何かあるのか?」
「まじやべぇ…………あ、あぁ時間取らせて悪かったな。俺はこの後部活だ!新入生との顔合わせがあるからな!」
なんと修三は野球部だったらしい。
なんと、というかやはり、というか。
これほど野球部らしい人間も珍しいと思った。
「あ、そうだ!メアド交換しようぜ!折角だからよ!」
「メアドか。勿論構わないよ。」
という訳でメアドを交換。
まさか友達作りを決意したその日にクラスメイトのメアドが手に入るとは思わなかった。
これも修三のコミュ力のお陰だ。
互いにメアドを登録し、別れる事となった。
「そんじゃな、歩!また明日!」
「あぁ、またな修三。」
俺は修三に手を振り返して教室を後にした。
学校を出て家に帰る途中にあるスーパーに寄った。
桜さんから頼まれた買い物を終え、両手にビニール袋を持って店を後にする。
いざ帰らんと家の方向へ足を向けたところで、微かに女の子の声が聞こえた。
何となく気になって声の方へ向かう。
そこは少しだけ入り組んだ裏路地だった。
近付くと声が鮮明に聞こえてくる。
「や、やめてったら!いい加減にしないと人呼ぶよ!」
「ちっ、めんどくせぇな。おい、口塞げ。連れてくぞ。」
「やめてよ!いやっ、誰か助け………」
「ちょいと静かにしといてくれや嬢ちゃん。悪いようにはしないぜぇ?」
角から覗き見ると、制服を着た女子が三人の男に囲まれていた。
一人に腕を捕まれ、一人に口を塞がれている。
三人はその女子をどこかへ連れて行こうとしているようだ。
俺は小さく溜め息をつき、歩き出した。
足音に気付いた男達がこちらを見る。
怪訝そうな顔で威圧してきた。
「あん?誰だお前?俺達に何か用か?」
「いや、何してんかなって思ってさ。」
「見りゃわかんだろ?これからお楽しみだよ。ガキはすっこんでろ。」
男は面倒そうに俺を追い払おうとする。
「悪いけどそういう訳にもいかなくてな。その子を放してくれないか?」
「はぁ?なに言っちゃってんのお前?頭でも沸いてんのか?」
「頭沸いてんのはお前らだろゴミクズ。」
そう言うと男達は一瞬呆けた後、怒りを露にする。
「お前………年上には敬意を払えって教わらなかったかぁ?」
威嚇するように睨み付けてくる。
「目上の人間には敬意を払えって教わったな。基本的に年上は目上の人間だが、何事にも例外ってのはあるもんさ。お前らみたいなゴミクズに払うには、俺の敬意はちょっと高すぎる。諦めろ。」
「馬鹿じゃねぇの?そもそもお前この子と何か関係あんのかよ?」
「その子は俺の後輩だ。」
眦に涙を浮かべた気の強そうなその少女は、四宮高校の制服を着ていた。
制服や革靴が真新しいことから、この春に入学した新入生であろうと推測した。
「だからなんだよ?後輩を助ける正義のヒーローにでもなったつもりかぁ?」
「正義のヒーローだって相手くらいは選びたいだろうさ。お前らみたいな三流以下のゴミクズじゃ、見せ場にもならない。」
「一々むかつくクソガキだなぁおい。状況わかってんのかよ?」
「ド素人のゴミクズが三匹だろ?わかってるよ。」
「…………もういい、やっちまえ。」
怒髪天を衝いた男が命令すると、黙っていた男二人がこちらへ向かってきた。
一人が殴りかかってくるのをしゃがんで避けると同時に体を右前の半身にし、右足を地面に強く叩きつけ、右の掌底をがら空きのボディに叩き込んだ。
掌底は水月を貫き、男は肺の空気が押し出され、すぐさま意識を失った。
一瞬で仲間がやられた事で同様している男に素早く近寄り、前蹴りで水月を貫く。
本気でやると内臓が破裂する恐れがある為、手加減はしている。
二人目も意識を失った事を確認すると、俺は残ったもう一人に目を向けた。
男は呆然と立ち尽くしている。
「な、なんだよお前………なんなんだよお前ぇ!!」
「ただの中国拳法だ。八極拳………と言ってもわからないか。昔、達人に教わった事があってな。」
「中国……達人…………は?なに言ってんだよ、お前………。」
「気にするな。どうせお前とはもう会う事もないだろう。」
そう言ってゆっくりと近寄る。
男は逃げようとするが、俺は一瞬でその背に寄ると、裸絞めにて気絶させた。
「これも昔、柔道の達人に教わったものだ。もう、聞こえてはいないだろうがな。」
そう言って一息ついていると、捕まっていた少女が近付いてきた。
「あ、あの、助けてくれて、ありがとう……ございました。」
振り向くと、茶色っぽい髪を頭の横で結んでいる、身長低めの少女がいた。
少し怯えたような顔で感謝を述べる少女に、俺は軽く手を振る。
「いや、気にするな。偶々通りがかったから見過ごせなかっただけだ。」
俺が普通の反応をしたので、少女は安堵したような様子を見せる。
「で、でも!………とにかく、ありがとうございました!あたし、橘六花って言います!四高の一年生です。」
四高とは四宮高校の俗称である。
「やっぱりそうだったか。俺は天道歩。同じく四高の二年だ。」
「天道……センパイ?………どっかで聞いたことあるような………。」
「そうなのか?……それよりも、怪我はないか?」
「あっ、はい!大丈夫です!ありがとうございました!」
元気な娘だ。
「どうしてこんな所にいたんだ?君みたいな子が一人で来る場所じゃないだろう。」
「えっと、お姉ちゃんと待ち合わせしてたんですけど………猫をみつけて、追い掛けてたら…………」
申し訳なさそうに俯いて呟く少女を見て呆れた俺は口を開いた。
「それにしたってもう少し周囲に気を配った方が良いぞ?表はあまり治安が悪くないが、どこの街にもこういう場所はあるからな。」
「そう、ですよね。ご迷惑かけてすみませんでした。」
ションボリと肩を竦める少女を見ていると、これ以上注意するのも悪い気がしてきた。
既にかなり反省もしているようだし。
「まぁ、君ぐらい可愛い娘なら特に危険だからな。気をつけると良い。」
これで終わり。という感じで締めた。
「えっ……あ、あたし、可愛いですか?ほんとに?」
少女が驚いたように目をぱちくりさせる。
「いや、普通に可愛いんじゃないか?」
人の容姿をとやかく言うような事はあまりしないが、少なくとも目の前にいる少女は十分に美少女と呼べるレベルだろう。
誰が見ても平均以下ということはないはずだ。
ちょっとだけ鋭い猫のような目も、幼さの残る顔立ちも、血色の良い健康的な肌も、俺がすればとても可愛らしい。
「そ、そんな……あたし、そんな、こと…………」
少女は顔を赤らめて俯き、もじもじとしている。
「?……君なら今までにも可愛いと言われたことくらい多々あるんじゃないか?」
「い、いやいやそんな!小学校の時も中学の時も、周りの男子から男っぽいとか弄られてたし………」
「それはたぶん恥ずかしかっただけだと思うが………ただの照れ隠しだろ。」
たぶん。知らないけど。
「そう………なんですかね?」
「まぁ、少なくとも俺は君が十分に可愛いと思うけどね。」
そう言って肩を竦めた。
「あ、ありがとう、ございます。………にひひっ」
再び顔を赤くした彼女は嬉しそうに小さく笑った。
ユウコのお手本にしたいくらい可愛い笑い方だ。
なんて考えていると、橘に聞こえないのを良いことに、ユウコが俺を叱りつけた。
曰く、失礼な事を考えている気がした、と。
無駄に勘の良い奴め。
目の前にいる橘にばれないように、俺は小さく溜め息をついた。
中村修三
歩のクラスメイトで友達第一号。
野球部所属の元気で真っ直ぐな少年。
橘六花
今年から四宮高校に入学した一年生。
天真爛漫な元気っ娘。