彼は己がぼっちである事に気付かされる
新作です。
書き溜めがなくなるまでは三日に一度の更新です。
屍霊の方も近日中に更新します。
ーーー天道歩は霊能力者である。
そこらの怪しい雑誌で紹介されている紛い者ではなく。
やらせじみたテレビ番組に出演してドヤ顔で的外れな事を嘯く偽者でもなく。
実際に霊を視る事も、話す事も、特殊な状況下においては触れる事さえ可能にする、本物の霊能力者である。
しかし彼がそんな特別な存在である事を知る者は片手に足る程しかいない。
彼自身がそれを吹聴したところで信じる者などいないという事は、過去の経験により明らかであった。
その秘密を共有する極僅かの人物以外から見れば、彼は平々凡々………ではないが、少し特殊なだけの高校生であった。
ーーー季節は春。
つい先日まで感じていた寒さもすっかりなりを潜め、仄かに甘い香りのする優しく暖かな風が吹く四月上旬、私立四宮高校は始業式を迎えていた。
この春から二年生となる天道歩は、学校から徒歩20分ほどの距離にある家で登校の支度をしていた。
俺の家はやや広い敷地を持つ和式の平屋だ。
天道家はそれなりに古くから続いている由緒正しき名家であるらしいのだが、誇れるほど上流階級であったり地主であったりする訳ではない為、特筆すべきところはない。
強いて誇るものがあるとすれば、明治から残されたやや広めの敷地と、そこに建つやや大きめの家くらいだ。
明治からある家となると古ぼけたような感じがするが、俺が生まれる少し前に改築したらしく、トイレなどを除き殆どは木造であるが古臭さはそれほど感じない。
住んでいるのは俺と家政婦の女性が一人、計二人である。
俺の家族であった両親と兄は既に他界しており、現在は親から遺された遺産と高校に入学して始めたアルバイトの収入によって生計を立てている。
上流階級と言える程ではないにしろ、名家の称号は伊達ではないらしく、遺産はそれなりにあった。
両親が決して低くない給料を稼いでいた事も、その要因の一つであろう。
しかし、先の事を考えるとそれだけに頼るという訳にもいかず、日頃からアルバイトに精を出している。
洗面台で顔を洗って一息つき、備え付けの鏡で寝癖がないか確認をする。
そこに映っていたのは、毛先にやや癖のある少しだけ長い黒髪を持つ青年である。
というか俺だ。当たり前だが。
顔立ちはそう悪くないと思う。思いたい。
両親は四年前に亡くなったが、二人ともそれなりに整った容姿をしていた為、息子である俺も決して不細工ではないはずだ。
テレビに出るようなイケメン俳優なんかと比べるとやはり劣ってしまうのは自分でも承知しているのだが。
容姿はそれなりに整っているとは言え、ややつり上がった眦と表情豊かとは言えない弱ポーカーフェイスのせいで、見る者に少しばかり冷徹な印象を与えてしまうのは俺自身幾度も悩んだものである。
自分ではちゃんと表情を動かしているつもりなのだが、俺の頑固な表情筋はあまり協力してはくれないようだ。
これに関してはもう諦めている。
鏡を見て改めて自分の無表情を確認し、溜め息をついて、その場を後にする。
学校指定の学ランを着て今時珍しい手提げの学生鞄を持って玄関に向かう。
段差のある玄関で腰掛け、これまた学校指定の革靴を履いていると、後ろから家政婦に声をかけられた。
「歩さん、もう行かれるんですか?出立される前はお声かけ下さいと何度も申し上げているじゃないですか。」
「すまない、桜さん。何か忙しそうだったから、邪魔しないようにと思って。」
弁明しつつ立ち上がって振り向くと、セミロングの黒髪を一つ結びにして軽く肩に流した女性が怒った様子で腰に手を当てていた。
彼女の名は並木桜。
二年前から我が家で家政婦をしてくれている、二十四歳の女性である。
彼女は俺が生まれる前から我が家で家政婦をしていた並木梅の孫であり、昔から祖母にくっついて家政婦の勉強をしながら俺の遊び相手もしてくれていた桜さんは、俺にとって幼馴染みでもある。
両親と兄を失った俺にとって、梅婆と桜さんは数少ない信頼できる人達だった。
桜さんが二年前に大学を卒業して正式に天道家の家政婦となり、その1年後に梅婆は桜さんに全てを引き継いで退職した。
今では実家のある九州に帰り余生を穏やかに過ごしている。
桜さんは昔から梅婆にしごかれていた事もあり、今では立派な美人家政婦として家を支えてくれている。
「まったくもう、歩さんはいつもそうやって私に気を遣われるんですから。私はこの家の家政婦なんですから、お見送りくらいさせて下さい。」
「気を付けるよ。それじゃ行ってきます、桜さん。」
「それもいつも聞いてますよ………はい、お気をつけて行ってらっしゃいませ、歩さん。」
呆れつつも柔らかな笑顔で見送ってくれた桜さんに軽く手を振り、俺は学校へ向けて歩き出した。
「今日から二年生だね、歩!」
家を出て数分、学校へ向けて歩を進めていた俺に声がかけられた。
俺は歩きながら右前に視線だけを向け、口を開く。
「あぁそうだな。君は今日も元気そうだな、ユウコ。」
「にゅふふ、それがアタシの取り柄だからね!」
この奇妙な笑い方をする少女の名はユウコ。
そして奇妙なのは笑い方だけではない。
彼女は時代錯誤な白装束に身を包み、頭には白い布が巻いてあり、額の前には三角形の布飾りがある。
膝裏まで届く長い髪をゆらゆらと漂わせ、青白い顔からは生気というものが一切感じられない。
にも関わらず表情豊かで言動には元気が溢れている。
髪の色は浮世離れしたような薄い青色だ。
そして足が浮いている。
幽霊だ。
ユウコは列記とした幽霊である。
ちなみにこの名をつけたのは他ならぬ俺であった。
彼女に出会った十年前に名付けて以来、彼女はずっと俺に付きまとっている。
もはや親友と呼べるレベルでお互いを理解しているのは、嬉しくもあり虚しくもある。
一番仲の良い相手が幽霊ってどういう事だよ。
ともあれ、この年齢は俺と然程変わらないように見える可愛い幽霊少女は、今日も平常運転のようで何よりだ。
「ところで歩、もう歩が高校生になって一年が経つ訳だけれども、そろそろ良いんじゃないのかな?」
「確かに俺が入学して一年が経つが………良いんじゃないって、何が?」
彼女の言いたい事が理解できずに首を傾げる。
「いや、だからさ、そろそろ作っても良いんじゃないのって思うんだよねーアタシは。」
「作るって何をさ?」
「まー何て言うかー……………友達とか?彼女とか?」
「は?」
俺は思わず足を止めた。
頭の後ろで手を重ねて横目でこちらを見るユウコを、呆けたように見つめ返す。
「彼女はともかく友達って…………普通にクラスメイトがいるじゃないか?」
「いや、そういうのじゃなくてさー。放課後とか休日とかー、一緒に遊んだりするよーな友達だよー。」
「いや、それくらい俺にだって……………」
俺はこの一年を思い返す。
とある事件によってクラスメイトからやや遠巻きに見られるようになった俺だが、それも最初の方だけで、夏以降からは普通に話す事も多々あったはずだ。
例えば移動教室の場所であったり。
ほんのちょっとした世間話であったり。
放課後は………………特に何もなくすぐに家に帰っていた。
休日は………………桜さんに付き合って買い物に行ったり、偶々見つけた霊に巻き込まれたりしていた。
一年を振り返りながら俺は思わず冷や汗をかく。
あれ、これってーーー
「もしかして俺………友達いないのか……?」
「え、今更気づいたの!?」
ーーー天国の父さん、母さん、兄さん。
どうやら俺、ぼっちだったみたいです。
天道歩
高校生二年生。
霊能力を持つ。
感情が表に出にくい弱ポーカーフェイス。
並木桜
天道家の家政婦。二十四歳。
梅婆
天道家の元家政婦。
桜の祖母。
現在は引退し、九州で隠居中。
ユウコ
十年前に出会って以来、歩とずっと一緒にいる幽霊。
姿を消す事ができ、あちこちに移動したりもする為、常に一緒にいる訳ではない。