死んだはずの娘が銀髪美少女になって帰って来た件
前作『前世持ちの少女が願うこと』のifストーリーです。
それはいつもと何も変わらないある昼下がりのことだった。
昼食を食べ終え、妻と2人でリビングでテレビを見ていると、不意にインターフォンが来訪者を告げた。
老夫婦2人暮らしの家に人が訪ねてくることはあまりない。宅配便か何かかと思いながら、腰を上げかけた妻を制し、たまたまインターフォンの近くにいた私が応対することにした。
しかし、インターフォンのディスプレイに表示された人物は、いろんな意味でこちらの想像とは違っていた。
見慣れない衣装に身を包んだ銀髪の美少女がそこには映っていた。
年齢は高校生くらいだろうか?外国人の年齢は外見からではよく分からないので、もう少し上かも知れないし、下かも知れない。
現実では見たことのない長く美しいプラチナブロンドの髪、抜けるような白皙、すらっとした抜群のスタイルを、しかしどこか野暮ったい生成りの衣装で包んでいた。
しばし呆然とディスプレイの中の少女を見つめてしまっていたが、その少女が少し困ったような表情を浮かべてもう一度チャイムを鳴らそうと腕を上げたところで、慌てて受話器を取った。
「はい、どなたでしょうか?」
誰何すると、少女は腕を上げかけた状態のままビクッと震え、緊張からかその表情を強張らせた。
言葉を探すように視線を彷徨わせながら、のろのろと腕を下す少女の姿を見て、私はどこか既視感を覚えた。
この無表情ながらどこかおどおどとした態度を、どこかで見たような…?
奇妙な既視感に、眉間にしわを寄せて記憶を探ろうとしていると、少女はようやく言うことが決まったのか、ゆっくりと口を開いた。
「…あの、更科健二さん……ですか…?」
「そうですが?」
誰何に誰何で返してきたことを不審に思いつつ、名前を知られているということは知り合いか?いや、外国人の知り合いなどいないよな?と内心で自問していると、少女は、1人でまたぐるぐるさせていた視線を突然キッと鋭くさせると、大声でとんでもない爆弾を投下した。
「あの!私、更科梨沙です!帰宅中に交通事故で死んだ更科梨沙の生まれ変わりです!!」
はあ?と思いながら、私は意識の隅で既視感の正体に気付いた。
ああ、この無表情で必死で言葉を探す感じ、1人で追い詰められて緊張が極まった結果、凄い勢いで思ったことをそのまま言葉にしてしまう不器用な感じ。
…18年前に死んだ娘が人見知りモードを発動させている時にそっくりだ、と。
* * * * * * *
その後、家に招き入れた少女の話を聞いて、私の直感は正しかったと確信した。
家族でなければ知りえないような話を知っていたし、何より思い出話をする少女の表情や態度が、記憶の中の死んだ娘と完全に一致した。
最初は家に入って来た少女を不信感剥き出しで睨み付けていた妻も、話をするうちに私と同じ結論に至ったようだった。
「やっぱり…信じられない?」
一通り話し終わると、私たち夫婦と向かい合うようにソファに座る少女は、少し俯きながら不安そうに上目使いでこちらを見上げてきた。
っ……!!?か、可愛すぎる!!!
スマホ!スマホはどこだ!
ああ間違いない、この可愛さ愛くるしさ!間違いなく我がむす…ぐふっ!
思わず目の前の天使を写真に収めようとスマホを探し始めてしまった私の脇腹に、妻の肘鉄がめり込んだ。
…いかんな。最近息子や下の娘が孫を連れて来てくれないから少々暴走してしまったようだ。
脇腹を押さえつつ目の前の少女…いや、生まれ変わった娘を見ると、先ほどの不安そうな様子はどこへやら、大きな目をぱちくりさせてこちらを見ていた。
ああそんな表情もまたかわ……冗談だ。だからぐりぐりするのはやめておくれ、妻よ。
軽く咳払いして気を取り直すと、表情を和らげ、私は娘に言った。
「もちろん信じるさ。お父さんが可愛い娘を見間違えるはずないだろう?」
「ええ、そうね。話をして分かったわ。あなたは間違いなく私たちの娘よ」
妻と共にそう言うと、娘は大きく目を見開き、次の瞬間その瞳に涙を浮かべると、私と妻の元へ飛び込んで来た。
「お父さん……っ!お母さん……っ!!」
涙に濡れた声で私たちを呼ぶ娘を、私たちは優しく抱き締めた。
そのまま私たちの腕の中で泣きじゃくる娘を見ていると、ふと、小さい頃に迷子になった娘を、散々探してようやく見つけた時のことを思い出した。
あの時も安心して泣きじゃくる娘を妻と共に抱き締めたなぁと思い、目の前の妻を見ると、同じことを思っていたのか、妻も涙を眼に浮かべながら私を見て、どこか困ったように笑った。
そして、娘が帰って来たということが完全に脳に浸透したのか、急激に胸の奥から言いようのない感情が湧きあがって来た。
「よく……帰って来たな……っ!!」
「ええ…おかえりなさい、梨沙…っ!」
もらい泣きなのか、急にこみあげてきた涙を堪えながら、私は万感の思いを込めた言葉を娘に贈った。
すると娘は顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃになった顔に満面の笑みを浮かべて言った。
「ただいま!お父さん!お母さんっ!」
その表情を見て、私はこの不思議な奇跡を起こしてくれた神に感謝を捧げた。
……些末なことだが、娘よ、生まれ変わって身体能力がすごいことになってないか?
今、ソファに座った状態から予備動作なしに2m以上跳躍しなかったか?
冷静に思い返すと物理的にありえない動きをしていたような…。
いや、娘が生まれ変わって帰って来てくれたことに比べれば本当に些細なことなのだが…。
* * * * * * *
それからしばらくして、ようやく娘が落ち着いた頃、気が付けばもう日が沈む時間になっていたので、とりあえず夕食にしようということになった。
「遅くなっちゃったし、手伝うよ」
そう言って一緒に台所に立つ娘と妻を見ていると、人種も歳も全然違うのに、それでもなぜか親子のように見えてしまうのだから不思議なものだ。
それから出来上がった夕食を3人で食べながら、これからのことについて話した。
娘は生まれ変わった先の家族と折り合いが悪くて、家を飛び出してきてしまい、もう帰る場所がないと言っていたが、せめて連絡くらいはした方がいいのではないかと言うと、
「どうせ気にもされてないから大丈夫。そもそも連絡する手段がないしね」
と苦笑いしていた。
その表情を見て、本当にそちらの家族に何の未練もないのだと察した私は、もうこのことについては何も言わないことにした。
…というのは建前で、私は内心、こんな可愛い娘をないがしろにしたというまだ見ぬ家族に怨嗟の言葉を吐き散らかしていた。
もう頼まれたって二度と娘と話などさせてたまるか!どこの誰かは知らんが、この子は誰が何と言おうと私たちの娘だ!ボケが!
そんな内心は表に出さず(不穏な気配を察したのか、妻がピクリと肩を揺らしていたが)、私は娘にこれからどうするつもりかと聞いた。年齢を聞くと17歳ということだったが、それならば学校に通った方がいいのではないかと思ったのだ。しかし、
「学校は…もういいかな。あんまりいい思い出ないし、手続きとか面倒そうだし」
などと言う。
どうやら娘は、向こうの家庭内だけでなく、学校でも孤立していたらしい。
…ほう、いじめか?よろしい。ならば戦争だ。かつて狂犬と呼ばれ恐れられた私の本気を見せ…いぎゃ!
持っていた湯呑にヒビが入ったところで、妻に容赦なく足の指を踏みつけられた。
痛みのあまり目に涙を浮かべながら妻に抗議の目を向けるが、絶対零度の視線に迎撃されてさっと目を逸らした。
所詮狂犬など、かつて暴れ鬼と呼ばれた女帝の前では大人しく尻尾を振るしかないのだ。
気を取り直して、ではこれからどうするつもりなのかと問うと、娘は、お父さんたちに会うことしか考えてなくて、何も考えてなかったと言う。
まったく、生まれ変わっても、1つのことに集中すると他のことがおろそかになるところは変わっていないらしい。
まったく…相変わらず可愛いな!
結局、先のことが決まるまではうちにいればいいと伝え、その日は寝ることにした。
娘の部屋は、18年前に娘が交通事故で死んだ日からそのままになっている。
時々他の子供たちが孫を連れて来た時に、孫を寝かせるのに使っているが、家具などは基本的にそのままだ。
かつての自分の部屋を嬉しそうに懐かしむ娘をちゃっかりスマホのカメラに収め、私も寝室に向かった。
* * * * * * *
翌日、下の娘と息子にも娘の帰還を伝えた。
最初は2人揃って私がボケたと思ったようだが、妻に電話を代わって、妻が私の言うことを支持すると、ようやくまともに話を聞く気になった。
…これ、泣くところか?
それでも2人とも半信半疑…いや、二信八疑くらいだったが、下の娘は、娘が電話を代わると、かなり不信感が薄れたようで、実際にうちに来て娘と顔を合わせると、自分の姉の生まれ変わりだとあっさりと信じたようだった。
そして、最後まで疑っていた息子も、うちでとても楽しそうに会話を弾ませる姉妹を見て、とうとう生まれ変わりを信じたらしい。
「死んでもシスコンは治らなかったのかよ」と微妙に涙ぐみながら吐き捨てた息子を見て、下の娘は「そう言うお兄ちゃんはいくつになっても素直じゃないわね」と反撃していた。
その日は久しぶりにかつての家族だけで団欒を楽しんだ。
お互いにこれまでのことを色々話し、下の娘と息子が帰らなくてはならないと言い出すまで、それぞれの身の上話で大いに盛り上がった。
…そして私のスマホのメモリーも大いに圧迫された。
* * * * * * *
娘がうちに帰ってきて1カ月が経った。
この頃になると、帰って来た当初のバタバタもかなり落ち着いてきた。
依然として娘はうちで家事手伝いをしている。
それはいいのだが、この1カ月、どうも娘の行動におかしなことが目立つ。
例えば食事の準備を手伝っていた時のこと。
娘が誤って包丁で指を切ってしまい、それを見た私は、これはいかんと思ってマッハで救急箱から消毒液と絆創膏を取って来たのだが、戻って来た時には血は止まっており、それどころか傷跡もきれいさっぱりなくなっていた。
例えば3人でリビングでテレビを見ていた時のこと。
うちのテレビはかなり古く、そろそろ買い替えなくてはいけないと思いながらも、そのままずるずる使い続けているような代物なのだが、その時も突然画面が点滅し出し、音飛びするようになった。
一端電源を切ろうとしたところで、突然娘が立ち上がってテレビに近付いて行き、テレビの上に手を置いた。
叩いて直す気か?と思いながら娘の後ろ姿を見ていると、不意にテレビの異変が収まった。
結局その日以来、テレビが不調を訴えることはなくなった。それどころか反応も速くなったし、映像も音も以前よりクリアになった気がする。
例えば妻が娘に庭の草むしりを頼んだ時のこと。
1人では大変だろうと私も手伝いに行ったのだが、まだ娘が庭に行ってから5分も経っていないはずなのに、庭の雑草はまるで根っこごと焼き払われたかのようにきれいさっぱりなくなっていた。
手持無沙汰そうに縁側で足をぶらぶらさせていた娘に、抜いた雑草はどこへやったのかと聞くと、全力で目を逸しつつ、言い訳ともつかない言い訳をしながら分かりやすく逃げて行った。
他にも色々と細かいことはあったのだが、極め付きは、庭の木に野良猫が上ってしまって下りられなくなっていた時のことだ。
私は猫の鳴き声でたまたまそのことに気付き、裏庭の倉庫から脚立を取って来て助けてやろうとしたのだが、私が脚立を持って庭の角を曲がった時、信じられない光景が目に飛び込んで来た。
なんと、娘が枝の上にいる猫を捕まえようとしていたのだ。いや、それ自体は問題ではない。問題は、猫に向かって手を伸ばす娘の足元に、どう見ても何も足場がないことだ。
そんな馬鹿なと思い、目頭を指で揉み解してからもう一度そちらを見た時には、娘は猫を両腕に抱きかかえた状態で地面に立っていた。
猫を家の塀の上に離してやり、ふとこちらを振り返って、「あれ?お父さんいたの?」と可愛く首をかしげる娘に、私は引き攣った笑みを返すことしかできなかった。
最初は歳のせいかと思い、まさか息子たちの言うように本当にボケたのかと焦っていたのだが、ここまでいろんなことが起きると流石に娘を疑わざるを得なくなる。
まあいくつかのことは気のせいと言われればそれまでだし、見間違いだと言われれば否定もできないので、まだ娘に直接聞くことはできていないのだが…。
* * * * * * *
夕日に照らされる道を、娘と2人で歩いていた。
今日は息子と下の娘が家族を連れてやって来るということで、買い出しに行こうとしていたところ、できた娘が荷物持ち役として同行してくれたのである。
娘は、華奢な体で意外なほどの筋力と体力を発揮し、両手にいっぱいの荷物を軽々と持ち上げて見せた。
今も、隣で涼しい顔で荷物を運ぶ娘の横顔を見ながら、ふと今なら聞けるのではないかと思った。
「…なあ、梨沙」
「何?お父さん?」
こちらを見てくる娘に対し、私は前を向いたまま、直球で尋ねた。
「何か、お父さんに隠していることがあるんじゃないか?」
「……」
娘が立ち止ったために、少し娘を追い越してしまった私は、振り返って娘を正面から見た。
しかし、少し俯いたまま視線を彷徨わせる娘に、帰ってきた時のインターフォン越しの姿を思い出してしまった私は、まあいいかと思ってしまった。
「言いづらいことなら無理に言わないでもいい。ただ、覚えておいて欲しいのは、私は…私たちは、何があってもお前の味方だということだ」
そう言って踵を返すと、少ししてから娘が追い付いて来て、横に並んだ。そして、ぽつりと言葉を零した。
「ありがとうお父さん。でも大丈夫。いつかは言わないといけないと思っていたことだから。でも、お母さんや…お兄ちゃんたちにも聞いてもらいたいから、帰ってから話すね」
「そうか」
気まずさの無い沈黙が満ちる。
私は綺麗な夕空を見上げながら、今度はどんな爆弾が飛び出るやらと苦笑いした。
どさっ!がしゃがしゃん!
突然隣から、荷物が落ちたのだろう耳障りな音がして、私は袋が破けたのかと驚きながら隣に視線を下ろした。
するとそこには、荷物を落としたことにも気付かない様子で、目を見開いて立ち尽くす娘の姿があった。
何に驚いているんだ?と娘の視線をたどると、そこには1人の外国人の少年が立っていた。
まるでどこぞの貴族かのような気品を漂わせる美しい少年は、まるで映画に出てくる中世ヨーロッパの王子様のような服を着ていた。
「セリア!!」
その少年が娘の方を見ながら異国訛りの言葉でそんなことを叫んだ。
途端、娘が踵を返し、脱兎のごとく逃げ出した。
川に向かって坂を駆け下りると、躊躇なく川に飛びこ……まない!?あれ!?川を跳び越えようというか飛び越えようとしてないか!?
走り幅跳びのオリンピック金メダリストも真っ青になるようなありえない跳躍を見せた娘は、そのまま対岸に着地すると、これまた短距離走のオリンピック金メダリストが真っ青になりそうな速度で対岸を駆け抜けて行く。
その様を呆然と見送っていると、不意に「ヴィレンティフィ!セリア!」というような聞き慣れない異国の叫びが耳に届いた。
どこの言葉だ?少なくとも英語じゃないよな?と思いながら、半ば無意識にその声の方に顔を向けると、先ほどの少年が川の水面をまるで忍者のように走り抜けて行くところだった。
凄まじい勢いで対岸の坂道の向こうへと消えて行った2人を呆然と見送ってから、私は少しずつ状況を整理し始めた。
先ほどの様子からして、あの王子様然とした少年は娘の知り合いだろう。
しかし、娘は生まれ変わってから、家庭でも学校でも孤立していたと言っていた。
現に、娘はあの少年を見てすぐに逃げ出した。
つまりあの少年、いやあの野郎は……娘の敵だ。
そこに思い至った途端、私の中の狂犬の血が一気に目覚め、頭の中に残っていた驚愕を吹き飛ばした。
荷物をその場に下ろし、ゆっくりと深呼吸を1つ。
「待てやこのクソガキャぁ!!!!」
全力で叫ぶと、私は2人を追って猛然と坂を駆け下りた。
※更科健二氏は還暦を迎えたお年寄りです。
(家族あるいは恋)愛の力は素晴らしいというお話。あるいは王太子様からは逃げられない!というお話かもしれません。
繰り返しになりますが、これは続編ではありません。あくまでifストーリーです。