*episode.1 ひょんなことから
20××年12月30日。
私は誰よりも高い場所で、誰よりも早く、この冬の初雪を見たの。
純白の雪を眺めながら、くすんだ羽根を温めて。
汚れのない真っ白な雪は、黒く汚れ切った私にはちょっと眩しかったなぁ。ふふっ。
私にもいよいよ飛べる日が来たんだわ。今まで勇気がなくて飛べなかったけど、自分で満足出来るくらい強くなれたんだ。
空の上の上に居るあの人達は、自分から勇気を出して飛んだんだから、あんな高い場所で幸せそうに笑ってたんだよね。勇気がある証ってことで、神様が幸せにしてくれたんだ。
だから、私も、あそこに行きたいから。
飛ぶ。
今。
震える膝を叩いて。
ぐるぐる渦巻く頭を抱えて。
歪曲する視界が気持ち悪いから、目を閉じて。
飛んだ。
――……
――よわよわしくなきながら、小鳥はいきをひきとりました。
『かわいそうに。わたしがねがいをかなえてあげよう。』
神さまは、そっと小鳥にてをあてました。
♡
「え?」
素っ頓狂な自分の声で目が覚めたら。気が付いたら目が開いていた。視界は真っ白にボヤけているけど、ちゃんと見えてるみたいだ。
指先を動かしてみる。これも何も変わらないいつもの感覚で、他の部位も特に変わった様子はなかった。
「……生きてるんだわ」
声も出る。今までと変わらない声で、思った通りの言葉がはっきりと。
あ、寝起きにいきなり「生きてる」なんて言うのは変だって思ったでしょ?
だって、私は自殺したんだもん。
20××年12月30日、初雪が降り出した夜に、高層マンションの最上階から飛び降りたの。
飛び降りたって言うか、まあ……正確には「飛びたかった」んだけどね。天国まで一気に飛びたくて、そのまま幸せに死にたくって。
思い出したら恥ずかしくなってきたわ! 何を考えて飛びたいなんて思ったのかしら! 完全に頭の中が混濁してたんだ。
飛べるわけないのにね。死んだって幸せになれる訳じゃないのに、辛い事から逃げられる訳じゃないのに。
本当に馬鹿だわ、人ってどうして混乱すると頭おかしくなるんだろう。
ま、そんなこんなで。何で私は生きてるの?
マンションは27階まであるし、途中から意識はなくなってたものの、ちゃんと頭から落ちたはず。
普通生きてられる? 頭カチ割れて身体も真っ二つで、臓器もぐっちゃぐちゃで目ん玉も飛び出したりしてるはずじゃないの。
あぁ、もしかしてあれは夢だったのかもしれないわ。夢の中で自殺しようなんて、よっぽど死にたいのか馬鹿なのか臆病なのか――
「目、覚めた?」
「は?」
……何か今、声しなかった?
上半身を起こして周りを見回してみる。誰も居ない。ただ水色とピンクが混ざり合った空間が広がっているだけ。
何、空耳?
「目が覚めたか訊いてるんだが……?」
んんん、やっぱり声がする。めっちゃくちゃ呆れられてる気がするけど、そこは気にしないでおこっと。
「誰? 目は覚めましたけど」
とりあえずてきとーに返事をしておく。
「おぉ、ちゃんと聴覚もあるな。
おはよう、ばんびーは」
「バンビーナ?」
思わず聞き返した。
バンビーナって何だっけ。えーと、確かあれ……少女、だったっけ? あ、少女はガールか……。
「そう、お前はばんびーなだ。
魔法戦士として生まれ変わったのだ」
??? 何言ってるのこの声。
魔法戦士? 生まれ変わったですって???
何のファンタジーだよ。おちょくってるのか。
「あの、もしかして私嘗められてます?」
一応訊いてみる。「はい」なんて返されたら殴ってやろ。
「まあ、信じられないのも無理ないだろうな。時期に分かるだろう……。
とりあえず、お前には大事な使命がある。それを完璧に……じゃなくていいから、しっかりと最後までやり遂げてもらう」
使命? 何それ。話が全く読めないんだけど。
てゆーか、時期に~じゃなくてちゃんと説明しなさいよ。適当すぎるってば。
「つべこべ言うな! お前の願いを叶えてやったんだから、その代償として相応の使命を与えたまでだ!!」
声は叫んだ。
「願いを叶えた……?」
私、何かお願いしてたっけ?
髪を茶色に染めたいとか、顔を整形したいとか、頭良くなりたいとか、お金がたくさん欲しいとか?
いや、それはないか。髪はいつものパサパサの黒髪だし、顔だって触ってもいつも通りだし。えーと、頭は計算してみたら分かるかな? 生前は2ケタ×2ケタのかけ算が暗算で出来なかったんだよね。
46×73=? ……やっぱり分からないじゃない!
「ふざけてるんですか!? 勝手に話を進めないで下さい!」
納得出来ない。私には何の得もないのに、お前の願いを叶えてやったんだから~って何かやらなくちゃいけないなんて。恩着せがましいし、何より面倒な事はごめんよ。
「何を寝惚けてるんだ、お前がとべるようにしてやったんじゃないか!」
「と、ぶ?」
とぶって、飛ぶ? それは確かに飛びたかったけどさ……。
「そうだ、試しに1回とんでみろ!」
「は、はぁ……」
何だかよく分からないし、死ねたんだったらもう飛べなくても良いんだけど。
まあいっか。お試しくらいなら飛んであげよう。
立ち上がって、両手を広げてみる。
「……えい」
助走も付けずに、やる気のない掛け声だけでぴょんと飛んでみた。
「――!?」
軽く跳ねただけだったのに、私の身体はギュンギュンと音を立てて、数メートル先まで跳んでいた。
……う、うそ。ほんとにとんだ!?
「どうだ、これで納得だろう。これでお前は何メートルも先までとぶことが出来る。」
その声は、声だけなのに自信満々な様子が伝わってくるくらい自信満々に言ってきた。
腹立つけど、本当にとべたんだから反論する気はなかった。
「でもさ。とぶって言っても、私は上に飛びたかったわけで、前に跳びたかったわけじゃないんだよね。」
何の気なしに呟いてみると、空気を一気に吸い込んだような声が聞こえてきた。
「っ、今なんて言った!?」
「え、だから前じゃなくて上に飛びたかったって……」
「聞いてないぞそんなの!!」
「まぁ、言ってないしね」
私がおどけて見せると、今度は深い深い溜め息が聞こえてくる。
「あぁ、何てことだ……希少なばんびーなの能力を無駄にしてしまった!!」
何か知らないけど、相当落ち込んでるみたいだ。本当に何がしたいんだこいつは。
「でも、『月のきらめき』探しにはこっちの方がぴったりな気もするし、ばんびーなが我慢すればいい事だよな」
「え、何?」
こいつの失敗のせいで私が我慢しなきゃいけないの? しかも例の使命はやらなくちゃいけないみたいだし。
「お前は人の役に立ちたいんだろう?」
「……え?」
人の役に? 私が??
「あんなに願っていたじゃないか。誰かに必要としてほしいって」
え。何、それ。
私が誰かに必要としてほしいって願った?
それに何よ。私は人の役に立ちたいなんて考えたことないんだから。いつだって幸せそうな他人を見れば不幸になって死ねって恨んでるし、自分より不幸な他人を見ればもっともっと苦しんで死ねって思う。
こんな最低な私が、人助けを?
笑える。もう下らなすぎて笑えるわ。
そんなデタラメがあるわけないじゃない。綺麗事も甚だしい。
「私、そんな事願ってないから! 言う事聞かせるためのデタラメなら辞めてよ、とにかく私は他人のために何かしようなんて絶対お断りだから!」
とことん反発して諦めさせてやる。
「……最終手段に出るしかない、か……」
声は小さいため息を零して、そんな事を呟いた。
その瞬間。
真っ暗闇が広がり、何もなくなった。
――……
「……ばんびーな。おはよう」
「おはようございます、えっと……?」
戸惑う少女に、声は優しく語り掛けた。
「お前の願いを叶えた。ただ、私はそのための力を与えただけだ。あとは自らの手で――」
「……はい、ガンバります!」
少女――の体の中に居る少女が、にっこりと笑いながら立ち上がった。