激戦区!【……なろうの勇者な作家たち】
……こうして勇者エリオンは、平和になった村を眺めると、満足気に頷いて次なる地へと旅立った。 ーー完ーー』
私は文章を打ち終わると、『投稿』の文字をクリックした。
と、そこで、アパートの玄関がノックされる。
「隣の川原ですー。ちょっと良いー?」
時計の針は15時過ぎを表示している。今日は、デパートのお仕事はお休みだったのかな?
「はあい。」
返事をしながらドアを開けると、川原さんの笑顔があった。彼女は私がこの町に引っ越してからの、唯一の友人だ。元々引っ込み思案気味の私は、大学やバイト以外の殆どを、自宅に籠って過ごしている。なので、なかなか知り合いが増えない。
「この間はお土産ありがとね。これ、田舎から送って来たから、お裾分け」
差し出されたビニールの中に、ジャガイモが鎮座している。
「わぁっ、新じゃが? ありがとうございます!」
「新じゃがって見たら直ぐ食べたいじゃん? じゃじゃーん、ふかしたのもあるけど、食べる?」
彼女はそう言って、お皿も差し出してきた。
「食べる食べる! 上がってください」
「お邪魔しまーす」
私は急いでノートPCをメニュー画面にして、ローテーブルの脇に下ろし、台ぶきんを濡らしてテーブルを拭いた。
「どうぞ座って。バターとマヨネーズのどっちが良い?」
「ふふん、実はバター切らしてたんだよね。」
彼女はてへって感じで笑ってみせた。つまり、バターだな?
冷蔵庫から、バターとペットボトルの緑茶を出してテーブルに置き、食器棚から二人分のコップと、お皿とフォークを用意した。向かい合わせに座って「いただきます」をした。
フォークでじゃがいもを割ると、大地の栄養をたっぷりと含んだ、新じゃがの香りが鼻孔をくすぐる。
川原さんが突然切り出した。
「ところで高橋さんってさー、小説書いてる人?」
ぶふおっっ! 新じゃが食ってるときに、なんつー破壊力っ! 私は慌ててコップの中身を口に含んだ。
「ああっ、ごめんごめんっ。動揺させちゃった?」
彼女はすまなそうな顔をした。
「変な意味で聞いたんじゃ無いのよ、……」
思わせ振りな話の途切り方だ。まさか……?
「私も書いてるのよ、『…なろう』に。」
ぶふおっっ、今度はお茶を吹いた。慌てて謝る。
「あっ、ごめんなさい。びっくりしちゃって!」
「大丈夫、私が驚かせたからいけないんだし」
ええっと、えっと。どうすりゃ良いんだ? 私がパニクっていると、彼女は当たり前の様に台ぶきんでテーブルを拭いてくれた。
「高橋さんも、サイト同じ?」
「はい、『…なろう』です。」
せっかくの新じゃがが冷めてしまう。私は動揺を押さえながら、じゃがいもにバターを追加した。川原さんは話を続ける。
「ご近所に『…なろう』の作者がいるだろうなって、前から思ってたんだけどね。やっぱ日本最大級の投稿サイトって、言われてるだけのことあるねー。こんなに近くにいたなんて。……実はね、私が言うのも何だけどさ、下の階の米倉さん、彼女も『…なろう』で書いてるんだよ。」
米倉さんは、小学生と幼稚園児のお子さんがいるママさんだ。パートもしてるんじゃ無かったっけ?
「お忙しそうなのに、頑張ってるんですね……。」
私がしどろもどろになっていると、情報を補足してくれる。
「この間ゴミ捨て場で一緒になって、そのときに何故かこんな話になったわけ。文章書いてるとストレス発散になるって言ってたよ」
「はあ」
脳がフリーズしてる。何と返せば良いのだ?
「でね、米倉さんのママ友にも『…なろう』の作家さんがいるんだって」
ゲホッ!! ……どこまで人を驚かせるんですか、この人は。
「あああっ、ごめんごめん。……それで今度、そこの角のファミレスで、親睦会をやらないかって話になったのよ。で、前から高橋さんの、大学とバイトの無さそうな日の様子で、何か書いてそうだなーと思っていたから聞いた訳なんだけど……」
「オフ会、……みたいですね」
私は新じゃがを緑茶で飲み下した。もはや、じゃがいもの味さえ分からない。
「そ、良かったら行ってみない? 詳しいことが決まったら、お知らせするね!」
私の心情を知らない彼女は、語尾に音符が付きそうな明るい声で言った。
当日、指定された時間にファミレスへ行くと、なんと、中央の四人掛けのテーブルを3つ繋げた席に案内された。12ある席のうち、10席が埋まっている。川原さんが私を見つけて、隣の席に座るよう手招きしてくれた。
「なんか、凄い規模になってませんか?」
「そうなの、私もこんなに人数が膨れ上がるとは、思ってもみなかったわ。」
二人でこそこそと話していると、米倉さんが、少し大きめの声で挨拶し始めた。
「えーっと、今日はお忙しい中お集まり頂き、ありがとうございました。時間になりましたので始めさせて頂きます」
ペコリと頭を下げ、また話し出す。
「えっと、……1人ずつ自己紹介した方が良いですよね? ユーザーネームと本名とどっち……ああ、そうですね。じゃあユーザーネームと主に書いてるジャンルで良いですかね? えっと、私は『ゆりぽん』名で笑いあり涙ありの、子育てエッセイを書いてます。たまに童話も投稿してます。よろしくお願いします」
米倉さんがもう一度頭を下げると、拍手が起こった。私は呆気にとられつつも拍手した。が、内心、他のテーブルのお客さん達からの視線が集まっているような気がして、顔が緊張で強張ってくるのを感じた。
「『ソフィア岡田』です! 異世界コメディー書いてます! よろしくね!」
一々語尾に力が入っている女性が挨拶した。年の頃は、米倉さんと同じくらいだろうと見受けられる。この人が件のママ友なのだろうと思った。
そうして一人ずつ自己紹介が進み、三十歳くらいの男性が挨拶した途端、隣のテーブルの男子高校生が叫んだ。
「ええっ、『高天原賢斗』さんっ! マジすかっ!!」
立ち上がってこちらに駆け寄る。
「すみません、僕ファンなんです。ああ、光栄です。まさか我が町にお住まいだったなんて!」
男性の手をとり握手しながら、ペコペコとお辞儀をしている。誰かがそんな少年を気遣い、店員に頼んで彼の使っていたテーブルから、飲みかけのジュースが移動してきた。
「実はさっきから聞いていたんです。……それで、僕も書いてるんですよ。『僕のイマジナリーフレンド』ってタイトルで」
「ええっ!」
今度は私が小さく叫んで固まった。いつも目を通している作品だ。まさか年下の子が書いている作品だったなんて。……この間なんて、感動して泣いちゃったのに。
……いや、大事なことは作者の年齢なんかじゃないのは分かっている。ただ純粋に、その才能に驚いたのだ。
テーブルが騒がしいからか、私の叫びは聞こえなかった様でスルーされた。胸を撫で下ろす。と、ここでまた、別のお客さんが声をかけてきた。頭に白いものが目立つ、お婆ちゃんだ。
「すみません、ここって投稿サイトの集まりなんですかね? 実は私も先日から、『…なろう』に投稿してるんですよ。いえね、若い頃からの夢だったんですけど。最近友達と暮らし始めたので、まあ、その事をね……」
彼女は少し恥ずかしそうな顔をしつつ、ニコッと笑った。そして彼女の席も追加される。
私は、この会がだんだん奇妙に思えて来た。
更に、お冷やの追加を注ぎに来てくれたバイトの女の子も、そっと去り際に囁いた。
「私もです」
と、ーー。
ああ、そうか。この地区だけでこれだけの作家さんがいるんだ。日本中に一体どれ程の投稿者がいるのか、想像もつかない。通りで書いても書いても、評価が上がらない訳だ。その理由は私が下手なのでは無い、と思いたい。
顔を上げて、周りを見る。店中のお客さんが、こっちをチラチラ見ている様な気がする。……もしや、この店にいる人、全員が……?
次の瞬間、自分の中の何かが吹っ切れ、私はコップを持って立ち上がり、叫んだのだった。
「見果てぬ夢に、カンパーイッ!!!!」
と。
何が私のリミッターを切ったのかは分からないが、この日から、この町にいろんな年齢の友人が一気に増えたのだった。
完
ピンポンパンポーン。
作中に出てきた作家さんの名前は思い付くままの物であって、もし同一名のユーザー様がいらっしゃったとしても、このお話とは関係はございません。
ピンポンピンポーン。