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死亡原因

大まかな流れしか考えていないため、徐々に世界観をを整えていきたいと思います。

 9月も後半になり、ジリジリと身を焦がすような夏の日差しは和らいだとはいえ、じっとりと肌にまとわりつくような暑さは健在である。

 一日中外回りの営業をしていた桃田武治は、額から止まることなく流れる汗をハンドタオルで拭う作業に忙しい。


 特に今年で40歳を迎える武治はお世辞にもスリムといえる体形ではない。

 下を向けば二十顎、Aカップはあるのではないかという胸に、まっすぐ立ってもつま先すら見えなくなる存在感たっぷりなお腹。

 まさに『中年』のお手本のような体形をしている。

 体中にまとう脂肪が、より夏の暑さを厳しいものとしているのである。

 

 けれどもワイシャツの中は汗まみれ、額を拭うハンドタオルは悪臭を放っている中で、武治の表情はどことなくほっとした表情でうれしそうでもある。


「あ~、何とか今月のノルマも達成できたなぁ」

 営業職には付き物であるノルマ。

 このノルマの達成具合によって給料に差が出てくる。

 そして今月分のノルマが今日の営業でクリアしたことで、武治は安堵とも解放感とも呼べる気持ちいっぱいに、家路への足も軽い。


「家に帰ったら酎ハイでも飲んで、ゲームのレベルアップの作業をしながらネット小説を読もうかな」

 と予定を立てる。が独身で彼女もいない、一人暮らしをしている武治のいつもの行動とさほど変わらない。

 

 小さい時からゲームや漫画が好きで、社会人になってすぐ、パソコンのアダルトゲームにハマり、そこからライトノベルに手を出して、今はお金のかからないネット小説にのめり込んでいる。

 特に武治のお気に入りは異世界物で主人公が転生する内容が多い。ちなみに武治なりにきちんと好んで読む理由があるのだが、恥ずかしく誰にもその理由は話したことはない。




 足取り軽い武治の耳にカンカンカンと機械的な音が聞こえる。まもなく家に帰り着くといった所、近所の踏切の遮断機が目の前で下りようとしている。

「おっと、急がないと」

 武治は速足で通り抜ける。

 

 そして踏切を通り抜けた所、後ろの方で、ドサッと何かが倒れる音と気配がして武治は反射的に振り向いた。



 線路の真ん中で恰幅の良い年配の女性が倒れていた。慌てて武治は遮断機をくぐり駆け寄る。

 

 「だいじょうぶですか。どうしました?」

 警報機の音に負けないように大声で倒れていた女性に声を掛ける。しかし何かを言う女性の声は警報機の音にかき消される。話が通じないと感じたのか女性は足首を指さす。足を挫いていた。


 すぐに理解し、そしてあわてた武治は電車が来てないか周囲を確認する。少し先に電車のライトが見える。同時に線路横に非常用のボタンが目に入った。

 走ってボタンを押しに行く。一瞬戸惑うが、武治は勢いよくボタンを押し込んだ。

 押し込んだはずなのだが。

 

 「は、はぁ?あれっ?」

 ボタンを押すが、手応えがない。ボタンは引っ込んだままである。武治は自宅の壊れてスカスカなインターフォンと同じ手応えのボタンに青くなる。


 「足痛いでしょうけど、すみません。掴まって下さい」

 女性の元に戻り、肩を貸す。女性は足の痛みに顔を歪めるが、武治にはかまっている暇はない。電車は確実に近づいてきている。しかも女性とはいえ恰幅が良く、肩を貸してみて判ったが、170センチの武治と変わらない身長であった。焦れば焦るほどうまく前に進まない。

 

 電車が近づく。

 

 非常ボタンを押しに行くときに、線路に躓いて右の革靴の靴底が前の方から剥げてパカパカして歩きにくい。

 

 電車が近づく。

 

 女性を起こしたときに、もともと悪かった腰が悲鳴をあげている。

 

 電車が近づく。

 

 一日中営業にために歩き続け、体力も限界である。握力も膝もガタガタである。


 そして、移動に手間取る武治たちを電車のライトの光が包み込んで・・・。




 


 ・・・行くことなく、武治と女性は線路外に何とか転がり込んだ。

 すぐ横を電車が激しいブレーキ音と共に通り過ぎていく。


 その後が大変であった。 

 警察に事情を説明したり、助けた女性にお礼を言われたりと慌ただしく過ぎていった。


 


 

 痛む腰を庇いながら、ヘトヘトに疲れた体を引きずり、マンションに帰り着いた時には日も暮れ、何時もより2時間以上も遅い時間であった。


 「うそだろ・・・ははは、はぁ~」

 更には武治の前には『故障中』と張り紙のされたエレベーター。もう笑うしかない。

 

 「腰に・・・、腰にひびく」

 階段をのぼる。鉄筋コンクリートの武骨な階段を歯を食いしばりながら、5階建てマンションの4階にある、愛しのわが自宅に向けて。

 「それにしても、今日は危なかったなあ~。今日は自分を褒めてあげないとな」

 家に帰れば、クーラーと冷たい缶酎ハイが待っている。明日は休みだし、格安の揉みほぐしのマッサージにでも行くのも良い。

 

 ぼんやりとそんなことを考え、チカチカと点滅する階段の電灯に集まる昆虫(特に蛾)に少しビクビクしながら、右足をあげた所で、激しく腰が痛んだ。そして右の革靴の壊れた靴底が階段に引っかかる。握力の無くなった手が手すりから離れ、ガタガタの膝は体を支えられない。

 「あれ?」

 つまり、そう、これが。

 桃田武治の死因。階段からの転落死であった。

 

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