表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沖縄旅行紀  作者: 水尾
1/3

一日目

七月一日(金)


 例の友人と共に沖縄へゆく。


 沖縄……全域が亜熱帯性気候に属する、日本国内で唯一の県。常夏の島。


 今回の沖縄旅行は金曜夜の便で那覇まで行き、日曜朝の便で帰ってくるというまさに弾丸ツアーである。が、ここでひとつ問題が発生する。

 金曜日の授業は五限まであるのだが、授業が終わってから地下鉄に乗っても沖縄行きの便に間に合わないのである。

 さあ、どうしよう。

 しかも今回はLCCの某桃航空で(普段はファーストクラスにしか乗らないことを信条にしている。ただし信条を守ったことはない)遅れたら待ってくれない。そのまま置いてけぼりである。


 もしも私が遅れてしまい、飛行機に乗れなかったら……考えるだに恐ろしい。免許も持っていない友人が一人で那覇を歩き回る姿は、まったく想像するだけで涙が止まらない。もちろん笑いで。


 幸いにも五限目の途中で抜け出すことができ、大学から自転車で駆け出したのが十八時。

 乗るべき電車は二十九分発。通常ならば家まで自転車で十五分。家から駅までの移動も考えれば、もはや、一刻の猶予もならぬ。


 私は全力で自転車のペダルを踏みしめた。田舎の大学であるため、キャンパスは山や田畑に囲まれている。ほのかに牛糞香る畦道を風を切って走り抜け、ドリフト走行しながら学校帰りの中学生を追い越し、そうして辿り着いた家の前で呼吸困難に陥りつつ時計を見ると十八時十分であった。


 思いがけず自己ベスト更新。


 家に戻り、顔を洗って服を着替えて、用意しておいたリュックを背負った。もう一度忘れ物や戸締りを確認し、ゴミ袋を手に(今日はゴミの日だ)家を出たのが十八時二十二分。通常ならば駅まで徒歩で十二分。もはや、一刻の猶予もならぬ。


 私はゴミ袋をゴミ出し場に叩き込むと、脱兎の如く駆け出した。しかし疲れていたので亀のような速度でしか走れなかった。はたから見ればそのスピードは、もはやジョギングしているようにしか見えなかった筈である。


 自転車のペダルを漕ぐというという無酸素運動(大きく息を吸うと芳しい牛糞の香気や羽虫が気管に飛び込んでくるので、否が応でも無酸素運動しかできないのである)のあとにランニング。しかも沖縄では散々泳ぐ予定なので、自転車水泳ランニングが揃って実質トライアスロンだ、おのれコンチクショウ、と悪態をつきつつ走り続けた。余計な悪態をついたことで無駄に酸素を消費し、さらに呼吸困難になった。


 陽はまだ沈まぬ。陽はまだ沈まぬ。陽はまだ沈まぬ。

(これが何のことかわからない読者諸君におかれては、我が作品「走らされるメロス」を先に読むことをお勧めする)


 やがて駅が見えてきた。スピードを落とさず走り抜け、そのままセリヌンティウスの足元に……ではなく改札口に駆け込み、時計を見ると二十七分である。


 またもや自己ベスト更新。


 喉がひりつくように痛んだので自販機でお茶を買い、改札を悠々とくぐろうとした。するとどうだ、改札が音を立てて閉じるではないか。なんとnimocaに八円しか入っていなかったのだ。とことん貧乏人である。


 慌ててチャージして階段を駆け上がり、ホームに降り立つと同時に電車が滑り込んできた。間に合った! 私はいそいそと乗り込み、崩れ落ちるように席に座って後ろにもたれかかった。


 冷房の効いた電車の中で、乱れた呼吸を整える。

 自販機で買った緑茶をぐびぐびと飲み、人心地ついた私はほうっと息をついて背凭れに体重を預けた。ガタンゴトンと規則正しいリズムで電車に揺られていると、汗も引いてくる。車窓からの景色は田舎から海辺、そして都会へと移り変わっていき、とうとう終点・福岡空港駅まで来た。


 電車を降りてエスカレーターを上り、友人と合流する。そのまま荷物検査を済ませたが、乗るはずの便は少し遅れていて、あと一時間ほど余裕があった。待合ロビーの売店でかしわ飯やビールやポテトチップスを買い、友人と旅の始まりを祝う。


 乾杯してビールを呷ると、くたくたになった体によく冷えた炭酸が染み込んでしゅわっと弾けた。もう夜だけど、なんだか今日一日の疲れも吹っ飛んだ。楽しくなってきたぞ。


 搭乗が始まり、見送ってくれる乗務員さんに会釈しつつタラップを上がった。持参した文庫本を片手に、座席に腰を下ろす。


 慣性の法則を実感しつつ飛行機が飛び立つと、窓の外いっぱいに福岡の夜景が広がった。


 私は生まれ育った福岡という街を密かに誇りに思っている。他の県に住んだことはないが、食べ物はおいしくてゴミの分別も楽で、治安が良くて景色は綺麗で美人も多い、日本でいちばん住みやすい街であると言っても過言ではないと言っても言い過ぎではない。

 修羅の国などというのは根も葉もない噂に過ぎぬ。異論がある奴は、さっき拾った多連装ロケットランチャーで撃ってやるから今すぐ出てこい。


 一時間二十分のフライトの後、ついに人生初・沖縄本島上陸である。ぎゅうぎゅうの送迎バスに詰め込まれ、ターミナル間を移動してから「ゆいレール」に乗る。

 小禄駅、奥武山公園駅、美栄橋駅……さすが沖縄、駅名が不可思議である。どれもこれも振り仮名がないと読めない。


 降りたのは「牧志まきし」というシングルのような名前の駅であった。国際通りのすぐ近くの駅である。


 初めての沖縄、名前だけは聞き及んでいた国際通りも深夜になると人通りは少ない。私と友人は節約のためネットカフェに泊まることにした。

 ネットカフェ泊は初めてである。通された個室はタバコ臭いけれど案外快適だった。臭いけれど。漂う煙草の匂いも、臭いけれど、これはこれで風情があってよオエッ。

 ウオエッ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ