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(9)先輩は暗殺者:4

 私の頭をポンポンしていた先輩の手が、ふいに動きを止めた。顔は怖いくせに仕草が優しいので、このままポンポンされていてもよかった。

 ……なんて思ったりもしたけれど、教室からいきなり拉致され、昇降口では謎の羞恥プレイ、そして精神的にがんじがらめの手つなぎかーらーの、苺牛乳パックにストローを差す意味不明の共同作業を振り返ると、『ポンポンされていてもよかった』という感想は、あっという間に吹き飛んだ。

 鮫尾先輩には、色々と言ってやりたいことがある。私は大きく息を吸い、なにやらこちらの顔をしげしげと見つめている先輩の顔を睨んだ。

「鮫尾先輩!」

 精いっぱい目に力を籠めると、先輩の口角がほんの少しだけ上がる。

 なぜ、睨まれて嬉しそうなのだろうか。まったく理解できない反応だ。

 私が不審感たっぷりに首を傾げれば、先輩は「その顔、可愛い」と呟いた。

 こっちは怒り心頭だというのに、なにを言っているのだろう。

「…………は?」

 たっぷり間を空けた後に一言発すると、先輩は動きを止めていた手をふたたび動かした。今度はポンポンではなく、ナデナデである。

「俺のこと、ジッと見てる。可愛い」

「……………………は?」

 さらに間を空け、私は盛大に首を傾げた。

 私は持てる限りの眼力を解放して先輩を睨んだのであって、けして見つめたりはしていない。この人の思考回路は、摩訶不思議ワールドだ。

 しかし、言いたいことを言ってやらねば、確実に堂々巡りだろう。抜かれた毒気をわざわざ自分から取り返し、私は両手に力を入れてグッと握りしめる。右手に持っていた紙パックがグシャリとひしゃげるほど力強く。

 ただし、私は失念していた。左手が先輩の右手と繋がったままであることを。

 つまり、結果として、先輩の手を握りしめたのだ。

 先輩は自分の右手に視線を落とし、それから私と目を合わせると、さっきよりももう少しだけ口角を上げた。

「嬉しい」

 そう言って、さらに私の頭を撫でてくる。おまけに、先輩は右手をニギニギと動かし、いっそう密着度を高めてきた。

 私の左手と先輩の右手は隙間なく重ねられ、入れ歯安定剤も驚きの密着具合いである。いまなら、ゴマも苺の粒々も入りこめないだろう。

「い、いやいやいや、違いますから!」

 私は先輩の手を握りしめたわけではない。力を入れた右手につられて、思わず左手にも力が入ってしまっただけなのだ。


――なんか、すべてが裏目に出ている気がする!


 裏目というか、先輩の理解不能なポジティブ思考によって、こちらのペースが乱されている。

 とりあえず、私が先輩の行動で困っているということを伝えなくては。

 睨み付けると見つめていると解釈されるので、私は視線を落として口を開いた。

「先輩、お話があります!」

 大きな声を出すと、ナデナデとニギニギを繰り返していた先輩は、ようやく手の動きを止める。私の話を聞いてくれるようだ。頭の上には手が乗ったままだし手も繋がれたままだが、動きを止めてくれただけでも、私は集中できそうである。

 そのことに内心で安堵の息を漏らした私だが、先輩のポジティブ思考は留まるところを知らない。

 先輩は少し上体をかがめ、下から私を覗き込むように見上げてくる。これでは、せっかく顔を伏せたのに、なんの意味もなかった。

 それだけではなく、斜め下から見上げているせいで、先輩の前髪が切れ長の目にかかり、それがすごくかっこいい。不覚にもドキッとしてしまったことも悔しい。

「な、なんですか?」

 ぶっきらぼうに言えば、先輩は目を細める。

「この角度から見ても、可愛い」

 

――あぁ、もうダメ。私じゃ、この先輩に太刀打ちできない……


 先輩の気が済むまでこのまま大人しくしていようと落胆した矢先に、先輩が、「話って、なに?」と、水を向けてきた。

「なんか、どうでもよくなってきました」

 きっと、私がなにを言っても、なにをしても、この先輩には通用しないのだ。心を無にしてやり過ごすほうが利口なのだろう。

 私が投げやり気味に零すと、先輩は真顔になった。

「話して」

「いえ、いいんです」


――言ったところで無駄だということは、よく分かりました。


 とは口にできずに小さくため息を吐くと、先輩が少しだけ顔を近付けてくる。

「話して」

 この至近距離で真顔の先輩と対峙するには、私の軟弱な心臓にはハードルが高すぎた。私は早々に口を開く羽目に。

「あ、あの、ですね。今日、先輩が教室に来たことに対してなんですけど……」

 学校一の有名人がちんちくりんな私に関わってきたら、きっと周りからすれば格好のネタだろう。もしかしたら、先輩にお近付きになりたい人が、私に橋渡しを頼んでくるかもしれない。

 頼まれたところで、今のところは単なる先輩と後輩の間柄でしかないので、取次なんてできないし、そんな面倒なことに首を突っ込みたくない。

 それ以上に、先輩に好意を持っている人の反応が怖かった。

 先輩は校内でも評判の美人さんや可愛い子チャンから、ひっきりなしに告白されていると聞いている。通学途中に、他校の女子からも告白されたこともあるそうだ。

 しかし、先輩は告白してきた人に素っ気なく(先輩的には普段通りに)断っているとか。

 それなのに、こんなちんちくりんキノコ私が先輩から声を掛けられて、あまつさえ、こうして放課後にイチゴ牛乳をおごってもらっていることを知られたら、場合によっては吊るし上げを食らいそうではないか。

 私は自分から先輩に近付こうとはしていないし、むしろ、積極的に距離を取ろうとしている。そんな私が美人さんや可愛い子チャンに囲まれ、「調子に乗るな」だの、「近付くな」だの言われたら、あまりに理不尽ではないだろうか。

 

――そもそも、先輩はなんで私に声をかけてくるんだろう。


 初めて顔を合わせた日、私の行動がアホの子全開だったから、興味を持たれたのだろうか。

 間違いなく、私は先輩の周りにいる人たちと違うタイプの人間なので、珍獣認定されたのかもしれない。


――キノコで珍獣……。私、面白がられているのかな?


 それ以外に、先輩が私に興味を持つ理由が分からない。

 それはともかくとして、これ以上、先輩と関わり合いを持つと、自分の身が危険にさらされそうだ。

 だから、これだけはきっぱりと言っておかなくては。

 今度は右手だけを握りしめ、先輩の目をしっかりと見返した。

「いきなり来られたら、困るんです。もう、これからは、やめてください」

 思い切り苦々しい顔している私を見れば、先輩も私が本気だと分かってくれるはずだ。これで、先輩は私がいる教室に来ることはなくなるだろう。

 本日、最大のミッションをクリアした私は、ここを立ち去ることで無事にエンディングを迎えることができる。

「イチゴ牛乳、ごちそうさまでした。それじゃ」 

 唖然とした表情を浮かべている先輩にペコリと頭を下げ、私はベンチから立ち上がった。


 ……のだが、すぐさま、ものすごい力で引き戻された。


 油断していたのでバランスが取れず、ガクンと大きく左側に傾く。

「うわぁ! ……うわぁっ!?」

 私は色気のない叫び声を二度上げた。

 一度目は、手を引っ張られたことに驚いての叫び声。二度目は、先輩の膝の上に乗ってしまったことに驚いての叫び声だ。

 先輩がどう引っ張ったのか分からないが、気付いた時には、ポスンと先輩の膝の上に横向きで乗っていた。

 こうして不可抗力で先輩の膝に乗り上げてしまったのは初めてではないが、二度目だとしても心臓に悪い。

 急いでどけようとするも、先輩は私が膝の上に乗った瞬間に繋いでいた右手を解き、その右手をフワリと私の頭に置く。

 その手にはけして強い力は入っていないものの、私は金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。

 一連の流れについていけない私は、ひたすら瞬きを繰り返す。

 なにが、どうして、こうなったのか。

 パチクリと瞬きをしている私の視線の先で、先輩の眉毛が少し下がった。

「……ごめん」

 それは、なにに対しての謝罪なのだろうか。

 私が瞬きを止めると、先輩はまた「ごめん」と言った。

「いきなり教室に行ってごめん、驚かせた……」

 そう言って、先輩はさらに眉毛を下げる。

 キリッと凛々しい先輩の眉毛が下がると迫力はなくなるが、その分、悲壮感が倍増した。私はちっとも悪くないのに、良心がズキズキと傷む。

「い、い、い、いえ、分かっていただければ、それでいいんです」

 途中で色々あったけれど、先輩は分かってくれた。もう、それでいい。結果オーライだ。美人さんや可愛い子チャンに吊るし上げられる事態が回避できただけでも、万々歳である。


――これで、平穏な学校生活が送れるよぉ。


 ヤレヤレと安堵のため息を漏らした私だが、やはり、先輩の思考回路は摩訶不思議ワールドを爆走していた。

「これからは、行く前にちゃんと連絡する」

「……ん?」

「だから、番号教えて」

「……へ?」

 またしても瞬きを繰り返す私の目の前に、先輩は自分のスマートフォンを片手で取り出して見せてくる。

「番号、俺に教えて」

「ば、番号!?」

 ひっくり返った声で訊き返すと、先輩はコックリと大きく頷いた。

「驚かせないように、連絡する。それから、教室に行く」


――この人、ぜんぜん話が通じてないんですけどーーーーー!



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