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(8)先輩は暗殺者:3

 その場から逃げるように去っていった赤石君の背中を見つめていると、ふたたび脳天に激痛が走った。

「いだだだだだっ!」

 色気の欠片もない悲鳴を上げた私は、ブンと大きく首を振ってつむじから先輩のあご先を外す。

「さっきも痛いって言ったじゃないですか! それに、つむじを押すと背が伸びなくなるっていう恐怖の都市伝説、知らないんですか!? 私の身長がここで止まったら、どうしてくれるんですか!」

 チビの自覚がある私にとって、背が伸びないことほど恐ろしいものはない。

 別にモデルになろうとは思っていないし、バレーボールやバスケットボールの選手になろうとも思っていない。

 だが、今のこの身長では困るのだ。大人になっても『ちんちくりんキノコ』と呼ばれてたまるか!

 なので私は、相手が誰だろうと、身長に関することでは絶対に許さないと決めていた。

 鼻息荒く、ギリギリと先輩を睨み上げる。

「いいですか! チビって言うだけで、世の中はなにかと不利なんですよ!」

 すると、先輩が不思議そうに首を傾げた。

「不利? どうして?」


――ほら、これだ! 背が高い奴らは、みんなこういう顔をしやがる!


 私はダンと床を踏み鳴らし、さらに吠えた。

「先輩は背が高いから、チビな私の悩みなんて分からないでしょうね! まず、第一に馬鹿にされるんですよ!」

「なんで?」

「だーかーらー! チビは弄られキャラって、相場が決まっているんです!」

「そう?」

「そうです!」

「……可愛がられキャラじゃなく?」

 心底不思議そうに呟かれた声に、私の怒りは少々毒気を抜かれる。

「あ、まぁ、可愛がられるチビもいるでしょうけど。で、でも、私の場合は、弄られキャラなんですよ! さっきまでいた赤石君に、いっつも背のことでからかわれて困っているんです!」

 そこで、先輩の瞳がギラリと光る。

「じゃあ、ソイツ、どうにかしようか?」

「え? どうにかって、どう……」


――ま、まさか、先輩、赤石君をるってことですか!?


 ホオジロザメで殺人ビーム持ちの先輩なら、赤石君を葬り去ることなど造作もないのかもしれない。きっと、赤子の手を捻るより簡単なのだろう。


――い、いや、先輩はただの高校生だし、そんなこと、無理だよね。……でも、あの鋭い眼光は高校生とは思えないものだったし。私の動きを封じるあの怪力で、赤石君の首をポキッて折るとか? それとも気配を殺して近付いて、急所に毒針を突き刺すとか? ま、まさか、離れたところからライフルで撃ち抜くって言うんじゃ!?


 脳裏に凄腕暗殺者である先輩の姿を思い浮かべてブツブツ呟く私は、先輩が「言葉に気を付けるように、注意しようか?」と言っていることが一切耳に届かない。

 我に返った私は、先輩の手をガバッと掴んだ。

「だ、駄目です、先輩! この手をそんな汚れたことに使うなんて、そんなの駄目です!」

「汚れたこと?」

 呆気に取られている先輩に、私は大きく頷く。

「はい!」

「ここに来る前、洗ったけど」


――そういうことではなく、ダークな意味ですよ! そんな天然ボケは、ノーサンキュウです!


 確かに赤石君の言動には困らされているけれど、だからと言ってこの世から消えてしまえとは思っていない。

「と、とにかく、先輩はなにもしないでくださいね! お願いします!」

 私の勢いに押されたのか、首を傾げている先輩はコクリと小さく頷いたのだった。




――よ、よし、これで赤石君は守れたよね……


 クラスメイトの命がかかった暗殺計画が無事に阻止できた私は、我に返って今の状況に驚いた。

 そして、慌てて手を放す。

 テンパっていたとはいえ、先輩の手を握りしめていたなんて。

「ご、ごめんなさい、つい……」

 私がペコペコと頭を下げると、自分の手を見ていた先輩がその手を私に差し出してきた。

「へ?」

「手」

「は?」

「だから、手」

 

――な、なに? 有名人である先輩の手を勝手に触ったんだから、お金を払えってこと?


 手の平を上向きにして差し出されている大きな手と先輩の手を交互に見ながら、私はパチクリと瞬くを繰り返す。

 しばらくその動作を繰り返していると、先輩は差し出していた右手で私の左手を取った。そして軽く握りしめたかと思うと、スタスタと歩き出す。

「あ、あの、先輩、どちらへ……」

 目の前にある大きな背中に声をかけると、「裏庭」という短い言葉が返ってきた。


――あ、うん、まぁ、私も裏庭に行こうかと思っていたけど、なんで先輩と手を繋がなくちゃいけないんだろう。


 これまでの経験で分かっているが、もしかしたら今日こそはイケるかもと思い、私は掴まれている左手をグイッと引っ張る。

 …………やっぱり、無理でした。グスン。

 そうこうしているうちに、私と先輩は廊下をどんどん進む。途中で自動販売機に寄り、先輩はイチゴ牛乳を一パック買った。

 またしても、先輩は私に奢ってくれるらしい。


――奢ってくれなくてもいいから、手を放してくれないかなぁ。


 繋がれている手をプルプルと左右に振ってみる。すると、先輩の手がさらに私の手を握ってきた。


――そういう意味じゃないのに……


 段々と気分がやさぐれてきたところで、裏庭に到着。

 その前に、昇降口で先輩に靴を履かせてもらうという羞恥プレイが披露される一幕があったことは、今すぐ忘れてしまいたい。

 先輩と横並びでベンチに腰を下ろすと、またしても謎の儀式だ。手を繋いだままパックのストローを刺すことに、なんの意味があるのだろうか。

 どう考えてもおかしいのだが、考えるだけ無駄だということは、悲しいほど身に染みている。

「……い、いただきます」

 無事にストローが飲み口にささったパックを先輩から受け取った私は、戸惑い満載で頭を下げたのだった。 




 今日も今日とて、イチゴ牛乳を飲む私を先輩がガン見している。

 そして私は「気にしたら負けだ!」というダメージ軽減呪文をひたすら心の中で呟き、ここ一帯を真空にする勢いでイチゴ牛乳を吸い上げていた。

 チュゥゥゥゥゥ、ゴクン、チュゥゥゥゥゥ、ゴクン、チュゥゥ、ズゴゴゴゴッ。

 大好物はじっくり味わう派の私だが、このイチゴ牛乳だけはギネス記録間違いなしのハイペースで飲み終えた。

「ご、ごちそうさまでした! では、失礼します!」

 空の紙パックを手に、私は立ち上がった。

 しかし、すぐさま繋がれている左手が引かれ、私はベンチに逆戻り。まだ帰ってはいけないらしい。えー、なんでー。

「あの、まだなにかあります?」

 不貞腐れ気味に話しかけると、先輩から「知ってる」という一言が返ってきた。


――この人、単語ばっかりだし、しかも脈絡がないから、ホント訳が分からない。


 しかし、このままでは絶対に手を放してもらえないことは重々承知している。先輩の気が済むまで、私は帰ることができないのである。

「えっと、知ってるって、なにを?」

 さっさと話をまとめてしまおうと続きを促せば、ジッと私を見つめていた先輩が何気ない調子で言った。

「さっきの都市伝説」

 つまり、先輩はつむじを押すと背が伸びないという噂を知っていたのだ。


――な、な、な、なんだとーーーーー! 知っていて、あの所業。ゆ、許さん!


 収まってた私の怒りが再燃する。火に油を注ぐなんて表現では生温い。燃え盛る炎に大量のガソリンがブチ撒かれた。

「あのですね!」

 大声を上げた瞬間、大噴火バリに怒りが噴き出している私の頭を、先輩が空いている左手でポンポンと叩いてきた。

 ポン、ポン。ポン、ポン。ポン、ポン。

 一定のリズムで繰り返されるその仕草がすごく優しかったから、不思議と怒りが収まっていく。


――ま、まあ、いちいち本気で怒るのも、子供っぽいよね。それに、あくまでも都市伝説なんだし……


 先輩の手が頭から離れる頃には、すっかり落ち着いた私だった。 




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