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(65)鮫尾先輩と木野家の人々:12

 言葉を失っている私に、先輩がクスッと小さく笑いかけてくる。

「それで、近所の人たちに、チコのことを聞いたそうだ」


――おじちゃんとおばちゃん、変なことを言っていないといいんだけど……


 自分としてはごく一般的な女子高校生で、周囲から奇異の目を向けられるような言動はしていないと思っている。

 しかし、あの兄のことをすんなりと受け入れている人たちなので、常識と非常識の線引きがどうなっているのか、かなり疑問なのだが。

 ドキドキしながら先輩の様子を窺っていると、切れ長の目がフワリと弧を描く。

「明るくて素直で優しい子だって言われたそうだよ」

「そ、そうでしたか……」

 どうやら、おしゃべり好きなおじちゃんとおばちゃんでも、余計なことは言わなかったようだ。

 私はホッと安堵の息を零した。


 しかし、次に聞かされた言葉で、安堵が吹き飛ぶ。


「それと、親が何度確認しても、みんな、チコと黒魔術は関係ないと言っていたみたいだね」


――嘘!? 本気にしていたの!?


 先輩のお父さんとお母さんが、自分の息子の心が妖しい術で操られているとまだ信じていたことに、私は顔を引きつらせる。

「わ、私……、黒魔術なんて、本当に使えないですし……」

 もし使えるのなら、先輩の心を操るよりも、ちんちくりんキノコな容姿から脱却できるように奮闘するだろう。

 イモリの黒焼きだろうが、ガマガエルの目玉だろうが、頑張って集めてみせる。


 いや、まぁ、逆立ちしたって使えないので、私の頑張りは、まったくもって意味のないことだが。


 そのことも気になるが、別の不安が生まれた。

 先輩のお父さんたちが、おじちゃんとおばちゃんにそんなことを尋ねていたなんて、この先、私は皆からどんなからかわれ方をするのだろうか。

 そのうち、面白がるおばちゃんたちから、手作りの黒いマントや杖をプレゼントされるのではないだろうか。


――なんか、面倒くさいことになりそう……。


 げんなりしている私の頭を、先輩が片手でサラリと撫でた。

「チコが使うなら、白魔術かな。俺の心に感情を与えてくれたし」

 穏やかな微笑みを浮かべている先輩の言葉に、曇っていた顔が照れくささによってフワリと熱を持つ。

「い、いえ、ですから……、私はなんの魔術も使えない平凡な人間ですって……」

 モゴモゴと口ごもりながら答えると、先輩はまた目を細めた。

「魔術を使えても使えなくても関係ないよ。チコが俺の可愛い恋人だってことには、変わりないし」

 それを聞いた私の顔が、ますます熱を持つ。

「そ、そういうことは、あまり言わないでくださいよ!」

「そういうこと? チコが最高に可愛いくて、愛してやまない恋人だってこと?」


――うわぁ! さっきよりも、破壊力が増してるし!

 

 もし、私に魔術が使えたら、今すぐ先輩の口を閉じさせる呪文を唱えたいと本気で思った。




 とりあえず、先輩のご両親は私に対しての評判を信じてくれたそうで、交際を応援すると言っているそうだ。

 ただし、『高校生らしいお付き合い』という条件付きで。


――っていうか、それってどういうこと?


 恋人ができたのは初めてのことだし、もともと恋愛には奥手だったので、いまいちピンとこない。

 高校生らしい付き合いと、高校生らしくない付き合いには、どんな違いがあるのだろうか。


――そのうち、茜ちゃんと琴乃ちゃんに聞いてみようかな。


 二人ともすでに付き合っている人がいるのだから、私の質問には的確に答えてくれるはずだ。


――これでやっと、私も二人と対等になれるよね。


 いくら私が童顔でちびっ子だとしても、二人と同じ高校一年生なのに。

 いつも、いつも、いーーーーーっつも、茜ちゃんと琴乃ちゃんは、私のことを小学生扱いしてくるのだ。

 

――鮫尾先輩というれっきとした彼氏もできたことだし、もう、子供扱いさせないんだから!


 私は両手で拳を握って唇をキュッと引き結び、ムンと気合を入れる。

 すると、先輩が私の頭をふたたび撫でてきた。

「一生懸命かけっこしている幼稚園児みたいで可愛い」


――小学生どころか、幼稚園児!?


 微笑みと共に告げられたセリフに、私の気合がシュルシュルとしぼんでいった。




 今日は色々あったし、しかも先輩の今の発言がとどめを刺したかのように、私はドッと疲れるのを感じた。

 いつまでもここで立ち話をしているのも、あまりよくないだろう。

 先輩はまだこのアパートに住めないみたいなので、今日のところは家に帰るはず。

 そろそろ駅に向かったほうがいいと思う。

 先輩にそのことを告げると、「名残惜しいけど、帰らないとね」と、ちょっと寂しそうに笑った。

「えっと、じゃあ、駅まで送ります」

 私の言葉に、先輩が首を緩く横に振った。

「そうなると、俺がまたチコを家まで送ることになる」

「い、いえ、一人で帰れますよ。送ってくれなくても、いいですって」

 私がパタパタと手を振ったら、その手を先輩がキュッと握り締める。

「駄目。できる限り、チコを一人にしたくない」

 それは、先輩の優しさから出た言葉だと思うものの、さっきの幼稚園児発言のせいで、どこか卑屈になってしまう。

「あ、あの……、私って、そんなに頼りないですか? そりゃあ、先輩の二年後輩ですし、見た目も中身も大人びているなんて言われたことないですけど。でも、私は、高校一年生なんですよ。小さい子供扱いしないでくださいよ」

 ボソボソと言い返したら、さらに強く手を握られた。

「そういう意味で、言ったんじゃない」

「じゃあ、どういう意味ですか?」


――幼稚園児みたいって、言ったくせに。


 私が唇を尖らせると、先輩はクスッと笑う。

「そんなの、決まってる。チコが可愛いから、心配なんだ」

 先輩は切れ長の目をさらに細めた。

「もし、チコが誘拐されたらって考えると、心配で胸が潰れる。だから、できるだけチコを一人にしたくないんだ」

「で、でも、私なんか誘拐しても……。一般家庭なので、身代金は取れないですよ。それに、私のことを可愛いって思っているのは……、先輩だけでしょうし……」

 モゴモゴと言い返す私に、先輩がきっぱりと言う。

「チコの可愛さは、身代金以上の価値があると思う」

 そこで、先輩の手にいっそう力がこもった。

「できることなら、俺が誘拐したい」


――そんな犯罪発言されても、困るんですけど!


「あ、あの、じゃあ、私、帰ります! 今日は、ありがとうございました。先輩、気を付けて!」

 このままだととんでもない方向に話が進みそうなので、私はペコリと頭を下げ、一目散に自宅へと駆けていったのだった。



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