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(63)鮫尾先輩と木野家の人々:10

 理解不能なうえに危険性までプラスされた先輩の思考回路に怯えていると、先輩がフッと目を細める。

「そんなことにならなくてよかった」


――それは、私も同意見です。


 誘拐されて監禁だなんて、怖すぎる。

 いくら相手が恋人の鮫尾先輩だとしても、さすがに無理だ。


――っていうか、私、そんな人と、この先も付き合っていくの?


 冷静に考えたら、今のうち別れたほうがいいのではないだろうか。

 付き合っている時間が長くなるほど、先輩は私に執着しそうだ。

 心では先輩のことが好きだけど、頭は考え直せと警告を発している。


――でも、先輩は本気で私を好きみたいだし。


 きっと、誘拐も監禁も、冗談なのだろう。

 いくら先輩が暴走キャラだとしても、ただの高校生にそんなことができるはずもない。


――まぁ、私の送り迎えのために引っ越してくるような人は、ただの高校生とは言えないかもしれないけど。


 それでも、先輩なりに私のことを心配してくれた結果だ。

 そして、本気だからこそ、先輩はご両親に協力を仰いだのだ。


――あれ? それって、鮫尾家の人たちが私を逃がさないようにしているってことだよね?


 これは、喜ぶべき事態なのだろうか。

 まだ顔も合わせたことのない私との付き合いを、なぜ先輩のご両親は認めてくれたのだろうか。

 先輩が私のことをやたらめったら素晴らしい女の子だと報告して、それを鵜呑みにしたのではないだろうか。

 もしそんなことになっていたら、実際の私は先輩のハートを虜にした魅力満載女子ではなく、ちんちくりんなキノコだと知って、付き合いに反対される可能性がある。

 私は曖昧な笑みを浮かべたまま、オズオズと口を開く。

「あ、あの……、先輩……。お家の人に、私のことをどんな風に話したんですか?」

 すると、先輩がさらに目を細めた。

「世界で一番可愛い女の子だって言った」


――ひぃぃぃぃ!

 

 はっきりと告げられた言葉に、私は心の中で悲鳴を上げた。

 超絶美形の先輩が『世界で一番可愛い女の子』と言ったのなら、それはエベレスト並みの高いハードルではないか。

 私はそんな超高層ハードルを抱えて、いつの日か先輩のご両親に会わなくてはいけないのか。

 変な笑顔のまま固まる私の頭を、先輩が片手でポンポンと優しく叩く。

「チコは、誰よりも可愛い」

 私は先輩の手を振りはらうかのごとく、ブルブルと首を横に振った。

「そ、そんなこと、ないです。顔だってスタイルだって平凡ですし」

「俺にはすごく可愛く見える」

 ソッと首を傾げる先輩に、私はムキになって言い返す。

「それは、先輩の感性がおかしいんですって」


 先輩が言うように私が誰よりも可愛いのなら、電車の中で、あんなことをヒソヒソと囁かれなかったはずだ。

 私の容姿が先輩に釣り合わない平凡代表だから、あんなにも冷たい視線を容赦なく向けられたのだ。


 先輩に可愛いと言われるのは嬉しいけれど、やっぱり褒め過ぎだと思う。

 私の態度に、先輩がクスッと小さく笑った。

「ちっともおかしくないよ」

 そう言って、先輩は大きな手で私の頭をゆっくりと撫でる。

「前に話したよね。クルクル変わる表情がキラキラとまぶしくて、俺の世界に色を付けてくれたって。こんな魅力的な女の子、今までにいなかった」

 静かな声でしみじみと告げられると、気恥ずかしさが爆上がりだ。

 私は熱くなった顔をスッと伏せた。

 先輩の周りにいる人たちと私は違うから、ただ物珍しかっただけではないかと、初めのうちは考えていたけれど。

 私の親に挨拶に来るぐらい、先輩は私に対して真剣なのだ。

 先輩の言動は手に負えないものが多すぎるけれど、私への想いを疑っては先輩に失礼かもしれない。

 ただ、なんと言ったらいいのか分からないので、私はとりあえず無言のまま頷き返した。

 先輩は私の頭を撫でながら話を続ける。

「俺は、自分の顔が周りからどう見られているのか、一応は理解している」

 そして、先輩は深くため息を零した。

「みんなと同じように、目が二つ、鼻と口がひとつあるだけなのに、なんで特別扱いするんだか……」


――先輩、それは絶対人前で言ったら駄目なヤツですよ。


 私はこっそり呟く。

 これだから、自分の美形振りをきちんと分かっていない人は困るのだ。

 ……いや、先輩が自分のかっこよさにうっとりするようなナルシストになっても困るけれど。

 常に鏡を覗き込み、自分の顔に見惚れている先輩を想像して、私はブルリと小さく震えた。

 私がチラリと見上げたら、先輩は苦笑いを浮かべた。

「両親も俺に向けられる周囲の関心は理解していて、心配もしている」

「心配、ですか?」

 女の子にモテモテの息子を、なぜ心配するのか。

 私の兄のようにトンデモ脳筋野郎だったら、心配が尽きないのは分かる。

 首を傾げていたら、先輩は苦笑を深めた。

「こんな俺を恋人にしたくて、あの手この手で迫ってくる人が後を絶たなくて」

 そういった悩みは、あの馬鹿兄貴は一生経験しないことだろう。

 なんて贅沢な悩みだと言ってやりたいが、先輩の疲れた笑みを見たら、そんなことは口にできない。

 顔がいい人には、平凡な人とは違う悩みがあるようだ。

 私が大人しくしていると、先輩はさらに話しを続ける。

「告白や手紙を送ってくるなら、まだマシだ。断り続けているうち、変なことになっていって。あれは、おまじないなんてものじゃなくて、呪いだよ」

 先輩によると、好きな人の髪の毛を手に入れて、その髪の毛を手作りのお守り袋に入れて持ち歩くと、恋が成就するというおまじないが周囲で流行り出したとのこと。

 今時、小学生だってそんなことはしないと思うのだが、先輩があまりにも告白を断り続けていたために、女子たちが藁にもすがる気持ちでおまじないを始めたらしい。

 とはいえ、髪の毛を持ち歩くという時点で、ちょっと怖い気がする。

 さらには、通りすがりに先輩の髪の毛をハサミで切る人まで現れたとのこと。

 それは怖すぎる。

 いくら先輩に振り向いてほしいと本気で思っていても、了承もなくいきなり髪の毛を切るなんて、相手がどんなに美人でも付き合いたくないはずだ。

 その女子を好きになるどころか、嫌いになってもおかしくない。

 私が考えていた以上に、先輩は苦労してきたようだ。先輩のご両親が心配するのも当然である。

 気遣う視線を向けると、先輩はヒョイと肩をすくめた。

「そんな目に遭っていた俺に好きな人ができたとなったら、両親はチコが凄腕の黒魔術師

難じゃないかって疑い始めて」

「心配って、そういうことなんですか!?」


――ちょっと待って、ちょっと待って。私が怪しい魔術を使って先輩の心を射止めたと、ご両親は考えているってこと!?


 唖然とする私に、先輩はクスクスと笑いかける。

「恋愛することに興味を失っていた俺が、自分から好きになった相手だからね。父は黒魔術に対抗するために、コネを使って有名な陰陽師に依頼をすると言ってたかな」

「いやいやいや! 私は平凡な女子高校生ですって! 黒魔術とか、ぜんぜん使えないですし!」


――陰陽師って、なに!? 私、封印とかされちゃうの!?


 ありえない誤解をされていたことに、私の顔から血の気が引く。

 そんな私の頬に、先輩がソッと触れる。

「チコは俺の心を操る黒魔術師じゃない」

「もちろんです!」

 力いっぱい答える私に、先輩が優しく微笑みかける。

「チコは誰よりも可愛い妖精だよ」

 その言葉に、引いた血の気が一気にさかのぼってきた。


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