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(57)鮫尾先輩と木野家の人々:4

 とりあえず、私たちはソファに座ることにした。

 ローテーブルを挟んで、左右に二人掛けの大きなソファ、お誕生日席に一人掛けのソファがある。

 私は二人掛けのソファに先輩を並んで腰を下ろした。

 父はもともともう一つの二人掛けのソファに座っているので、その隣に母が腰を下ろす。

 そして、一人掛けのソファには兄が堂々とした態度で座る。

 本来なら、お誕生日席のソファに父が座るべきだろうが、なんだか腰が抜けているみたいで移動できそうになかった。

「さっそく、いただこうかしら」

 我が家で最強の人物である母が動揺した感じをいっさい見せず、嬉々としてシュークリームを一つずつお皿に乗せる。

「我が家は、甘いものが大好きなの」

 母が皆の前に、シュークリームを配った。

 それを見て、兄がニヤリと笑う。

「やはり、手土産はシュークリームだったか。俺の触角で得た情報には間違いがなかったな」

 得意げに語る兄を、私はギロリと睨む。

 

――触覚!? アンタは、昆虫か!?


 しかし、兄はなにくわぬ顔でまたニヤリと片頬を上げた。

「おい、真知子。俺がかっこいいからって、そんなに見つめるなよ」

 どうしたら、そんな勘違いができるのだろうか。心底謎である。

「見つめてないし!」

 ギャンギャンと私がわめいたら、先輩が私の手をソッと握った。

 そしてグイッと引っ張るしぐさは、私の気を引こうとしているのが分かる。

 そちらに視線を向けると、まっすぐに私を見ている先輩と目が合った。

「チコ、見つめるなら俺にして」

「……いえ、兄のことは見つめていませんけど」

 私はぎこちなく笑い、自分の手をソッと取り戻す。

 先輩は珍しく抵抗しないで私の手をすんなりと解放した。

 さすがに私の親の前では、いつものような聞き分けのない行動を控えているらしい。


――最後まで、この調子で大人しくしていてくれたらいいんだけど。


 そんなことをこっそり呟いた時、母が声をかけてきた。

「ねぇ、真知子。そろそろ、そちらの男の子を紹介してくれるかしら」

「あ……、うん」

 色々とタイミングがずれまくってしまい、――原因は、確実に奇天烈脳筋兄貴にある――、先輩のことをきちんと伝え忘れていた。 

 ゴクリと息を呑み、私は口を開く。

「ええと、この人は……、私と同じ学校の人で……。高校三年生の鮫尾先輩で……」

 そこまで言うと、母がニッコリと笑みを深めた。

「真知子、はっきり言いなさい」

「え?」

 私はパチクリと瞬きを繰り返す。


――確かに、モゴモゴとしたしゃべり方になっていたよね。


 母は日頃から、『人と話す時には、相手の目を見てハキハキと』と言っている。

 今の私は、その教えとは程遠い態度だったと反省した。

 背筋をしゃんと伸ばし、父と母に顔を向ける。

「私と同じ学校の人で、高校三年生の鮫尾先輩です」

 改めて伝えると、母が「違うでしょ」と返した。

「え?」

 

――おかしいなぁ。お母さんに言われた通りにしたんだけど。


 ふたたび瞬きを繰り返している私に、お母さんがますます笑みを深めた。

「この男の子がどこの学校に通っていて、何年生なのかというのは、別にいいのよ。真知子とどういう関係なのかってことが聞きたいの。ほら、さっさと言いなさい」

 笑っているけれど、やっぱり目の輝きが尋常ではない。

 頭ごなしに、「恋愛なんて、まだ早い!」と怒鳴られるよりはマシかもしれないが、ここまで好奇心を露にされると、我が親ながらちょっと怖い。


――先輩だって、これには引くよね。


 コソッと隣を窺ったら、先輩は困惑した様子を微塵も見せず、堂々と座っていた。

 あの兄にも動揺しなかった先輩なので、母の興味津々な視線程度は余裕なのかもしれない。

 とにかく、下手に長引かせると、おかしな方向に暴走する予感しかないので、私は覚悟を決めた。

「鮫尾先輩は……、私の……」

 そこで、兄がこちらに向けて手の平をスッとかざす。

「俺が説明しよう」

 口の周りをクリームでベタベタにしている兄が割って入ってきた。

 兄の前に置かれた皿は、既に空である。

 家族の中で一番の甘党である兄には、美味しそうなシュークリームを我慢できなかったようだ。

 小さな子供じゃあるまいし、フライングでシュークリームを食べるなんて、お客さんがいるところではありえない。

「ちょ、ちょっと、お兄ちゃん!?」

 色々な意味で一番の危険人物を黙らせようとするものの、それよりも先に兄がきっぱりと告げる。

「彼は、俺の熱烈な信者だ」

「違う! 先輩は、私の彼氏なの!」

 勢い余って、つい、言ってしまった。

 予想はついていたはずなのに、固まる父。

 目を細めて、ニマニマと笑う母。

 ちょんまげを外し、「信者の証を授けよう」と言って先輩に被せようとしている兄。

 

――なに、してんのよ!


 私はちょんまげを手でバチンと打ち払った。

「ああ、なにをするんだ!」

 吹っ飛んで行ったちょんまげを慌てて追いかける兄は放っておいて、私は父と母に向き直る。

「学校の裏庭であれこれ話しているうちに、仲良くなって。それで、今日、お付き合いすることになったんだ」

 恥ずかしいけれど、頑張って話した。

 すると、膝に置いていた私の手を、先輩がポンと叩く。まるで、「よくやった」と褒めるかのように。

 そして先輩も父と母に向き直り、綺麗な姿勢で頭を下げた。

「真知子さんとお付き合いしています鮫尾帆白です」

 ものすごくまともなあいさつに、私はホッと安堵の息を吐く。

 しかし、油断はできない。

 なにしろ、先輩も兄と同様に思考回路がズレまくっているから。

 ドキドキしながら見守っていると、先輩が話を続ける。

「本気で真知子さんのことを思っています。どうか、温かく見守っていただけないでしょうか」

 そこで、母が口を開いた。

「まぁ、まぁ、素敵ね! こんなにかっこいい人が彼氏だなんて、真知子は幸せ者よ。ねぇ、お父さんもそう思うでしょ?」

 ウキウキと話しかけてくる母に、父は「う、うん……、真面目そうで、いい青年じゃないか……」と、軽く引きつりながらも答えている。

 とりあえず、一発目のあいさつはなにごともなく終わった。

 あまりにもまともなことを言う先輩がかえって心配になるが、余計なことは言わないほうがいいだろう。

 藪をつついて蛇を出すどころか、ヤマタノオロチが出て来ては目も当てられなくなる。

「せ、せっかくだから、先輩が持ってきてくれたシュークリームを食べようよ。すごく美味しそうだね、お母さんもお父さんもそう思うでしょ?」

 私は二人にシュークリームを食べるように促した。

 口に食べ物が入っているうちは、無駄にしゃべることがないはずだ。

「ええ、そうね。楽しみだわ。お父さん、よかったわね。大好物でしょ」

「あ、ああ……」

 母が満面の笑みを浮かべ、父は相変らず引きつったような笑みを浮かべる。

 その時、先輩が「聞いていただきたいお話があります」と切り出した。

「あ、あの、先輩、なにを……」

 胸騒ぎがした私は先輩を止めようとしたけれど、それよりも早く、先輩がソファから下りて、その場に正座をした。

 

――こ、これはマズい展開かも!


 私は慌てて先輩を立たせようとするが、それよりも早く先輩が深々と頭を下げる。

「真知子さんと結婚させてください」

「……え?」

 父と母が同時に固まる。さすがの母も、これには驚いたようだ。

 リビングに沈黙が流れる。


 その沈黙を破ったのは……。


「許さーん! 俺が真知子に奥義を授けるまで、それは許さんぞ!」

 またしても意味不明なことを叫ぶ兄だった。

 


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