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(56)鮫尾先輩と木野家の人々:3

 先輩を玄関の外に放り出してしまいたいが、そうもいかない。いくらなんでも、それは失礼過ぎる。

 私はもう一度大きなため息を零し、先輩に「こちらへどうぞ」と促した。

 今から向かうのは、家のリビングではない。ある意味、私にとっては戦場だ。

 味方による援護射撃がまったく期待できない戦いが、これから始まるのである。


――先輩は私の味方と見せかけて、強烈な爆弾をガンガン放り込むんだろうなぁ。


 私との交際を先輩が一時の遊びではなく、真剣に考えてくれていることに対しては嬉しく思っている。

 だけど、結婚とか夫とか妻とか、高校一年生になったばかりの私には、あまりにも荷が重すぎるのだ。


 とはいえ、私がどんなに脳みそをフル回転させても、この事態を回避する妙案は浮かばなかった。


 リビングに入ると、ソファに座って雑誌を読んでいる父の姿が目に入る。

「お父さん、ただいま」

 疲れた顔になんとか笑顔を浮かべると、父は見るからに動揺した様子で「お、お、おか、えり、ま、ま、真知子……」と言ってきた。

 玄関でのやり取りを耳にしていたはずなのに出てこなかったのは、たぶん、どうしたらいいのか分からなかったからだろう。

 よく見ると、父が手にしている雑誌は、母が買ってくる男性アイドルが掲載されている雑誌で、しかも上下が逆だった。


――そうだよねぇ。私がいきなり彼氏を連れて帰ってきたとなったら、やっぱり驚くよねぇ。


 私だって、交際初日で先輩を彼氏として親に紹介するとは微塵も考えていなかった。

 しかし、ここまできたら誤魔化せない。親には正直に話そう。

 それに、私が「勉強を教えてくれるだけの、ただの先輩」と言ったところで、鮫尾先輩が自分から「真知子さんの彼氏で、いずれ夫になる者です」と、当たり前の顔で言いそうである。

 

――先輩、とりあえずは大人しくしていてくれないかなぁ。


 と、思った矢先、私の隣に立っていた先輩が動いた。

 素早く父の前まで移動すると、その場でいきなり正座をした。

 持っていた荷物を脇に置き、ガバッと土下座をする。

「真知子さんを、僕にくだ……」

「早すぎです!」

 私は思わず先輩の後頭部を平手でパチンと叩いた。

 先輩はきょとんとした表情で私を見上げ、それから小さく苦笑する。

「そうだな。つい、気持ちが焦ってしまって……」


――いくらなんでも、焦りすぎでしょ。あー、お父さん、驚きすぎて、雑誌を真っ二つに引き裂いちゃったよ。


 やれやれと、私はため息を零す。

 無残な姿になってしまった雑誌を手に固まっている父に、私は声をかけた。

「あの、さ……、話があるんだ。お母さんにも聞いてほしいんだけど、いるよね?」

「あ、ああ……。い、い、今、台所で、お、お茶の用意を……」

 父の手が盛大に震えているせいで、雑誌がバサバサと音を立てていた。

 そんな父の様子に改めてかわいそうになるけれど、今は母の様子が気になる。


――恋愛話の「れ」の字もなかった私が彼氏を連れてきたから、絶対に浮かれているんだろうなぁ。


 おまけに、『ご家族の前で、俺がチコの夫にふさわしいことをきちんと証明してみせる』と言った時の先輩の声は結構大きかったので、確実にリビングまで届いていたことだろう。

 そうなると、母の浮かれ具合がかなり怖い。

 加えて、鮫尾先輩は――思考回路に問題ありまくりだが――スタイルも顔も抜群にいいのだ。先輩を一目見た母が大はしゃぎする姿は、簡単に想像できた。

 はしゃぐだけならいいけれど、『いいじゃない、結婚しちゃいなさいよ!』と、娘を差し置いて先輩の味方をされたら困る。

 そんな心配をしているうちに、キッチンに繋がるドアから母が顔を出した。

 見たこともないおしゃれなエプロンを着けた母は、飲み物やお茶菓子を乗せたトレイを持ってリビングに入ってくる。 

「真知子、おかえりなさい」

「た、ただいま」

 母は私に声をかけたものの、その目は完全に先輩へと向けられている。

「こんにちは。あらぁ、男の子のお客さんなんて、初めてじゃないの」

 にっこりと優し気な微笑みを浮かべているが、母の目の輝きは尋常ではなかった。

 推しのアイドルを見ている目とまったく同じである。

 先輩は興味津々の視線にひるむことなく、ペコリと頭をさげた。 

「お邪魔します。よかったら、こちらを皆さんで。シュークリームです」

 そして、流れるようなしぐさで、先輩はシュークリームが入ったケーキ箱を差し出す。

「まぁ、まぁ、なんて気が利く子かしら。遠慮なく、いただくわ」

 トレイをローテーブルに置いた母が、先輩からケーキ箱を受け取った。

 見た目は文句なしにかっこいいうえに、手土産持参ということで、先輩に対する母の評価はうなぎのぼりだろう。

 なにはともあれ、先輩が変なことを言い出す前に、私がこの場を仕切らなくては。

「え、えっと、この人はね……」

 私が鮫尾先輩は同じ高校の三年生だと切り出そうとした瞬間、リビングのドアが勢いよく開いた。

「やぁやぁ。皆の者、待たせたな」

 やけに響きのいい低音で告げながら入ってきたのは、他でもない兄だった。

 ただでさえ兄の登場で頭が痛いのに、おかしな方向でパワーアップしている格好のせいで、頭が割れてしまいそうだ。

 兄は真っ黒な全身タイツの上から、ふた昔前くらいの漫才師が着ていたようなピカピカの黄色いジャケットを羽織っている。

 残念と言うべきか――いや、もう、なんと言ったらいいのか分からないが――、腰みのはそのままだった。

 しかも、兄の頭にはやたらと精巧に作られたちょんまげが乗っかっている。

「な、な、な、なに、そのかっこうは!?」

 引きつる私に、兄がニヤリと片頬を上げる。

「あまりのかっこよさに、驚いたか?」


――アンタのとんでもないセンスに驚いたんだよ!


 唖然としている私に、兄がふたたびニヤリと笑う。

「お客様の前だからな、それなりにきちんとしたかっこうをしないと」

 兄はジャケットの襟部分を手で掴み、得意気に胸を反らした。

「ジャケット羽織ったからって、馬鹿丸出しのかっこうは帳消しにならないからね! むしろ、余計に馬鹿っぽく見えるからね!」

 噛みつかんばかりの勢いで言い返すと、兄は首を傾げる。

「真知子、お兄様に向かって馬鹿はないだろ。もしかして、反抗期か?」

「私が怒ってるのは、お兄ちゃんがあまりにも馬鹿だから!」

「はっはっは、なにを言う。俺はこれでも、クラスでは常識人で通っているぞ」

「そのクラス全員が馬鹿なんだよ!」

 兄妹喧嘩に発展しそうなところで、母が割って入った。

「あなたたち、お客様の前でなにをしているの。みっともないわよ」

 言われて、ハッとなった。

「ご、ご、ごめんなさい、先輩」

 慌てて頭を下げると、先輩はやたらと真剣な顔でポソリと呟く。

「役者は揃った。いざ、尋常に勝負」


――だから、なにと勝負するの?


 こうして、カオスな顔合わせが始まろうとしていた。


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