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(52)嬉しさ3、恥ずかしさ7の初デート:7

 笑いが収まった時には、鬱々としていた気分が少し軽くなっていた。

 この先、間違いなく先輩に振り回されるだろうが、私の中から先輩が好きだという気持が消えない限り、仕方がないことかもしれない。

 とはいえ、精神力を削られるのはちっともありがたくないが。


――諦めるのが、手っ取り早いんだろうなぁ。


 どう考えても、先輩の宇宙人的思考回路が改善される気はしない。

 そんな先輩とうまく付き合っていくには、どうしたらいいのだろうか。


――いっそのこと、私も宇宙人的思考回路になったらいいのかな?


 そうなったら、私は先輩の奇行が気にならなくなるはず。

 二人とも楽しい気分で過ごせるかもしれない。


 ……が、その分、世間の目は冷たくなるだろう。


 また、先輩のように根っから宇宙人的思考回路の持ち主ではない私は、平常心でぶっ飛んだ言動が可能だろうか。

 仮に可能だったとしても、その分、色々なものを失いそうな気がする。


――とりあえず、店を出るか。

 

 やれやれと言わんばかりにため息を零すと、先輩が「行こうか」と声を掛けてきた。

 そして、先輩はレジに向かってゆっくりと歩き出す。伝票を持っている私の手を、上から包み込むように握り締めて。

 一応、放してもらうように訴えたけれど、案の定、先輩は静かに微笑むだけで、絶対に私の手を放してくれなかった。




 レジに行くと、落ち着いた雰囲気のあの女性店員さんが立っている。

 私は伝票をレジカウンターに出そうとしたのだが、いまだに先輩が手を握っていたのだ。


――もう、放してほしいのに。

 

 私は店員さんが見えないところで、繋がれている手をブンブンと動かす。

 すると、先輩が「分かった」と短く答えた。

 しかし、安心はできないと、私は過去の経験から学んでいる。

 なんとか手を引き抜こうととっさに力を入れるものの、それよりも先に先輩が強引に動いた。 

 先輩はなんと繋いでいる手を持ち上げ、自慢げに見せたのだ。

 ギョッとする私をよそに、先輩は店員さんに話しかける。

「仲よしの証拠」


――なに、やってんの!? そして、なに、言ってんの!?


 恥ずかしさを通り越して呆然としている私は、ガチンと固まって動けなかった。

 そんな私たちに呆れることもなく、店員さんは優しく微笑んでくれる。

「いいわねぇ、仲よしで」


――いやいやいや、そんな微笑ましい視線を向けないでくださいよ! 逆に恥ずかしいですって!


 なにも言えない私が視線で訴えるものの、店員さんは優しい微笑みを浮かべているだけである。

 そして、先輩に握られている私の手の中から、静かに伝票を引き抜いた。


――なに、この人! どうして動揺しないの?


 何事もなかったかのように対応する店員さんに驚いている間に、先輩がスッと私の手を放して財布を取り出すと、会計を済ませてしまう。

 気付いた時には、先輩がレシートを受け取っていたところだった。

「あ、あのっ。自分の分は出しますから!」

 慌ててバッグの中から財布を取ろうとするものの、焦ったせいで、バッグのファスナーが布地を噛んでしまう。


――ああ、もう! こんな時に、おっちょこちょいは発揮しなくていいのに!


 必死にファスナーを動かそうとするほどガッチリ布地を噛んでしまい、前にも後ろにも動かせなくなってしまった。

 恥ずかしいのと焦りで、私は泣きそうになってきた。

 そんな私に、店員さんが声を掛けてくる。

「大丈夫よ、落ち着いて」

 そう言って、店員さんが私のバッグへと手を伸ばし、ファスナーを数回前後させた。

 すると、ファスナーはすんなり動き出す。

「ほら、動いたわよ」

 店員さんの言葉を聞いて、安心するどころか、盛大に恥ずかしくなってきた。

 せっかく美味しい苺ミルクが飲めるお店を見つけたのに、これでは気まずくて来られない。

 しょんぼりと俯く私の頭に、ポンと軽く手が乗せられた。

「焦ってるチコ、ちょっとかわいそうだったけど、すごく可愛いかった」

「……そんなの、慰めになっていません」

 ボソッと呟いたら、クスッと小さく笑う声が聞こえる。

 パッと顔を上げたら、店員さんが口元を手で押さえていた。

「ごめんなさいね。あまりにも、あなたたちが可愛いから」

「え? 可愛いですか?」


――馬鹿みたいではなく?


 キョトンとする私に、店員さんがユルリと目を細める。

「私たちにも、こんな初々しいころがあったなあって、懐かしく思ったわ。実はね、ここは私と主人が初めてデートで来た場所なの。それで、あなたたちと同じ席に座ったのよ。

なんだかあなたたちを応援したくて、あの席に通したの」

「そう、でしたか」

 楽しそうにしている店員さんに気持ちが和み、私はホッと頬を緩めた。

 そんな私を見て、「チコ、可愛い」と囁いたけれど、聞こえない振りをする。

「当時の私たちは大学生で、あなたたちよりもちょっと年上だったわね。初めて来た店だったけど、二人ともすぐにここが気に入ったわ。何年か経って、元々の店主が高齢だから閉店するっていう話を聞いて、私たちがここを譲り受けたのよ」

 流行りに合わせて最近できたお店ではないから、こんなにも落ち着いた雰囲気なのだろう。

「へぇ、そうだったんですか」

 私の相槌に頷き返した店員さんが、ふいに照れくさそうに視線を伏せた。

「実はね、初めてのデートで、彼ったらとんでもないことをしたのよねぇ」

「とんでもないこと?」

 私は首を傾げる。

 

――なんだろう。財布を忘れたとか? まさか、コートの下は、パジャマだったとか? それとも、待ち合わせに大遅刻した?


 あれこれ考えているうちに、店員さんが話を再開する。

「夕食を済ませて、彼が家まで送ってくれたの。その道中、やたら思いつめた顔をしていたのが気になったんだけど、尋ねても答えてくれなくてねぇ。そのうち、私の家に着いたわ。そしたら、彼が私の家族に会わせてくれって、いきなり言い出したのよ。勢いに押されえて彼を家に上げたんだけど、その日は父の帰りが早くて、家族が勢ぞろいしていて。 そこで、彼はなにをしたと思う?」


――トイレを貸してほしいって、言った訳じゃないよね?


 道中、真剣だったのは、トイレを我慢していたのかもと思ったけれど、それなら、コンビかどこかで立ち寄ったら済む話だろう。

 なにより、家族に会わせてくれと言ったことが引っ掛かる。 

 私が大きく首を捻っていると、店員さんはうっすらと頬を染めて口を開いた。

「そこで彼が私の両親に土下座をして、『娘さんと、結婚させてください!』って、定番の挨拶を披露したのよ」

「えっ!?」


――初デートで、いきなり、それ!?


 目を丸くする私を見て、店員さんがクスクスと笑う。

「驚くわよね。あの時、私はもちろん、父が一番驚いていたっけ。なんでも、彼は私に半年以上、片想いをしていたらしいの。しかも、ただ私のことが好きだっただけじゃなくて、『結婚するなら、この人だ』って、考えていたんですって。私は気が早すぎるって思ったんだけど、正直な彼のことを父がすっかり気に入ってしまってね。それから、あれよあれよと話が進んで、大学卒業と同時に入籍したわ」

 そして、店員さんが私と先輩を見る。

「だから、初々しいカップルを見ると、なんだか嬉しくなって。……ああ、ごめんなさいね。引き留めちゃって」

「……いえ、いいんです」

 店員さんの思い出話を聞かされたことも、引き留められたことも、私にとっては問題ない。

 ただ、気になるのは、店員さんの話を聞いた先輩にこれからの行動だ。


――初デートの後、いきなり結婚を申し込んだって話を聞いて、先輩が変なことを考えないといいけど……


 さっきから黙り込んでいる先輩の様子が気になって仕方がない私だった。






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