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(43)求む!鮫尾帆白取り扱い説明書:8

 その後、私たちは立ち止まることなく駅に向かった。

 駅に近付くにつれ、鮫尾先輩ファンの女子の数は増える一方で、私に突き刺さる鋭い視線も同じように増えていく。

 これまでだいたい一歩分離れていた私と先輩だったけれど、いつのまにか半歩程度にまで近付いていた。

 おまけに、心配そうに私の名前を呼ぶ回数も増え、繋いでいる手にもいっそう力がこもっている。

 先輩なりに、『チコは俺が守る』という言葉を実行しているのだろう。


――私と先輩が別々に歩いていたら、こんな風に見られなくて済んだと思うけど。


 そんなことを思わず考えてしまうけれど、それは明らかに無理である

 先輩と付き合う前から、妙に距離感が近かったのだ。

 付き合い始めた以上、どんどん距離感が縮まっていくに違いないし、この先輩が別々に歩くなんて考えられない。

 それでも、ここまで鋭い視線をたくさん向けられると、先輩と距離を取ったほうがいいように思えてしまう。


――嫌な目で見られたり、ヒソヒソ囁かれたりしたって、痛い目に遭わされる訳じゃないから、我慢するしかないか。


 先輩と一緒にいたら、さすがに私へ直接危害を与える人はいないはず。

 いくら先輩のことが好きだからって、私を引き剥がすために暴力を振るったら、確実に嫌われるだろうから。

 まぁ、なんとかなるかと考えた矢先、私はハッと我に返った。


――ってことは、私はもう、一人で歩けないってこと!?

 

 先輩がそばにいるから、先輩ファンの女子たちは過激な言動を控えるのだ。

 丸腰の私が歩いていたら、確実に標的にされる。

 それを防ぐためには、先輩のそばにいるしかない。

 しかし、ずっとそういう訳にはいかないだろう。

 学校から帰る時はいいとして、登校する時はどうしたらいいのか。

 先輩の家は、私の近所ではない。

 だから、毎朝、一緒に登校するなんてできないのである。


――みんな、私のことなんか気にしないでくれたらいいのに。


 私みたいな平凡なちんちくりんキノコは、本来なら目立たない存在だ。

 しかし、その平凡な私が超絶有名人の先輩と手を繋いで歩いているため、かえって、先輩ファンたちの目に留まってしまう。

 私の顔はとっくに彼女たちの網膜に焼きついているだろうから、朝からチクチクとした視線が突き刺さることは必至だ。


――ほとぼりが冷めるまで、学校に行くのはやめようかなぁ。


 などと心の中で呟くものの、私の親はけしてそれを許さないだろう。

 私としては深刻な状況だけど、親を説得するには、具体性に欠ける。

 きちんと説明できなかったら「単なるさぼり」と判断され、確実にお小遣いが減らされてしまう。


――嫌だけど、ほんっとうに嫌だけど、お兄ちゃんについてきてもらうしかないのかなぁ。


 兄が通う高校は、ウチの高校よりちょっと離れている。

 それでも、体力自慢の兄が全力ダッシュをしたら、遅刻はしないと思う。

 そうなると、兄はいつもより少し早めに登校することになるが、脳筋ながらも妹思いの兄なので、お願いしたら一緒に登校してくれそうだ。

 いつだってアホ全開の兄だから、周囲からは奇異の視線を向けられそうだけど、恨みがましい視線を一人で浴びるよりはマシかもしれない。


――それしか、方法はないよね。


 私が一人で考え込んでいると、繋がれている手がグイッと引っ張られた。

 そのせいで、私はよろけてしまう。

「わっ」

 声を上げた私の右半身が、先輩の左半身にぶつかる。

「な、なんですか?」

 今は駅のホームで電車を待っているので、自転車や子供が急に飛び出してくることはない。

 それと、周りの人たちはきちんと列をなして立っているため、誰かがぶつかってくる様子もない。

 なので、先輩が私を危険から守ろうとして、手を引いたのではないと分かる。

 ただ、どうして腕を引かれたのかは分からなかった。

 首を傾げて先輩を見上げたら、形のいい眉が少しだけ真ん中に寄っているのに気付いた。

 

――機嫌が悪くなるようなこと、あったかな?


 学生たちの帰宅時間ということもあり、ホームはけっこう混んでいるものの、まともに立っていられないほどギュウギュウに混雑していることはない。

 また、電車が遅延していることもなかった。

 

――なんで、先輩は機嫌が悪いんだろう。


 私は自分の足元を見つめて、理由を考える。考え事をする時、下を向くのが癖なのだ。

 すると、またグイッと手を引っ張られた。

 見上げた先には、さっきよりも不機嫌な先輩がいる。

「先輩?」

 大きく首を傾げると、先輩がポツリと呟いた。

「チコ、ぜんぜん俺を見ない」

「……え?」

 キョトンとする私に、ふたたび先輩が寂しそうに呟く。

「さっきから何度も呼んでいるのに、ずっと俯いてる」

 そう言われ、先輩そっちのけで考え事に没頭していたことを思い出す。

「あ、ああ。ごめんなさい。ちょっと、気になったことがあったので……」

「気になったこと?」

 問いかけられ、私はチラッと周囲を窺った。

 相変わらず、私に鋭い視線が向けられている。

「ええと、その……、見られてるなって思って……」

 周囲にはあまり関心を示さないし、独特な思考回路を持っている先輩だから、私たちに――いや、主に私へ――向けられている視線の理由を考えたりしないのかもしれない。

 そんな先輩に事情をはっきり説明したほうがいいのかどうか、私は迷ってしまう。

 すると、先輩の表情がキリッと引き締まった。

「分かってる」

「はい?」

 いきなり放たれた一言に、私はパチクリと瞬きをする。

 そんな私に、先輩はまた口を開いた。

「チコを見てるってこと、俺はちゃんと分かってる」

 それを聞いて、少しだけ驚いた。

 先輩は自分に向けられる恋心を含んだ視線に気付いていても、私に向けられる恨みの視線までは気付いていないと思っていた。


 だって、先輩は基本的に宇宙人で、私とは考え方とか感性が違うから。


 それなのに、ちゃんと気付いていてくれたことに、私はホッと安堵の息を吐いた。

 これで万事が解決したことにはならないけれど、先輩が私を取り巻く状況を理解してくれていることが嬉しかった。


 しかし、やはり先輩は先輩である。


 凛々しさを増した真剣な顔で、先輩が私に言う。

「チコの恋人は俺。その座は、誰にも譲らない」

 小さな声で、でもはっきりと言ってくれた。

 なんとなく話がズレているような気もするが、まぁ、深く突っ込むのはやめておこう。

 私ははにかみながら、素直に頷き返した。

 先輩は、さらに話を続ける。

「いくら世間が同性愛に寛容になってきていても、俺はチコを手放さない」


――ん? 同性愛?


 私は忙しなく瞬きを繰り返した。

 なぜ、今の状況で『同性愛』というワードが出てきたのだろうか。

 そういった流れは、まったくなかったはずだ。

 ひたすら瞬きを繰り返している私の手を、先輩が改めてきつく握る。

「みんな、チコが可愛いから見てるんだ。恋する女の子は、可愛いって言うし」

「い、いえ、それは違うと思いますよ」

 つい突っこんでしまうが、先輩は気にした様子もなく話を続ける。

「もともとチコは可愛いのに、俺と付き合うことでもっと可愛くなった」

「……言うほど、この顔は変わっていないはずですけど」

 先輩は私の言葉に反論することなく、より真剣な表情を浮かべた。

「だから、性別を超えてチコを好きになる人が現れてもおかしくない。だって、チコは世界で一番可愛いから」

 きっぱりと言い切る先輩に、私は呆れるやら、照れくさいやら。

 それにしても、とんでもない勘違いだ。

 私に向けられる視線の意味を、そんな風に捉えていたなんて。 

「ええと、なんと言いますか……、先輩がそういう心配をする必要はないかと……」

 ぎこちなく私が笑ったら、先輩は暗殺者を思わせるあの鋭い目付きとなる。

「大丈夫。相手が女性でも、チコを守るためなら俺は容赦しない」

「……先輩。その勘違い、どこから修正しましょうか?」


 色々な意味で前途多難だと、しみじみ悟った私だった。 


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