(41)求む!鮫尾帆白取り扱い説明書:6
ようやく、私たちは裏庭を立ち去ることになった。
バッグを取り返すことを諦めた私は、申し訳ない気持ちを抱きつつも、このまま先輩に持ってもらうことにする。
どうせ、なにを言ってもなにをしても、返してもらえそうにないからだ。
――でも、先輩は嬉しそうにしてるし。
基本的に先輩は無表情だけど、いつもより口角が上がっている。
バッグを持つことがどうしてそんなに楽しいのかさっぱり理解できないけれど、先輩がそれでいいならと、任せることした。
裏庭を抜けつつ、私は一応声をかける。
「先輩、私はいつもで自分のバッグを持ちますからね。遠慮なく、返してもいいですからね」
しかし、先輩はフルリと首を横に振った。
「最後まで、絶対に持つ」
すると、力強く宣言される。
先輩が頑なに私のバッグを持ちたがる理由が分からない。
私のバッグは学校指定のもので、みんなと同じである。
お気に入りのキーホルダーをいくつかつけてあるので、人とは少し違うけれど、だからといって、特別なバッグではないのだ。
――私のバッグを持つと、なにかいいことがあるとか?
まさか、『学校の七不思議』的な噂でもあるのだろうか。
そんなはずはないと思いつつも、先輩に問いかけた。
「なんでですか? バッグを持って、いいことなんてあります?」
すると、先輩の口角がさらに上がった。
「両手で、チコを味わえるから」
「……はい?」
先輩的思考回路が見事に炸裂し、私は思わず足を止める。
――両手で私を味わえるって、なに?
先輩もすぐに足を止め、振り返って私を見た。
「チコ?」
「あ、いえ……。先輩が言ったのって、どういうことかなって……」
苦笑いを浮かべる私を見て、先輩がフッと目を細める。
そして、二人分の通学バッグを持っている右手を軽く差し出した。……ちなみに、私の右手は先輩の左手に繋がれている。
「チコのバッグの持ち手は、今日までのチコの感触が染み込んでいるから」
――なんか、またヘン●イくさいことを言い出したんだけど。
ぎこちなく笑いながら、私は大人しく先輩の次の言葉を待つ。
先輩は照れくさそうにしながら口を開いた。
「本当は、両手でチコと手を繋ぎたかった」
「……はい?」
首を傾げる私を見て、先輩が少しだけ寂しそうに笑った。
「でも、できないから、チコのバッグの持ち手で我慢する」
――両手って……。その状態で歩きってことは、ほぼフォークダンスダンスよね?
ただでさえ私と先輩が歩いていたら注目を浴びるのに、そんなことをしたら、余計に視線を集めてしまうではないか。
そんなことにならなくてよかったと、私は心底ホッとする。
それにしても、両手で手を繋ぐ代わりに私のバッグを持ちたがるなんて、やっぱり先輩の思考回路は不思議すぎる。
同時に、先輩の中身がちょっと残念な人で、なんとも言えない気分になった。
そこでいったん会話が途切れたので、私たちはふたたび歩き出す。
校門に向って歩いているのだが、私はずっと俯いていた。
――絶対、見られているよね?
帰宅部の生徒は早々に学校を出ているだろうし、部活に入っている生徒たちは、まだ帰宅しない。
だから、校門に向かう生徒の姿はそれほど多くない。
とはいえ、何人かの姿はあるし、学校で一番の有名人とも言える鮫尾先輩がちんちくりんキノコの女子と歩いていたら、誰だって視線を向けるはず。
チラッと視線を上げて辺りを窺ったら、案の定、驚きに満ちた表情でこちらを見ている生徒たちがいた。
――やっぱりなぁ。
先輩と並んでいるだけでも注目されるのに、今は手を繋いでいるのだ。二度見は必至だろう。
おかげで、好きな人と手を繋いでいる嬉しさよりも、気恥ずかしさが勝ってしまい、つい右手を引っ込めようとしてしまった。
だけど、先輩の反射神経には敵わなくて、大きな手がキュッと力を入れる。
「チコ?」
短く名前を呼ばれただけなのに、その声音から先輩が私を心配していることが伝わってきた。
私はすかさず首を横に振る。
「えっと……、手を繋ぐのが、嫌とかじゃなくて。周りから見られることが、恥ずかしいから……」
俯きながらモゴモゴと答えたら、先輩が「そうか」と呟いた。
ソッと見上げたら、先輩は何か考え込んでいる表情をしている。
――考えている顔、かっこいいよね。
しかし、その頭の中でなにを考えているのか、ものすごく心配だった。
しばらく黙って様子を窺っていると、先輩がふいに口を開く。
「手錠を買おう」
予想をはるかに超えることばに、私は大きな声を上げてしまう。
「なんで、その発想に至ったんですか!?」
今まで照れくさそうにはにかんでいた私の表情が、驚きと呆れが混ざったものに変わる。
先輩はいいこと考えたという感じで、目を輝かせながら私に話しかけてくる。
「俺は、チコと手を繋ぎたい。チコは恥ずかしい。だから、間を取った」
――なんの間ですかね!?
先輩の思考回路が、さらに理解できないものになっている。
唖然としている私に、先輩が微笑みかけてきた。
「チコが手を繋ぐのは恥かしいって言ったから、手錠がちょうどいいかなって」
爽やかな微笑みと手錠というワードが、あまりにもそぐわない。
――先輩、めちゃくちゃ頭がいいのに、なんでこんなおかしなことを考え付くの!?
「だからって、手錠はないでしょう!?」
どこの世界に、手錠で繋がる彼氏と彼女がいるというのだ。
顔を引きつらせる私を見て、先輩が軽く首を傾げる。
「駄目?」
「駄目に決まってます!」
そんなことをしたら、手を繋いでいる以上に注目されるに違いない。
ウチの高校は男女交際をそこまで厳しく取り締まっていないから、手を繋いで帰るくらいはなにも言われない。
それでも手錠でお互いの手を繋いでいたら、それはある意味、生活指導が入る可能性が高いだろう。
ヘタをしたら、親に連絡が行くことも考えられる。
『お宅の娘さん、彼氏と手首を手錠で繋いでいますけど……』
そんなことが親の耳に入ったら、猛烈に恥ずかしすぎるではないか!
私は引きつった顔でなんとか笑顔を浮かべる。
「わ、私は……、手錠よりも、先輩と、手を繋ぐほうが、いいです……」
繋いでいる右手にギュッと力を入れて、先輩の左手を握り締めた。
すると先輩はコクンと頷く。
「俺も、手を繋ぐほうがいい」
「で、ですよね! じゃあ、そういうことで。はは、ははは……」
乾いた笑いを零す私に、先輩が穏やかな声で告げる。
「手錠のほうがよくなったら、いつでも言って」
「……そんな日は、一生来ないと思います」
――なにがあっても、手錠は阻止しますからね!
私は心の中で強く誓った。




