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(39)求む!鮫尾帆白取り扱い説明書:4

 結局、制服は先輩に返した。

 寒くないこの時期に、上着の二枚重ねはさすがにおかしい。

 この後、先輩と一緒に帰ることで確実に周囲の注目を浴びる事態になるだろうが、少しでも奇異の目は避けたい。

 先輩はものすごく残念そうに私が差し出す上着を受け取り、渋々と言った感じで袖を通した。

「おかしくないのに。チコ、可愛いのに」

「そんなことを言うのは、先輩だけですよ」

 ブツブツと不満を漏らす先輩に言い返すと、ジッと見つめられる。

 あまりにも真剣な視線なので、ちょっと怖いくらいだ。

「な、なんですか?」

 ビクビクしながら聞き返すと、先輩の手がポンと私の頭に乗る。

「チコを可愛いって言うのは、俺だけで十分。ライバルはいらない」

 

――この人、なんて無駄な心配をしているんだろう。


 痘痕あばたえくぼ過ぎる先輩に、ほんのちょっと呆れてしまった。

 私を恋愛的な意味で可愛いという人なんて、先輩以外にありえない。

 なにしろ、高校に入学してから今日まで、男子に言い寄られたことはたったの一度もないのだ。

 ちんちくりんキノコである私のポジションは、男子にとってマスコットというか、弄られキャラにすぎない。

 特に、赤石君には毎日、事あるごとにからかわれている。

 そんな私を「面白い」という人はいても、「可愛い」という人はいないだろう。

「あー、まぁ……。そんな心配はいらないですよ」

 苦笑いを浮かべる私に、先輩が静かに首を横に振って見せた。

「チコが気付いていないだけ」

 まさかの解答に、私は目を丸くする。

「はぁ? 私に好意を寄せている人がいるって言うんですか?」


――いったい、どこのどいつだ。見る目のない男子は。いや、先輩の勘違いがひどすぎる。


 私は呆れを隠すことなく、ため息を零した。

 きっと先輩は思考回路が変にこじれて、ありもしない妄想に取りつかれているのだろう。

「先輩、それはありえませんよ」

 すると、先輩がすかさず言い返してくる。

「ありえないことじゃない」

 

――本当に、なに、言ってるんだろうなぁ。


 妙な心配をしてしまうほど先輩は私のことが好きなのだと分かり、胸の奥がムズムズとくすぐったい。

「ありえないんですってば」

 ちょっとだけ照れつつ下から先輩の顔を覗き込んだら、切れ長の目がハッと見開かれた。

「……今のチコ、可愛い」

「はい?」

 私がさらに首を傾げると、先輩の目元がうっすらと赤く染まった。

「上目遣いで、しかもチョコンと首を傾げて、可愛すぎる。ああ、もう、家に連れ帰りたい。そして、俺の部屋で、チコを撫で回したい。ついでに、舐め回したい」


――な、な、舐め回す!?


 うっとりとした表情でとんでもないヘン〇イ発言がかまされ、私の顔が盛大に引きつる。

 少しばかり話題転換しないと、とんでもないことに発展しそうな予感が満載だ。

 私は慌てて口を開いた。

「い、いえ、それより、無謀な男子の名前を教えてくださいよ!」

 その男子とどうこうなるつもりはまったくないけれど、名前くらいは聞いておきたい。単なる、興味本位だ。

 

 ところが、先輩はいきなり無表情になった。


――え? なに、なに。どうしたの?


 突然の変わりように、私は瞬きを繰り返す。

「……せ、先輩?」

 私が呼びかけても、先輩の目はうつろで、こちらを見ていなかった。 

「あの……、先輩?」

 もう一度呼びかけるけれど、それに答えることなく、先輩は片手で口元を覆ってブツブツと呟き始める。

「ここでアイツの名前を出したら、チコが意識するかもしれない。俺と違って同じクラスのアイツは、チコと一緒にいる時間が長いからな。万が一にも、チコの心が揺れたら、目も当てられない……」

 その声が小さいので、私には聞き取れなかった。

 よく分からない状況だけど、先輩が落ち着くまで待つしかなさそうだ。

「ただでさえ、俺はチコと学年が違うというハンデを背負っているんだ。ここで、敵に塩を送る真似はできない。チコがアイツにほんの少しでも好意を抱いたら、俺は自分を抑えられないだろう。それこそ、チコを俺の部屋に閉じ込めて、俺以外の誰にも会わせないようにしたくなる」

 低い声で呟き続ける先輩の顔が、なんだか怖い。

 まだ先輩は落ち着きそうにないので、私は大人しくしていた。

「ああ、そうだ。ライバルはアイツだけじゃないはず。なにしろ、今でもチコはこんなに可愛いんだ。そこに大人の魅力が加わるようになったら、チコを狙う男が増える。俺はどうしたらいいんだ……」

 先輩はおもむろに口元を覆っていた手を外し、深々とため息を零す。

「え、えっと……、なにがあったんですか?」

 オズオズと尋ねたら、先輩の手が私の肩に乗った。

「俺以外にチコの魅力に気付く男がいたら、ソイツの目を潰してしまおうかと真剣に考えている」

「……そんなこと、真剣に考えないでください」

 とんでもなく物騒なことを告げられ、私はダラダラと冷や汗をかいた。


 私たちの間に緊張が走ったものの、先輩の発言はお決まりの意味不明思考回路のせいだろうと思い、それ以上、突っ込むことはやめた。

 そして、私に好意を持っているとされている男子のことを聞き出すのもやめた。

 これもまた、先輩の意味不明思考回路の妄想が生み出した産物だろう。

 そもそも、男子の名前を聞いたところで、どうしようもないのだ。

 だって、私が好きなのは、先輩だから。

 眉間にうっすら皺を刻んで怖い顔をしている先輩に、私はソロリと右手を伸ばした。 なにも言われないので、そのまま人差し指で皺をチョンと突っつく。 

「……先輩、怖いです」

 こんなことをしたら怒られるかもしれないけれど、この雰囲気には長く耐えられそうにないのだ。

 改めて首を傾げ、ジッと上目遣いで先輩を見つめる。


――これが、可愛いって言ってたし……


 先輩の機嫌が早く治るように、気に入っていると言われたポーズを取ってみた。

 すると、先輩の目がクワッを見開かれ、体がブルブルと小刻みに震え始める。


――う、嘘! 失敗!? 先輩のこと、怒らせちゃった!?


 やっぱり、このポーズは可愛くなかったのだろうか。

 それとも、眉間を突っついたのが失敗だっただろうか。

 そう言えば、人間の急所は体の中心線上にあるという。鼻の下にあるくぼみ、みぞおちは有名な急所で、眉間もそこに含まれる。

 先輩は実際には暗殺者ではないだろうが、暗殺者並みの殺気を放つ人だから、不用意に触られたことが嫌だったのかもしれない。


――どうしよう。どうしよう……


 私は右手をギュッと左手で握り締め、ビクビクと先輩の様子を窺っていた。

 次の瞬間、先輩がものすごい力で私を抱き締めてくる。

「眉間を突っつくなんて……、チコ、可愛すぎる!」

 あまりにも強い力なので、背骨が折れそうだ。

「ぐ、ふぅっ!」

 私は年頃の乙女らしからぬ奇声を上げる。

 それでも先輩は構うことなく、さらにギュウギュウと私を抱き締めた。

「ああ、チコ! 俺の可愛いチコ!」

 なにやら激しく興奮している先輩の腕力は、私ごときでは抵抗しようがない。


――ヤバい。目の前が、だんだん、暗くなってきた……


 私は意識が遠のきそうになりながら、必死になって先輩に訴える。

「……はな、し、てぇ」

 苦しげに呻く私の様子にやっと先輩が気付き、慌てて腕を緩めた。

「チ、チコ、ごめん!」

 先輩は崩れ落ちそうになっている私を、適切な力で抱き留める。

 今度は背骨が痛くないし、息も苦しくなかった。

 私はグッタリと先輩の胸に凭れかかり、ゼイゼイと荒い呼吸を繰り返す。


――早く先輩を制御できるようにならないと、私の命が危ない。


 しかし、そんなことができるのか、大いに不安だった。


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