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(37)求む!鮫尾帆白取り扱い説明書:2

 私はしばらくの間、スーハーと深呼吸を繰り返し、必死に心を落ち着けようと頑張っていた。

 しかし、ちょっと頬の火照りが取れたところで、先輩が「深呼吸をしているチコが可愛い」とか、「チコ、好きだよ」とか言ってくるので、なかなか落ち着けないでいる。

 このままでは、私は一生羞恥地獄から抜け出せない。

 ただでさえ膝抱っこ&ハグというコンボを食らっているのだ。

 そこに甘いセリフが加わり続けたら、私の体内に流れる血液が沸騰するかもしれない。

「……先輩、ちょっと黙ってくれませんか?」

 深呼吸の合間にお願いすると、先輩がなにやら考え込む素振りをした。

 どうせ謎の思考回路を炸裂させているのだろうが、黙ってくれているのはありがたい。


――できることなら、私を膝の上から降ろしてほしいんだけど。


 そう思うけれど、私はとりあえず黙っていた。

 これまでの経験上、ヘタなことを言ったら私が精神的ダメージを食らう展開になる確率がかなり高い。

 タチが悪いことに、なんとかしようと私が頑張れば頑張るほど、先輩は謎発言を連発するのである。


――私、なんでそんな先輩を好きになったんだろう。


 ふいに疑問がこみ上げてきた。

 先輩の外見が好きだったら、きっと顔を合わせた瞬間、すぐにでも恋に落ちただろう。

 そして、先輩の人柄に惚れたということもない。

 はじめのうちは、先輩が強引に近付いてきたことを嬉しく思うどころか、迷惑だと感じていたのだ。


――じゃあ、私は先輩のどこを好きになったんだろう。


 確かに私は先輩に恋をしているけれど、好きになったきっかけが分からない。

 そんなことを考えていると、先輩が私の頬を両手しっかりと包み込んだ。

 徐々に私の顔を上向きにさせ、視線を合わせた先輩が静かに囁く。

「チコ、キスしていい?」

「……へ?」

 考え事をしている最中に妙なことを言われ、私はポカンと呆けてしまった。

 すると、先輩は顔を僅かに近付け、ふたたび囁く。

「チコのお願い通り黙っているから、キスしていい?」


――意味が分からないんですけど!


 我に返った私は先輩から距離を取ろうとするものの、大きな手でしっかり頬を覆われているので、首を振ることも、仰け反ることもできなかった。

「な、な、な、なに、言ってるんですか!?」

 せめてもの抵抗として大きな声で叫ぶが、先輩は平然としている。

「交換条件」

「こ、交換条件!?」

 頬を引きつらせた私が問い返すと、先輩はコクンと頷いた。

「チコがいいよって言うまで黙っているから、ご褒美がほしい」

「いやいやいや! 交換条件とか、ご褒美とか、おかしくないですか!?」

「そうかな?」

「そうです! 駄目です!」

 私はむんずと先輩の手首を掴み、グイッと引き剥がした。

 先輩は無駄に抵抗をすることなく、すんなりと私の頬から手を放す。

「……そっか、駄目か」

 肩を落としてがっかりしている先輩に、私は改めて注意する。

「駄目に決まっていますよ。ここ、学校ですし」

 先輩の呟きに思わず返事をしたら、なぜか先輩の目がキラッと輝いた。

「学校じゃなかったら、いくらでもキスしていい?」


――えっ? いくらでも!? なんか、話が変わってるんですけど!


 ギョッと目を見開く私は、焦るあまりにアホな発言をしてしまう。

「一回ならともかく、いくらでもというのは駄目です!」

 それを聞いた先輩の目が、さらに輝いた。

「分かった」

 僅かに口角を上げて嬉しそうにしている先輩を見て、私はとんでもない失言をしたことに気付く。

「あーっ! 間違いです! 今はまだ、一回でもキスは駄目です! 駄目、絶対!」

 すると、先輩の顔から微笑みが消えた。

「やっと、チコと恋人になれたのに。大好きなチコがそばにいたら、キスしたいのに」

 超絶クールキャラで通っている先輩が、『キス』を連呼するのはものすごく似合わない。違和感がありまくりである。

「……先輩、本気でそう思ってます?」

 オズオズと問いかけたら、大きな頷きが返ってくる。

「本気、真剣、真面目に思ってる」

「で、でも、相手は私ですよ?」

 すると、先輩の目が柔らかく弧を描いた。

「相手が、チコだからだよ」 

 当たり前のように答えられて、私は照れくささで口を噤んでしまう。

 ちんちくりんキノコの私を可愛いと思ってくれたのは、百歩譲って理解しよう。ペットみたいに可愛いという意味も考えられるからだ。

 しかし、「キスしたい」という思いは、ペット相手にはけして湧かない感情だろう。


――先輩は、私のことを、ちゃんと異性として見てくれているんだ。


 これまで、周りの男子からはからかわれるばかりで、顔見知りの男性からは子供扱いされるばかりだったから、ものすごく不思議な感じがする。

 でも、嬉しかった。

 こんな私でも、女の子として見てもらえて、すごく嬉しかった。

 だったら、少しくらい譲歩してもいいかもしれない。

 私は小さく息を吸い、口を開いた。

「で、では、もう少し待ってください」

 ほんのついさっき、自分の気持ちを自覚した私である。キスはハードルが高かった。

 そう願い出ると、先輩が軽く首を傾げてくる。

「もう少しって、どのくらい?」

「はっきりとは分かりませんけど、とにかく、待ってください」

「じゃあ、一緒に歩く時、肩を抱き寄せるのは?」

「駄目です」

「腕を組むのは?」

「駄目です」

「腰を抱き寄せるのは?」

「駄目です」

 すべてに駄目出しをしていたら、先輩がおもむろに黙り込んだ。


――やれやれ、やっと大人しくなったか。


 先輩のことは好きだけど、人前であまりくっつくのは恥ずかしすぎる。

 諦めてくれたのかと安心していたその時、先輩の謎発言が炸裂した。

「そうなると、俺がチコをおんぶするか、俺と手を繋ぐかの二択になるけど。どっちがいい?」

「……はい?」

「俺はおんぶがいい。背中にチコの温もりを感じるなんて、幸せだし」

「……へ?」

「でも、チコが選んでいいよ。どっちにする?」

 話が勝手に進んでいて、私は混乱してしまう。

 おんぶは、さすがにありえない。

 足に怪我をしているとか、体調不良ならともかく、おんぶされている私の精神的ダメージは計り知れない。 

「ほ、他の選択肢は……」

 恐々と尋ねたら、先輩はサラリと言い返してきた。

「これまでに挙げた中から選んでもいいけど」

 先輩は静かに微笑んでいるけれど、目が真剣だ。

 こういう時の先輩は、私がなにを言っても引き下がらない。

 ヘタに答えないままでいると、問答無用で肩を抱き寄せられたり、負ぶわれたりするはずだ。

「……て、手を、繋ぎます」

 私の何倍も頭の回転が早い先輩を言い負かす策が思いつかず、こう答えるしかなかった。


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