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(36)求む!鮫尾帆白取り扱い説明書:1

 先輩はしばらく黙ったまま私を抱き締めていたけれど、そのうちにポンポンと私の背中を軽く叩いてくる。

「チコ、顔を上げて」

 いつの間にか顔を伏せていた私に、先輩が声をかけてきた。

 少しだけ冷静になると、かえって今の状況が恥ずかしいと自覚した。

 だけど、先輩は相変らず私を放してくれないので、顔を伏せるしかなかったのだ。

「チコ」

 私を呼ぶ声がこれまでよりも甘いような気がする。

 おかげで、ますます私は顔が上げられない。

 フルフルと首を横に振ったら、「どうして?」と問いかけられた。

「……だって、恥ずかしいんです」

 ボソボソと小さな声で答えると、「どうして?」と、また問われる。

「そ、そんなの、決まっているじゃないですか……」

 

 先輩に好きだと言われて。

 自分の気持ちを自覚して。

 相変わらず、先輩の膝の上で抱き締められていて。

 優しい仕草で背中を撫でられ。

 甘い声で名前を呼ばれて。

 

 色々な恥ずかしいことが重なり、それらがビシバシ容赦なく私に襲いかかっている最中なのだ。

 これで照れないほうがおかしい。

 まして、私は恋愛方面の経験値がまるっきりないちんちくりんキノコである。

 超絶ハイスペックな先輩から「俺をチコの恋人にして」などと言われて、今にも心臓が爆発しそうほど照れまくっている。

 なのに、先輩はそんな私に構うことなく、「チコ、好きだよ」、「チコの可愛い顔が見たい」と、しきりに声をかけてきた。


――これじゃ、ますます顔を上げられないよ!


 私は先輩の肩口に顔を埋めて、さらに大きく首を横に振る。

 すると、横髪に隠れていた耳がヒョコッと出てしまった。

「チコ、耳が赤い」

 自分の視界に入った私の耳の様子を、先輩がポツリと呟く。

 私がジッと大人しくしていたら、先輩はふたたび呟いた。

「照れているチコは、世界で一番可愛い」

「……それは、先輩の目がおかしいんです」

 ぶっきらぼうに言い返すと、先輩がクスッと笑う。

「俺の目がおかしくてもなんでも、チコが可愛いのは事実」

 そう言って、先輩はさっきのようにポンポンと私の背中を撫でた。

 大きくて優しい手の感触を味わいながら、ふと考える。

 噂に聞いていた先輩は、『かっこいい』という評価が一番多かった。

 それとあまり変わらないくらい、『無表情』、『無口』という言葉もよく耳にした。

 だけど、その印象は割と序盤のうちに変わっていたような気がする。

 先輩のかっこよさは変わっていないけれど、ふとした拍子に微笑んでいたり、けっこう長く話していたと思う。

 今も、声が甘かったり、クスクス笑っていたり、多少は会話ができている。

 噂でしか知らなかった『鮫尾帆白先輩』と、ここにいる先輩は別人とまでは言わないけれど、まったく同じ人とは思えない印象だ。


――途中で入れ替わったりとか、してないよね?


 漫画では、親でも見分けがつかないくらいそっくりな双子が、お互いの学校生活を入れ替えるといった設定を見かける。

 まさか、ここにいる先輩は、私が知っている先輩の双子のお兄さんか弟さんだろうか。

「……先輩、家族構成は?」

 なんの脈絡もなく私が尋ねると、やんわりと抱き締められる。

「母は健在だが、心配しなくてもいい。万が一にも嫁と姑の争いが起きたら、俺は全力でチコを守る」

 話が通じないところは、出逢った頃の先輩と同じだ。

「い、いえ、そういうことではなくて……」

 ついさっき恋人になったばかりなのに、気の早い話だ。……まぁ、先輩はすでに「婚約者」だの「夫」だの言っていたけれど。

 私は改めて口を開く。

「先輩って、一卵性の双子ですか? もしくは、そっくりなお兄さんか弟さんがいますか?」

「きょうだいなら、俺より四つ上の兄と一つ上の姉がいるが」

「お兄さんって、先輩とよく似てます?」

 その質問を聞いた先輩が、いきなり私を強く抱き締めた。

 骨が軋むほど締め付けがきついので、思わず顔を上げてしまう。

 なんで先輩がこんなことをしているのか分からないけれど、生命の危機だというのは即座に理解する。

「せ……、先輩、放し、て……」

 必死になって訴えると、先輩が嬉しそうに笑った。

「やっと、チコの顔が見えた」


――そんなことを喜んでないで、早く、腕の力を緩めてーーー!


 ただでさえ大して可愛くない顔なのに、苦痛に歪む私の今の顔は、さぞ不細工だろう。

 そんな顔を先輩にまじまじと見られたくない。

 なにより、痛みと息苦しさでポロリと涙が零れ、目の前が徐々に暗くなっていった。


――ホント、無理……


 暗幕が下りてくるかのように、視界が静かに狭まっていく。

「く、苦し、い……、も……、駄目……」

 その時になって、やっと先輩が腕の力を緩めてくれた。


――セ、セーフ……。


 ゼイゼイと肩を上下させて酸素を取り込んでいると、先輩は右手で私の左頬を覆う。

「ごめん、嫉妬した」

「……へ? 誰に、ですか?」

「俺の兄貴に」

「どうして、ですか?」

 私は状況が呑み込めていないのに、先輩は次々と質問を口にする。

「チコ、年上が好み?」

「は?」 

「二歳差でも平気?」

「ま、まぁ」

「本当?」

「はい……」

「五歳以上離れているほうが、やっぱり大人の魅力を感じるとか?」 

「そういったことはあまり考えたことがないので、よく分かりません」

「俺と兄貴、どっちが好き?」

「先輩のお兄さんを知りませんから、なんとも……」

 と言ったところで、先輩の目が鋭さを増した。


――や、ヤバい! 絞め殺される!


 私はふたたび生命の危機を感じ、慌てて口を開く。

「会ったこともない先輩のお兄さんより、先輩のほうが好きです! 大好きです!」

 思わず、自分の気持ちをぶちまけてしまった。

 焦りすぎたせいで余計なことまで口走ってしまったことに、私の耳がカァッと異常なほど熱くなる。


――うあぁ、しまった! 『先輩です』って言うだけでよかったのに!


 悪いことを口にした訳ではないけれど、いたたまれなさが半端ない。

 それに、私の告白を喜んだ先輩が、感激のあまりに私をまたしても絞め殺すのではないかと怖くて仕方がない。

 

 ところが、先輩は切れ長の目を見開き、ポカンと呆けていた。


 美形はどんな表情でも絵になると間抜けなことを考えていたら、先輩の目元がうっすらと赤くなる。

「チコが、俺を、好きって、言ってくれた」

「……恥ずかしいので、黙ってくれませんか?」

 そんな嬉しそうな顔でしみじみと囁かれたら、熱くなった耳から炎を噴き出しそうだ。

 私はいつものように照れ隠しでぶっきらぼうに返すけれど、先輩の笑顔は変わらない。

 とりあえず、絞め殺されなかっただけでもよかったと思うことにしよう。

 死ぬほど恥ずかしいという言葉があるけれど、実際に、羞恥心で死んだ人はいないのだ。


 ……たぶん。


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