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(28)罰ゲームでもなければ、復讐でもない:1

 翌朝。母親の「真知子! そろそろ起きなさいよ!」という怒鳴り声と共に、私は目を覚ました。

「……へ? もう、そんな時間?」

 しょぼしょぼする目を手の甲でグリグリと擦りながら、枕元に置いている目覚まし時計に手を伸ばす。

 時計の針が示しているのは、いつもより三十分遅い時間だった。

「う、嘘っ!?」

 私は慌ててベッドから飛び出す。

「いつのまに、目覚ましを止めちゃったんだろう。ぜんぜん気付かなかった」

 半泣きになりながら、洗面所に向かった。

 昨日は色々なことがありすぎて心身ともに疲れていたため、いつもの時間に起きられなかったのだろう。

 先輩とのやり取りだけでも大変だったのに、そこへ脳筋の兄が加わったのだ。私の中に蓄積された疲労は半端ない。

 冷たい水でジャブジャブ顔を洗うと、だいぶスッキリした。

 フカフカのタオルで顔を拭い、ダイニングへ突撃する。

 いつもならご飯、お味噌汁、サラダ、ベーコンエッグなどの料理が並ぶけれど、今朝は野菜ジュースと大きめのおにぎりが用意されていた。

 時間がない私のために、母が簡単に食べられるおにぎりにしてくれたらしい。

「おかあさん、ありがと。いただきます!」

 自分の席に座ってパチンと手を合わせた私は大きな口を開けて、モッシャモッシャとおにぎりを咀嚼する。

「あんたは、どんなに時間がなくても、ご飯だけは食べるのよね。健康的でいいけど、もう少し行儀よくしなさいね。口の周りにご飯粒が付いているわよ」

 バクッと噛り付いて、モギュモギュ口を動かす私を見て、母が呆れたように言った。

「ががっげぐご」

「こら、食べてからしゃべりなさい」

 母に注意され、私はグラスに注がれている麦茶をゴクゴクと飲んだ。

「分かってるよ」

 一言返し、私はふたたびおにぎりに噛り付く。

 そんな私の向かいの席に座っている兄はすでに食事を終えていて、登校準備まで済んでいた。

「相変わらず、真知子の食欲はすさまじいな。まるで、おにぎりがブラックホールに吸い込まれていくみたいだ」

 面白そうに眺めている兄を、私はギロリ睨んだ。もちろん、咀嚼を止めずに。


――お兄ちゃんこそ、ブラックホールに吸い込まれちゃえばいいんだ。


 そうしたら、私の心労は半分に減る。残り半分は、当然、鮫尾先輩によるものだ。

 しかしながら、兄をブラックホールがある宇宙に打ち上げるのは、現実的に考えて不可能である。

 私はこの先、「脳筋兄を持つ妹」という重たい十字架を背負って生きていくしかない。

 だけど、残り半分の原因は、頑張り次第で遠ざけることが可能だ。


――今日こそは、絶対に先輩と関わらないぞ!


 固い決意を胸に秘め、残りのおにぎりを口の中に押し込む。

 そして数回咀嚼した後、紙パックの野菜ジュースをズゴゴゴゴッと勢いよく吸い込んだ。




 私は通学バッグを手に、最寄り駅へとやや早足で向かう。

「いたた……。お母さん、容赦なく叩くんだもんなぁ」

 私は空いている片手で、つい先ほど、拳骨を食らった頭を撫でる。

 大きな音を立ててジュースを飲んだため、拳による教育的指導が入ったのだ。

「それに、余計なお世話だよ」

 私は唇を尖らせて、ブツブツと文句を零す。

 母が言うには、私の行動ががさつだとのこと。おにぎりの食べ方やジュースの飲み方など、散々注意されたのである。

 母親からすると、『あんたは、普段からがさつなのよ』ということらしい。


――そうなのかな? でも、先輩はなにも言ってないし。


 先輩の前で紙パックの苺ジュースを何度か飲んだけれど、注意されたことはなかったはずだ。

 ここで、私はハッとなる。

 どうして、先輩のことを思い出してしまったのだろう。関わり合いになりたくないのに。

 私はブルリと頭を振り、駅に向かって走り出した。


 急いだおかげで、いつもより一本だけ遅い電車に乗ることができた。これなら、遅刻せずに済むだろう。

 やれやれとため息を吐きながら電車に揺られていると、なんとなく視線を感じた。


――もしかして、寝癖が酷いことになっているとか?


 寝坊したから、大急ぎで支度を済ませたのだ。鏡で全身を確認しなかったので、後ろ髪が跳ねている可能性がある。

 私はなんでもない様子を装いながら、片手で後ろ髪を撫でつけた。

 何度か撫でたり押さえつけたりしたので、寝癖が付いているであろう後ろ髪も、これで一応はおさまったはずだ。

 それでも、向けられる視線は変わらない。

 おまけに、私を見てヒソヒソと話している人もいる。

 その人たちは、色や形は違うけれど、皆、制服を纏った女子だった。


――昨日、私と鮫尾先輩が一緒にいるのを、見た人たち?


 きっと、ちんちくりんキノコの私を見て、改めて先輩と不釣合いだと囁き合っているのだろう。

 彼女たちの視線は、明らかに私を見下していた。


 そんなこと、言われなくても分かっている。

 だけど、私と先輩はなんの関係もないし、周りから品定めされる理由もない。

 なのに、どうして、自分が惨めな思いをしなくてはいけないのだろう。

 心の奥がモヤモヤするけれど、彼女たち全員にいちいち説明するのも面倒だ。


――ほとぼりが冷めるまで、なにがなんでも先輩と関わらないようにしなくちゃ。


 私は窓の外の景色を眺めながら、苦いため息を零した。 




 駅に着くと、私は急いで学校に向かった。

 走って、走って。昇降口に着いたら、靴を履き替えて、怒られない程度に廊下を急いで歩く。

 この学校の生徒の中にも、私と先輩が一緒に帰ったところを目撃した人がいるかもしれない。

 そう思うと、とたんに怖くなったのだ。

 教室に滑り込み、仲良しの茜ちゃんと琴乃ちゃんに抱き付いた。

「おはよう、真知子」

「真知子ちゃん、どうしたの?」

 二人に声をかけられるけれど、私は無言でギュウギュウと抱き付く。

 

――なんで、私がこんな思いをしないといけないんだろう。私から、先輩に近付いたわけじゃないのに。


 理不尽な視線を向けられたら、能天気な私でもさすがに落ち込むのだ。

 なおも無言の私に、二人が声をかけてくる。

「寝坊して、朝ご飯を食べ損ねたとか?」

「イチゴジャムが乗ったクッキーがあるけど、食べる?」

「うん、食べる!」

 私はパッと顔を上げ、琴乃ちゃんが差し出したクッキーを笑顔で受け取った。

「美味しいね、美味しいね」

 さっきまで落ち込んでいたことも忘れ、私は夢中でクッキーを食べる。

 そんな私を見て、二人が顔を見合わせた。

「真知子らしいというか、なんというか……」

「結局、お腹が空いていたってこと?」

 首を傾げる二人に見つめられ、私はしっかりクッキーを味わったのだった。


 クッキーを食べ終えた私に、茜ちゃんが話しかけてくる。

「ねぇ、真知子。なにかあったの?」

 問いかけられて、私は少し迷った後、彼女に問い返す。

「あの、さ……。私のことで、なにか、噂になってない?」

「真知子ちゃんの噂?」

 琴乃ちゃんは綺麗な黒髪を揺らし、ソッと首を傾げた。

「うん……。ほら、なんていうか……、ここ最近のことで……」

 二人はふたたびお互いに視線を合わせ、「あのこと?」、「たぶん、そうかも」と囁き合う。

 どうやら、茜ちゃんも琴乃ちゃんも心当たりがあるらしい。

「どんなことでもいいんだけど、私に関係があることなら教えてほしいんだ」

 私が頼むと、二人は微妙な顔で笑う。

「まぁ、噂になってはいるのかな」

「一部では、七不思議みたいな扱いを受けているよね」

 そこで担任が入ってきたため、二人の話はお昼休みに聞かせてもらうことになった。



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