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(21)先輩と私の距離:4

 コール二回目で、兄が通話に応じた。

『おお、マイラブリーシスター、真知子よ。すべての分野において才能溢れるお兄様の声が聞きたかったんだな。さぁ、我が美声を存分に聞くがいい!』

 ツー、ツー、ツー。

 私の手が、無意識に通話切断のアイコンをタップした。

「チコ?」

 先輩に名前を呼ばれ、ハッと我に返る。

「す、すみません。ちょっとした手違いがありまして……、はは、ははは……。もう一度、かけますね」

 引きつった笑みを浮かべつつ、私はふたたび兄に電話をかけた。

『おい、真知子。いきなり電話を切るなんて、ひどいじゃないか。そんなに、俺の美声に驚いたのか? まぁ、無理はない。誰もが聞き惚れる美声だからな。はっはっは』

 能天気野郎の馬鹿アニキの笑い声が、スマートフォンを通して響き渡る。

「お義兄さん、楽しそうな方だね」

 先輩の言葉に、私の顔がさらに引きつった。

 

――楽しいっていうか、ただの馬鹿ですって。それにしても、また『お義兄さん』っていったような……。


 そのことを気にしていても仕方がないので、とりあえず兄と話をすることに。

「もしもし、お兄ちゃん。今、どこにいるの?」

『ん? もう、家に帰ってるぞ』

 兄が通う高校は家から近く、寄り道をしなかったら、学校を出てニ十分以内には帰宅できる距離だ。

 無駄にアグレッシブな兄は、放課後になると友達を引き連れて遊び回るのだが、今日は運よく家にいてくれたらしい。

 ホッと短く息を吐いた私は、話を続ける。

「これから、出掛ける予定はあるの?」

『いや。真知子が帰ってきたらリサイタルショーを開くつもりだから、その準備に忙しくてな』


――お前は、ジャイ●ンか?


 私は心の中で突っ込む。

 兄は自分の歌唱力を信じて疑わないが、正直、音楽の神様に見放されている。

 調子っぱずれな歌を全力で歌うのだから、聞かされるほうはたまったものではない。

 リサイタルうんぬんは無視することにして、私は話を続けた。

「あのさ、お兄ちゃんにお願いがあるんだけど、いいかな?」

『おお、なんだ。言ってみろ。朝まで百曲メドレーか?』


――やめてくれ、それはただの拷問だよ!


 よりいっそう顔を引きつらせた私は、とにかく用件を伝える。

「じ、実は、知り合いをつれて行くから、会ってくれないかな?」

『……なに、真知子の知り合い?』

 これまで機嫌がよかった兄の声が、一段低くなる。

 もしかして、動物的な野生の勘でなにかを嗅ぎつけたのだろうか。

 四六時中馬鹿なことをする兄だが、私のことを兄なりに可愛がってくれている。

 そして、私に変な虫(昆虫の意味ではないからね!)が付かないよう、密かに目を光らせていたりするのだ。

 そんな兄に、先輩を紹介するのは、マズかっただろうか。

 とはいえ、私と先輩はただの顔見知りで、深い意味はない。

 また、先輩は恋愛的な意味で私に興味はないはず。

 なにかしらのゲームの対象か、顔面崩壊率が高いといった理由から、私のそばにいるだけである。

「う、うん。どうしても、お兄ちゃんに会わせたくて……」

 ビクビクしながら伝えると、ものすごい大きな声が響き渡る。

『よっしゃー! 真知子の友達を、このお兄様に紹介するってことだな? 魅力溢れるお兄様に、会いたいってことだな? お兄様の恋人になりたいと切望しているってことだな?』

 毎度のことながら、兄の超絶ポジティブシンキングには呆れ果てる。

 知り合いをつれて行くというだけで、なぜ、女子を紹介するという勘違いをするのだろうか。

 こんな兄に、大事な友達を紹介するはずもないのに。

 まともに取り合うと疲れるし、話も進まない。

 大はしゃぎしている兄を無視して、私は通話を終えた。

「お義兄さん、家にいる?」

 どこか不安そうに尋ねる先輩に、コクンと頷き返す。

「……はい」

 果たして、先輩は兄の顔面崩壊率を気に入ってくれるだろうか。

 うまく擦り込みが解けるだろうか。

 その前に、あの馬鹿アニキと血が繋がっていることで軽蔑されたりしないだろうか。

 色々なことが脳内を駆け巡るが、もう引き下がれない。

 仮に兄の顔面崩壊率を気に入ってもらえず、擦り込みが解けなくても、私のお小遣さえ死守できたらいいのだ。

 

――兄のことは、「人間はどこまで馬鹿になれるかというチャレンジの真っ最中らしくて」と言っておこう。


「い、行きましょうか?」

 私はスカートのポケットにスマートフォンを仕舞い、ぎこちなく先輩に声をかける。

「……まずは、最初の関門であるお義兄さんに気に入られないと」

 先輩は神妙な顔をしてブツブツとなにかを呟き、ふたたび私の手を繋いで歩き出した。

 下校時刻からだいぶ経っているのと、部活動が終わる時間には早いので、ウチの学校の生徒たちの姿はほとんどない。

 駅に行くと、他校の人たちに見られるだろうが、お小遣い減額を阻止するためには、恥かしさを気にしていられない。

 とはいえ、先輩を狙っている女子達は、ちょっと怖い。

 先輩は非常におモテになる人だが、自分から進んで女子と接することはない。

 また近付いてきた女子達を、素っ気なくあしらう。

 先輩のことに詳しいクラスメイトが、そんな風に話していた。

 なので、私のようなちんちくりんキノコが手を繋いで歩いていたら、先輩と仲良くなりたい人たちがやっかむかもしれない。

 どう見たって、私と先輩は釣り合わないから、恋人に見られないはずなのに。やっかむ必要なんてないのに。

 そう考えつつ、また別の考えが浮かぶ。

 釣り合わないからこそ、『なんで、珍獣ごときが鮫尾さんと手を繋いでいるのよ!?』と、さらに女子達がヒートアップする可能性を忘れてはいけない。


――もうすぐ駅だ。それまでに、手を放してもらったほうがいいよね。


 私は隣を歩く先輩を、チラリと見上げた。

「……先輩、手」

 すると、先輩が繋がれている手に視線を落とし、深く頷く。

 そして、これまで繋いでいた手を静かに放した。

 珍しく私の言いたいことが伝わったようで、ホッと息を吐く。


 しかし、先輩は、やはり先輩だった。


 いったん解いた手を、改めて繋いでくる。

 しかも、今度は指同士を絡める恋人繋ぎで。

「いやいやいや、先輩、なにしてんですか!?」

 慌てた私は、ブンブンと手を振って、繋がれている手を解こうとした。

 ところが、さらに先輩の指には力がこもり、どうあがいても外れそうにない。

「先輩ってば!」

 ブンブン、ブンブンと、肩の関節が外れる勢いで腕を振るものの、先輩は涼しい顔をしているばかり。

「どうしたの?」

「どうしたのじゃありませんよっ。なんで、こんなことをしてるんですか!?」

「なんでって、こうして欲しかったんじゃないの?」

 不思議そうに首を傾げている先輩の表情に、私をからかっている様子は一切ない。

 だからといって、「はい、そうですか」と受け入れるわけにはいかなかった。

 私が使う路線にはいくつも高校があるので、この時間帯は帰宅する高校生たちがたくさん電車を利用する。 

 友達の話では、先輩が沿線の高校すべてと言っていいほど顔と名前が知られているらしいので、そんな有名人の先輩とちんちくりんキノコの私が恋人繋ぎをしていたら、明日から、私は一人で登校できなくなる。

 先輩を狙っている女子達に、袋叩きにあう悲しい未来しか見えなかった。

「私は、こんな風に繋いでほしいなんて、これっぽっちも思っていません!」

 手を繋ぐだけでも本当はマズいのに、これはあまりにもマズすぎる。

 先輩は自分がどれほどモテるのか、もっと自覚すべきだ。

 必死になって振りほどこうとするほど、先輩の指が私の指の間に食い込む。

 そんなことをしているうちに、とうとう駅に着いてしまった。




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