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(13)ドキドキの種類:1

 その翌日から、放課後になった途端に私のスマートフォンが着信を告げるようになった。

 メールの送り主は馬鹿アニキの時もあるけれど、このタイミングで届くのは、私を悩ませている鮫尾先輩のものが多い。

 会話していても口数が少ないからか、送られてくるメールも実に簡素なものである。

 しかし、このメールが厄介なのだ。

 たとえば、『今から行ってもいい?』、『今日は時間がある?』みたいな感じのメールなら断りようがあるので、まだ救いがある。

 私からは、「担任に呼ばれているので」、「友達と買い物に行きます」と返しようがあるからだ。……もちろん、嘘だけど。

 ところが、先輩から届くメールは『もう着く』というものなので、どうやって断ろうかと考えているうちにタイムアップとなってしまう。

 はたして、先輩のメールは事前連絡に入るのだろうか。

 これなら馬鹿アニキから送られてくる馬鹿メールのほうが、よほど精神的な負担は少ないだろう。 

 ちなみに今日の昼休みに届いたのは、『口の中に何個のシュークリームが入るのか!?ワクワク実況・生配信★』という動画付きのメールだった。

 口にシュークリームを詰め込んだ状態では話せないため、あらかじめ録画した動画に馬鹿アニキが自ら実況を付けたようだ。

 録画した動画を送っている時点で生配信ではないのだが、なんとなく使ってみたかったワードなのだろう。本当に馬鹿である。

 この時、私は見るつもりがなかったものの、一緒にお弁当を食べていた茜ちゃんと琴乃ちゃんが、タイトルを見た途端に顔を顰めた私に気付き、ものすごく心配してきたのだ。

 顔を歪ませるほどのメールのことを、悪質な嫌がらせメールだと思ったらしい。

 すぐにでも先生に相談しようと言い出したので、私は泣く泣く身内の恥をさらす羽目になってしまった。

 案の定、動画を見終えた二人は、同情たっぷりの目で私を生温かく見つめていた。


 こんな風に、馬鹿アニキの馬鹿メールは友達からかわいそうな目で見られるという弊害があるとはいえ、まだなんとでもなる。

 本当に困るのは、鮫尾先輩のメールだ。

 先輩の連絡先をなんとしても手に入れようと必死になっている美人さん&可愛い子チャンたちに知られようものなら、まさに学校生活が危ぶまれるからだ。

 先輩の連絡先を知っていることも、先輩がなぜか私と関わろうとしていることも、隠し通したいと本気で願っている。

 それなのに、先輩は私の思惑などお構いなしにメールを送り、私が返信する前に教室まで迎えに来てしまうのだった。


 そして今日も、『もう着く』という簡潔過ぎるメールをスマートフォンが受信して一分後、長身美形様(無表情標準装備)の先輩が現れた。

 途端にざわつき始めるクラスメイトの様子を横目で窺いながら、私は猛然と帰り支度を始める。

 今までは先輩に拉致されて裏庭で過ごした後、教室に鞄を取りに戻っていた。

 それでは先輩が私についてきてしまうので、余計な騒ぎが巻き起こってしまうことに気が付いたのだ。

 なんとしても先輩を誘い出そうと、美人さん&可愛い子チャンたちが放課後の校内を遅くまでうろついているため、そんな彼女たちに二人でいるところを見られたら、翌日は血の雨必至だろう。 

 それもあって、裏庭から直接帰ることができるように、手荷物を持って移動することにしたのだ。

 まぁ、こうして先輩が一年生の教室に来るだけで、相当目立っているんだけど。しかも、ちんちくりんキノコの私を迎えに来ているし。

 それについては、『馬鹿アニキと鮫尾先輩が、偶然とある場所で顔を合わせて意気投合したことから、私も少しだけ二人の仲間に入れてもらっている』と、事あるごとに触れ回っている。

 あくまでも私ではなく、馬鹿アニキと仲がいいというにしておいた。我ながら、なかなかよくできた言い訳だ。

 とにもかくにも、騒ぎを最小限でとどめるために、マッハで帰り支度を進めなくては。

 教科書やノートをカバンにガンガン突っ込んでいる私に、茜ちゃんと琴乃ちゃんがコソッと話しかけてくる。

「ねぇ、真知子。鮫尾先輩がものすごい目で見ているんだけど」

「真知子ちゃん、先輩と知り合いなの?」

 先日、先輩が初めてこの教室に来た時も、それ以降も、二人はデートということで一足先に帰ってしまったため、私が先輩に拉致されていることを知らないのだ。

 自分に彼氏がいて、しかも恋バナ大好きなお年頃もあって、茜ちゃんと琴乃ちゃんの目がキラキラしている。

 しかし、私には二人の期待に応えるネタを持っていない。

 先輩のことは、かっこいいと思うよ。……怖いけど。

 学年一位の成績を叩きだす先輩のことを、尊敬もしているよ。……怖いけど。 

 でもね、でもね!

 私の胸がドキドキしているのは、絶対にときめきなんかじゃないからーーーーー!

 絶対、絶対、恐怖心が原因だからーーーーー!

 私は顔を引きつらせながら、用意してあった言い訳を口にする。

「あ、あの、えっとね。馬鹿アニキが、なんか先輩と仲良くて。それで、なんていうか、馬鹿アニキが先輩に迷惑かけてばっかりだから、その、お詫びとして、先輩の用事に付き合っているというか……。だ、断じて、私と先輩が仲良しってことじゃないからね! 仲がいいのは、馬鹿アニキだからね! そこんこと、よろしく!!」

 テンパった私は二人にサムズアップして、ウインクと共にやや時代遅れのセリフを勢いよく告げる。他のクラスメイトにも聞こえるように、はっきり大声で。

 すると二人は、色々な感情を織り交ぜた微妙な表情を浮かべた。

「あぁ、お兄さんの……」

「そこんとこって……」

 これ以上の言い訳は用意していなかったので、余計な突っ込みをされる前にそそくさとその場を立ち去ることにした。

 ここで先輩に気付かない振りをして反対の扉からでたとしても、無駄だということは実証済みである。 

 だから、先輩が佇んでいる扉にまっすぐ向かった。

「お待たせしました! 今日も馬鹿アニキに呼び出されているんですね、毎度毎度すみません! では、途中までご一緒しましょう!」

 実は、先輩と馬鹿アニキが仲良しという設定は、先輩に伝えていない。

 つまり、先輩の口から馬鹿アニキなんて知らないと言われたら一巻の終わりだ。

 平穏な学校生活を守るために有無を言わせない雰囲気を醸し出すと、先輩は一瞬呆気にとられたものの、なにも言い返してこなかった。

「ん」

 短く一言だけ告げて、小さく頷くだけに留めてくれた。

 これまでを振り返ると、先輩に対して言いたいことは富士山よりも高く積もり積もっているけれど、場の空気を呼んでくれるところはありがたい。

 いや、ちゃんと空気が読めるなら、変に私を拘束しないでもらいたいのだが。

 どうして、私に関しては察しが悪いのだろうか。本当に謎である。



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