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(11)先輩は暗殺者:6

 先輩と連絡先を交換するというまさかの事態に発展し、私としては精神的に疲れた。そろそろ解放してほしい。

 ところが、私の左手は相変わらず先輩と繋がったままである。

 平凡グループに属している自覚のある私と関わり合ったところで、先輩にメリットはないだろう。

 目立った特技はなく、相手を笑わせたり引き込むような話術も持ち合わせていない私にわざわざ話しかけるのはなぜだろうか。


――そんなにも、この平凡顔が珍しいとか?


 先輩は一見すると怖い顔立ちをしているけれど、こうして近くで見ても整った顔立ちだ。きっと、ご家族も美形揃いなのかもしれない。

 先輩の周りには美人さんや可愛い子チャンが常に押し寄せているため、私のような平凡顔が逆に興味深いのだろうか。


――でも、そういう感じはしないんだよなぁ。

 

 パッとしない顔立ちの私を見下す発言は、これまで一度も聞いたことがない。意味不明な言動は多々あったけれど、先輩の口調や視線は、こちらを馬鹿にしているようには思えなかった。

 それならば、いったいどういうことだろうか。


――学年で一番頭がいい人が考えることは、さっぱり分からないや。


 何度先輩と顔を合わせても、会いに来る意図が汲み取れず、モヤモヤしたものが胸の奥に燻っていた。

 そんなとりとめのないことをボンヤリ考えていたら、繋がれている手をキュッと握られる。

 その感覚に俯いていた顔を上げると、先輩が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

「気にしてる?」

 投げかけられた言葉の意味が分からず、私は首を傾げる。すると、先輩は繋いでいないほうの手を伸ばして、私の頭を優しく撫でてきた。

「背が低いの、気にしてる?」

 先輩は私が俯いている原因が身長のことだと考えたようだ。

 さっき、不躾にも先輩に向かって『チビな私の悩みなんて分からないでしょうね!』と怒鳴りつけたから、心配してくれているらしい。

 それが理由でボンヤリしていた訳ではないのだが、今の私の心情をうまく説明できそうにないので、そういうことにしておこう。

「友達に比べると背が低いので、気にはしていますよ。できれば、高校卒業までに十センチくらいは身長が伸びたらいいなって」

 そうすれば、誰も私を『ちんちくりんキノコ』と呼ばなくなるはず。

 名前のせいで背が高くなってもキノコとは呼ばれるだろうが、ちんちくりんと呼ばれるのと呼ばれないのでは、精神的ダメージが違うのだ。

 とはいえ、十センチも身長が伸びる保証はないため、あまり期待しないでおこうと思う。

 私の言葉を聞いて、先輩はまた私の頭を撫でてくる。

「でも、そのままが可愛い」

「……え?」

 そんなことを言われるとは考えてもいなかったので、私は目を見開いて驚いた。

「か、可愛い? 私が?」

 呆気にとられた顔で問い返すと、先輩は大きく頷いた。

「ちっちゃくて、可愛い」

 そう言って、先輩は少しだけ目を細める。

 それから、頭を撫でていた手でさりげなく私のつむじを指で押してきた。まるで、これ以上背が伸びることを阻止するかのように。

 都市伝説とはいえ、まったくの嘘だと言い切れないので、そんなことをされたら困る。十センチは無理でも、せめて五センチは伸びてほしいと切実に願っているのだ。

 そして、『ちっちゃくて、可愛い』というのは、チビであることを引け目に感じている私にとって、けして誉め言葉ではない。

 もしかしたら、先輩は私を励ましてくれたのかもしれないが、まったくもって逆効果である。

 私はブルンと頭を振って、つむじを押してくる先輩の指から逃れた。 

「やめてください! 本当に背が伸びなくなったら、どうしてくれるんですか!? 先輩が責任を取ってくれるんですか!?」

 実際に背が伸びなかった場合、どんな風に責任を取ってもらえば妥当なのか分からないものの、勢い余ってそんなことを叫んでしまった。 

 すると、先輩はパチリと一度だけ瞬きをした後、真剣な表情を浮かべた。

「うん、責任は取る。一生」

 あまりにまっすぐな視線を向けられ、思わず怒りが鎮火していく。

「は?」


――どうやって、責任を取るの? それに、一生って、どういうこと?


 私の頭の中で、クエスチョンマークが飛び交う。

 ポカンと口を半開きにしている私に向かって、先輩はさらに話を続けた。

「あと、『キノコ』と呼ばれない方法、知ってる」

「マジですか!?」

 それを聞いた瞬間、前のめりになってしまう。まさか、身長を伸ばす魔法のテクニックを先輩が知っていたとは。

 物心がついた時から、私は大抵においてチビの烙印を押されてきた。そして名前と相まって、気が付いた時には、私のあだ名は「キノコ」で定着していた。

 人によっては可愛いあだ名だと言ってくれるけれど、しいたけやシメジ、エリンギなどと同類にされ、女子としては嬉しさを感じたことはない。たとえ高級食材の松茸をイメージされても、これっぽっちもありがたくないのだ。

 そんな屈辱を味わい続けて、今日まで約十年。

 厳しいトレーニングが待っていようと、管理された食生活が待っていようと、その悔しさから解放される日が来るならば、耐えてみせよう。

 私は一転して、ペコペコ頭を下げて愛想笑いをふんだんに盛り込んだ。

「ぜひ、その方法を教えてくれませんか!」

 さらに身を乗り出し、初めて、自分から先輩との距離を縮める。

 そんな私に、先輩は静かな声で言った。 

「苗字が『木野』じゃなくなれば、キノコって呼ばれない」

「…………へ?」


――え、えっと……。それって、スラッとしたスタイルを手に入れることで、キノコイメージを払拭するってことじゃないんだよね? 


 先輩が言うとおり、私が『木野』から別の苗字になれば、キノコと呼ばれることもなくなるだろう。

 とはいえ、女性の苗字が変わるのは、一般的に結婚する時だ。先輩の提案は、現実的ではあっても、即効性はない。

 それというのも、私には将来を誓った婚約者どころか、彼氏すらいないのだ。キノコ脱却の日は、いったいいつになることやら。

 期待が外れ、私はがっくりと肩を落として力なく笑った。

「はは、ははは……。先輩、それは無理ですよ」

 すると、先輩は心底不思議そうな表情を浮かべてくる。

「どうして?」

「ど、どうしてって……、私はまだ高校生ですし。それに、結婚してくれるような相手は、今のところいませんから……」

 先輩のようにかっこいい人なら、『今すぐ私と結婚して!』という女性が山のように押し寄せるだろう。ちんちくりんキノコの私と違って。

「いや、あだ名のこととか身長のこととか、どうでもいいです。気にしても、仕方がないので……」

 ここで話を終わりにして立ち去ろうとしたのだが、先輩は妙に自信たっぷりに頷いてみせた。

「大丈夫」

「……な、なにが、大丈夫なんですか?」

「親の許可があれば、女性は十六歳から結婚できる」


――それは、相手がいる人の場合だっての!


 そんなツッコミをしようと口を開いた瞬間、「もう、十六歳でしょ?」と、先輩に言われた。

 私の誕生日は四月五日で、たしかに十六歳だ。

 だけど、誕生日を迎えたことは先輩に教えていない。それなのに、どうしてこの人は知っているのだろう。

 年齢を当てられたことに目を丸くしていると、先輩が静かに笑った。

「俺、十八になった」

「は、はぁ……」

 間抜けな相槌を打った私を責めないでほしい。話の流れが、いまいち掴めないのだ。

 なにも言い返せない私に向かって、先輩はまた大きく頷いた。 

「だから、大丈夫」

 

――だからって、どういうことだ?


 私はうまく回らない頭を、必死に動かし始めた。

 現代日本において、男性は十八歳で結婚できる。もちろん、親の許可は必要だが。

 これまでの話を纏めると、「苗字が変われば、キノコ脱却」、「私は十六歳」、「先輩は十八歳」、つまり、私と先輩が結婚して「鮫尾真知子」になれば、キノコじゃなくなると言いたいのだろう。

 いっさい間違ってはいないが、どう考えてもありえないことだ。

 強引な先輩の態度に困っているのは本当だけど、嫌いという訳ではない。ただ、嫌いと言えるほど、先輩のことを知らないのだ。きっと、先輩だって、私のことをなにも知らないはず。

 そんな私たちが結婚?

 ない、ない、ありえない。私の毎月のおこずかいが五倍になることのほうが、まだ可能性がある。

「ぷっ、くふふ……。や、やだ、先輩、おっかしい……」

 あまりにとんでもない発想なので、つい噴き出してしまう。

 先輩なりに、冗談を言っているのだ。しょぼくれている私を励まそうとして。そうとしか考えられない。


――そっか。先輩でも、冗談は言うんだ。


 硬質なイメージから、冗談などまったく口にしない人に見えるけれど、先輩は意外とお茶目さんのようだ。

 人は見かけによらないものだと、つくづく感じた瞬間だった。


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