参戦
3月27日 0643時 アルバニア ティラナ・リナ空港
「諸君、それでは、状況を説明する。正直、情報が錯綜し、向こうもかなり混乱している様子で、断片的にしかわかっていないことも多い。だが、我々はこれをチャンスだと捉えている」
コソボ治安軍司令官イグリ・サビクが、ブリーフィング・ルームとなった空港の会議室に集まった傭兵たちの顔を見回して言った。
「わかっていることはすべてここで説明する。さて、大尉、初めてくれ」
情報将校の大尉が、パソコンを操作し、スクリーンにアルバニア、コソボ、セルビアの地図を映し出した。
「セルビアに雇われていたいくつかの傭兵グループが叛乱を起こしました。プリシュティナ、スケンデライ、コソフスカミトロビツァでは、既に傭兵グループとセルビア軍との間で戦闘が始まっています。戦車、歩兵部隊による戦闘や、更には砲撃やミサイル攻撃まで行われ、空爆すら始まっているとの情報もあります」
大尉が一呼吸置き、説明を続けた。
「我々は、これに乗じて、コソボの未解放地域を一気に奪還します。再び化学兵器などを使用される恐れはありますが、その場合は、無条件でドイツ軍とイタリア軍、ノルウェー軍、イギリス軍、ポーランド軍が我々の側に立って参戦します」
この言葉に、傭兵たちとコソボ治安軍兵士、アルバニア軍兵士の間にざわめきが広がった。
「おい、それは本当なのか?」
「確約はあるのか?」
「なぜ味方してくれると確証できる?」
「諸君、静粛に。大尉、それについても説明してくれ」
サビクがその場を静める。
「わかりました。では、どうぞ」
その言葉と同時に、一人の男が入室してきた。イギリス海軍の制服を着た、海軍中将だ。
「諸君、私はイギリス海軍所属、トーマス・フランクリン・オライリー中将だ。今は、在アルバニア英国大使館において武官として駐在している。私は、イギリス本国からコソボ政府とアルバニア政府にメッセージを持ってきた。今から、我々がどうするのかを、諸君に説明したい」
オライリーは手に持った大きめの便箋から、いくつか紙を取り出した。
「ええと、親愛なるアルバニア国民及びコソボ国民へ。我々は、これ以上セルビアの暴虐を黙って見ているつもりは無い。今後、アルバニア及びコソボに対し、セルビアが武力行使を行った場合、ヨーロッパ全体の平和に対する脅威とみなし、イギリス政府は即座に行動に移ることを決定した。また、ドイツ、イタリア、ポーランド、ノルウェーといった国々も、我々の考えに賛同してくれた」
オライリーは、一旦言葉を切った。
「フランス、スペイン、アメリカなど、賛同しなかった国も多い中、我々は行動することを選んだ。なぜならば、そうしなければ、NATOの存在意義にも関わることになる」
オライリーは、集まった傭兵たちやコソボ兵、アルバニア兵たちの顔を見回した。
「既にドイツ空軍機、ポーランド空軍機、ノルウェー空軍機は、イタリアのシゴネラ空軍基地に展開済みだ。また、アドリア海には空母カブールの艦隊と空母クイーン・エリザベスの艦隊が展開し、出撃命令を待つのみとなっている。我々は、諸君の味方だ。コソボ全土解放まで、徹底的に戦うと約束しよう」
3月27日 0653時 アドリア海
空母クイーン・エリザベスが、穏やかな海に浮かんでいた。周囲を3隻の45型駆逐艦が囲み、護衛している。甲板では、F-35B戦闘機に兵装の搭載作業が行われている。この航空部隊は、この作戦の第2撃を担うことになっていた。高いステルス性を活かし、セルビアの防空網を突破する。
第1撃を担うのは、イギリス海軍アスチュート級潜水艦"アートフル"だ。この潜水艦は、1基の原子炉で2基の蒸気タービンを作動させることによって航行している。VLSにはUGM-109Cトマホーク巡航ミサイルを満載させ、攻撃に備えていた。
「艦長、本国より司令が入りました。攻撃目標のデータです」
砲雷長が、プリントアウトを差し出した。
「ふむ。予定時間と目標に変更は無いか」
「ありません。それにしても、NATOの指針無しによく攻撃に踏み切りましたね」
「今や、NATOは加盟国以外への影響力は無いに等しい。しかし、俺はそれがあるべき姿だとは全く思わない。ヨーロッパで平和を乱す奴らがいたら、加盟国・非加盟国に関わらず、灸を据えてやるのが正しい姿だと思っている」
「全くです。それで、停戦条件は決まっているのですか?」
「ああ。まずは、セルビア、コソボ、アルバニア、そして傭兵連中の即時武力行使の停止と、コソボ国境付近でのセルビア、コソボ両軍の配備の停止。それと、NATO主導の平和維持・停戦監視部隊の派遣受け入れが条件らしい。ほら、見てくれ」
艦長がPCの画面を見せた。そこには、イギリス海軍司令部からの命令が表示されている。
「それで、傭兵を使うのですか?」
「それはNATOの指針次第だろう。まあ、傭兵を使うにしても、金がかかるからな」
「我々が自前で派遣したほうが安上がりになるのは明白ですね。で、まずは政治交渉ですか」
「そうだ。そろそろ、我々の特使が、セルビア大統領に最後通牒を持っていっている頃だろう」




