大規模攻勢-5
3月18日 0856時 アルバニア上空
"ウォーバーズ"とケレンコフの編隊が、アルバニアとコソボとの国境地帯上空を目指して飛行していた。情報によれば、既に先遣部隊が防空陣地を潰してくれているとのことだったが、彼らは決してそれを鵜呑みにはしていなかった。事実、ジェイソン・ヒラタのF-16Vとニコライ・コルチャックのSu-35S、ミハイル・ケレンコフのSu-30SMなどには対レーダーミサイルが搭載されている。
「こちら"ウォーバード1"、迎撃機と地対空ミサイルに警戒しろ」
佐藤勇はレーダー警戒画面とミサイル警報画面を見た。今の所、敵の防空システムに捕まった様子は無いが、地上は見渡す限りの山と森林だ。今の所のコソボ政府の目標は、プリシュティナ国際空港の奪還だ。そこには現在、セルビア空軍と傭兵部隊の戦闘機などが配備されているが、奪い返すとこができれば、こちら側の航空拠点を確保できる上に、同時に敵の航空基地を一つ潰すことになる。
『2了解。上空にも気を配る』
彼らの任務は、奪還した地域の制空権確保だ。よって、攻撃目標は敵戦闘機と防空レーダーのみであり、戦闘機から吊り下げているのは対レーダーミサイルと空対空ミサイル、増槽だった。
パトリック・コガワは2番機を援護する態勢に入りつつ、AGM-88Eの状態を確かめた。このミサイルはパッシブ・ホーミングのため、レーダーの電波を拾った時にコックピットの多機能ディスプレイに発射態勢に入ったことを表示するよう設定されている。
「こちら"ウォーバード2"、敵レーダーに捉えられた気配はあるか?」
『こちら"ウォーバード6"、今のところは電波は飛んできていない』
「了解だ。十二分に注意しろ」
3月18日 同時刻 コソボ スケンデライ
最前線から、やや後方にあたる地域に展開していたセルビア陸軍部隊が撤退を開始した。戦車、装甲車、自走砲などが北東の方へ向かっていく。更に後方にある補給部隊のトラックやタンクローリーなどは、更に後方へ向かっており、一部はセルビア国内まで後退していた。
一方、そんなことが起きているとはつゆ知らず―――セルビアから、ここを死守するよう命令されていた―――傭兵部隊は防御陣地を築き、敵の侵入に備えていた。T-72MやT-84が一定間隔で並び、更に、歩兵小隊が幾つか対戦車ミサイルを用意し、敵の地上部隊の侵入に備えていた。
3月18日 0903時 コソボ スケンデライ郊外
周辺に陣取っていた砲兵部隊の動きがにわかに慌ただしくなってきた。通信兵が無線機に向かって、何度も声を上げている。砲兵たちは、2S19や2S35といった自走榴弾砲に砲弾と装薬を運び込み始めた。その砲弾には、他の榴弾やフレシェット弾、クラスター弾と違い、オリーブドラブの外装に白いステンシルでドクロマークが描かれていた。
3月18日 0911時 コソボ 上空
何かがおかしい、と、空爆に向かっていた傭兵部隊のパイロットは思った。今までのパターンならば、セルビア空軍と配下の傭兵部隊が即座に迎撃に向かって来るのだが、ちっとも近づいている気配は無い。だが、AEWやAWACS、または地上のレーダーサイトからのデータリンクだけを利用して接近している可能性もある。A-50"メインステイ"を失ったセルビアであるが、また違うAWACSを手に入れていないとも限らない。
「こちら"スタッグ1"、敵戦闘機とSAMに注意しろ。奴らはまだ、十分な戦力を蓄えているはずだ」
『"スタッグ2"了解。全方位に注意する』
「"スタッグ1"から"ゴッドアイ"へ。敵機が接近している様子はあるか?」
『"ゴッドアイ"から"スタッグ1"へ。そっちの空域には、敵機はいないようだ。だが、十分注意せよ』
「"スタッグ1"了解」
3月18日 0915時 アルバニア上空
妙だな、と、ゴードン・スタンリーは思った。地上部隊は交戦中にも関わらず、航空部隊から敵機との交戦の報告が全く入ってこない。しかも、こちらから確認できる敵機は、ほとんどがセルビア国内へ向かって撤退している。何故だ。単純に、この戦局での敗北を悟り、トゥティンを放棄することにしたのだろうか。それとも、他に何か裏があるのか、スタンリーには判断がつかなかった。
「一体、何を考えてやがる」
スタンリーは呟いた。
「どうしました?司令官?」
リー・ミンが怪訝そうな顔つきでこちらを見ていた。どうやら、長く考え事をし過ぎてしまったようだ。
「敵機との交戦報告が上がってこない。いつもなら、そんな事は無かったはずだ」
スタンリーは、AEWのコンソールを操作し、レーダーのレンジを何度か変えた。レーダーの覆域内の味方機は持ち場に留まっているが、敵機の数が減ってきている。今までならば、敵機は全力でこちらを排除しに来るはずなのだが、今はそんな様子が全く見られない。
「温存するために、後方に下がらせた、とかですかね。トゥティンは放棄すると決めて」
「だが、地上部隊はまだ交戦中だ。説明がつかない」
更に前方上空を飛び、地上の様子を監視しているMQ-1CやMQ-9まといった無人機のオペレーターからの情報では、セルビア陸軍部隊と傭兵部隊が交戦中と報告されていた。
「だとしたら、どうして・・・・・・」
二人の会話を無線から流れる声が遮った。
『こちら・・・・・ゲホッ、う・・・・ゲホッ、ゲホッ、ブルド・・・・・ゲホッ、ブルドッグ。誰か聞こ・・・・ゲホッ』
"ブルドッグ"は、アルバニア陸軍の歩兵部隊のコールサインの一つだ。
「こちら空中管制機"ゴッドアイ"。"ブルドッグ"何があった?」
スタンリーが言った。
『部下が次々・・・・ゲホッ、倒れ・・・・ゲホッ、ぜ・・・・つだ。ゲホッ。や・・・・・がくへ・・・・・・ゲホッ!』
「"ブルドッグ"どうした!?何があった!?」
そこで無線連絡は途絶えた。だが、スタンリーは、ただならぬ事態が"ブルドッグ"に襲いかかったのだと、即座に悟った。




