ベオグラード
3月8日 0714時 セルビア ベオグラード
ベオグラードは今の所、戦争による影響を受けておらず、一般市民は普通の生活を送っていた。しかし、最近は、臨時徴兵が行われ、過激化した市民は、連日"アルバニアに死を。コソボを取り戻せ"をスローガンに、デモを行っていた。ここ数日、数十ヶ国から経済制裁を受け、輸出入は一部を除いて滞り、国民生活を圧迫し始めていた。今まで定期整備にウクライナに出していた一部の戦車、自走砲などは、経済制裁のため、セルビアへの移送は中止させられていた。
セルビアでは、現在、戦時体制が敷かれていた。市民の生活必需品の一部は、政府による配給制となり、市民生活に大きな影響が出始めていた。だが、セルビア国民の多くは、これは、正当なセルビア領を不法に占拠し続け、違法な独立を強行したコソボが原因だと考えていた。
ヴラディッツァ・プレルヴォヴィッチ大統領は、この早い時間にも関わらず、スーツを着て、執務室の机に向かっていた。今朝は、客人が朝早く来る予定であった。しかし、この客人が他人のに見られるリスクは、最小限にしなければならない。なぜなら、この『客人』が来ていたことをセルビア国内、いや、他国に知られたとなると、強烈な非難に晒されることになるのは必至だからだ。
3月8日 0716時 セルビア ベオグラード
ドラガン・ジェヴィッチは、身奇麗なスーツを着て、セルビア大統領府の前に歩み寄った。今まで蓄えていた口髭を剃り落とし、伊達眼鏡をかけ、髪を染め、更には、度の入っていない青いカラーコンタクトレンズを身に着けていた。
ジェヴィッチは、手に持った書類とIDカードを門の前の衛兵に見せた―――IDカードは偽造だが、書類はセルビア政府が発行した本物だった。
ジェヴィッチは大統領府の応接間に通された―――誰にも姿を見られないよう、案内役の職員は予め、決められたルートを客人が通るように歩いた。ジェヴィッチがこの建物の中で行って良い区画、歩いて良い区画は事前に決められており、それ以外の区画には一歩たりとも立ち入らないようにと警告されていた。職員は一旦、応接間から出ると、扉に鍵をかけた―――これも、他の人間にジェヴィッチを見られないようにするための措置だ。
プレルヴォヴィッチは応接間の扉を開け、中に入った。ボディガードは扉の外に立ち、他の人間が入ってこないよう、見張りに立っている。今の所、無関係の人間に見られた兆候は無かった。
「さて、ドラガン。ここのところ、負けが込んでいるがどういうことだ?おまけに、ロシアからの秘密のプレゼントまで奴らに奪われた」
プレルヴォヴィッチはジェヴィッチの方を見て言った。その口調には、不快感がにじみ出ている。
「大統領閣下。あなたもおわかりでしょう。我々は、あらゆるところからNATOの連中に見張られている。これをご覧ください」
ジェヴィッチはブリーフケースを開き、書類を見せた。その中の一枚には地図があり、そこには、あらゆる部隊、艦船などの位置情報が書き込まれていた。
「アドリア海には、フランス海軍の情報収集艦デュピュイ・ド・ロームが展開しています。更に、アビアノの基地にはRC-135Vが2機、配備されている。グローバルホーク4機のおまけ付きです。地中海には、アメリカ海軍の空母CVN-79"ジョン・F・ケネディ"を中心とした艦隊が張り付いていて、イタリア海軍空母"カブール"艦隊とイギリス海軍"プリンス・オブ・ウェールズ"艦隊もいます。おまけにアメリカ空軍の戦闘飛行隊がシュパンダーレム基地とアビアノ基地に展開しています」
「確かにな。だが、どうせ、我々がスロヴェニアやブルガリア、ルーマニアに手を出さない限り、何もできんのだろう?」
「もしくは、連中を直接攻撃するかです。アドリア海公空にはNATOのAWACSが張り付き、我々を見張っていることをお忘れなく。下手な動きをしようものならば、即座に空爆を喰らいますよ。おまけに、これはあくまでも可能性の話ですが、アメリカは爆撃機を派遣する可能性もありますし、傭兵部隊の中にも、爆撃機を持っている奴らがいるでしょう。そうそう、ロシアはここで秘密の支援がバレたことで、我々に物資の提供は、これ以上やってくれるとは思えません。なので、ここからは、他のルートを頼りに兵器や人員を補充するしかありません。幸い、私は、そのルートを幾つか知っています。ご命令とあらば、そういったところからあらゆる物を手に入れてみせます。戦車も、兵士も、戦闘機も」
「ならばそうしろ」
「仰せのとおりに。あと、もう一つ」
「何だ」
「傭兵連中とコソボ、アルバニアの目的。それは、あくまでも、我々はコソボから追い出すことです。奴らの目的は、ただそれだけですからね。つまり、セルビア領内を攻撃する意図は無い。それを利用することができます」
「ほう」
「私に考えがあります。少し時間を頂ければ、実行可能な作戦です・・・・・・・」




