下準備
3月5日 1016時 セルビア ベオグラード
ヴラディッツァ・プレルヴォヴィッチは執務室の窓の外を眺めていた。ここのところ、セルビア軍部隊は後退を余儀なくされ、コソボ・アルバニア・傭兵部隊連合軍はいよいよコソボの首都、プリシュティナへと迫りつつあった。世界経済危機の中、かつてのユーゴ連邦を取り戻すをスローガンに大統領の座に座ったプレルヴォヴィッチは、最初に行ったのは軍事力の強化だった。ロシアや中国からライセンス契約を得て、戦車、輸送機、ミサイルシステムを導入し、それを製造する兵器廠の建設が急速に進み、それに伴い、国内の雇用は増え、多少、経済状況は回復した。やがて、ロシアと中国からも兵器を導入し、軍も強化されていった。
そんな中、国民の中で1990年台半ばまでに分離・独立していったボスニア・ヘルツェゴヴィナやコソボ―――そもそも、セルビアはコソボを国家として承認していない―――を武力でもって回収するという機運が強まっていった。しかし、それにはあまりにも軍の力が弱かったため、セルビアは軍の強化を図った。まずは軍人の訓練のために傭兵を雇った。兵器も軍の充実した頃、遂にプレルヴォヴィッチは、国民投票を行った。コソボの独立を無効とし、今年1月末までにコソボが再度セルビアに編入することを表明しない場合、武力をもって併合する、というものだ。投票は98.7%の賛成で可決され、プレルヴォヴィッチはコソボ政府へ特使を送り、セルビアへの編入を迫った。しかし、ズロボダン・ストイコヴィッチはこの話を一蹴し、侵攻する場合は最後の一兵になっても抵抗すると噛み付いた。
ストイコヴィッチは、まずは同盟国であるアルバニアへ救援を求めた。そこで、プレルヴォヴィッチはアルバニアに対し、コソボを支援するのならば、武力行使を行うと脅迫した。だが、アルバニアは、これに対して、怒りを表明し、セルビアの脅しには屈しないと言い返し、軍備の強化を行った。アルバニアとコソボには、近年、豊富な天然資源が確認された。この2カ国は、天然資源を餌に、傭兵部隊を呼び寄せ始めた。セルビアはこの動きを、侵略戦争の準備だと批判。やがて、軍の訓練を行う名目で傭兵部隊を集め始めた。しかし、実際には、コソボへの侵攻準備に他ならなかった。
そして、今年に入って早々、セルビアはコソボに侵攻した。瞬く間にコソボの領土は蹂躙され、中央政府はアルバニアへ亡命した。アルバニアはコソボ亡命政府を受け入れ、セルビアに宣戦布告した。
3月5日 1102時 アルバニア ティラーナ
ズロボダン・プレルヴォヴィッチはアルバニア大統領イスマイル・ハシの応接室のソファに座っていた。急な呼び出しになってしまい、プエルヴォヴィッチはかなり戸惑っていたものの、アルバニアの高級役人の話しぶりには、かなり緊迫感があったため、よほど大事な用事であると、プレルヴォヴィッチは判断した。ハシ大統領は、地図を眺め、やがて、口を開いた。
「プレルヴォヴィッチ大統領。我々は、遂に貴国の首都、プリシュティナを奪還できると考えています。先日の作戦により、セルビア側がプリシュティナ周辺に配備していた短距離、中距離弾道ミサイル、巡航ミサイル部隊の排除に成功しました。これにより、コソボ、アルバニア両国に対する長距離攻撃の脅威が殆ど無くなったものと考えています」
「なるほど。まずは、どうする?」
「まずは、傭兵の戦術ロケット部隊を使い、周辺のセルビア軍部隊を排除します。傭兵部隊の中に、スカッド、9K714、玄武2-Bを持った部隊がいます。但し、通常弾頭です。BC兵器を使った場合、国際世論を味方に付けることはできません。更に、巡航ミサイルを使い、ピンポイントで敵の施設を排除します。そして、航空部隊の援護の下、地上部隊を一気に首都になだれ込ませます」
「わかった。計画が固まったら、知らせてくれ」
3月5日 1134時 ティラナ・リナ空港
C-5MとIl-76MDが次々と着陸した。機体には『Arcenal Logistics』と描かれている。中からは、AMRAAM、サイドワインダー、R-77といった空対空ミサイルからAGM-65、Kh-29といった短射程の空対地ミサイル、タウルスKEPD、AGM-158といったスタンドオフ・ミサイル。更には、各種誘導爆弾、クラスター爆弾、通常爆弾なども含まれていた。
「バルカン半島なんて、滅多に来れる所じゃないからな。まあ、お前さんと付き合っていれば、世界中、いろんな所へ行けるから、文句は無いけどな」
ハーバート・ボイドがスタンリーに話しかけた。
「とは言え、戦場ばかりじゃないか。これのどこが楽しいやら」
「おいおい。仕事も兼ねた、観光旅行だぜ。マイレージが貯まって、それを使って飛行機に乗って、それでまたマイレージが貯まる。これの繰り返しだ」
「なるほど。そいつはいいな。次はどこへ行くんだ?」
「もう帰るだけだ。ここの制空権はどうなっている?」
「ああ。これを参考にしてくれ」
スタンリーはタブレットをボイドに見せた。青く塗られている空域が、コソボ・アルバニア連合部隊によって制空権が掌握されているエリアだ。
「ありがたい。ちょっと貸してくれ。プリントアウトしたいんだ」
「いや、その必要は無い。ちょっと待ってろ」
スタンリーは、タブレットに新たなマイクロSDカードを入れた。そして、タブレットを操作してから、そのSDカードを取り出し、ボイドに差し出した。
「ほら、これでいいだろ」
「ありがたい。一応、警戒はしておくよ」




