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足止め

 1月13日 アルメニア シラク国際空港 1402時


 外では非常に強い雪と風が吹き荒れ、航空機の離着陸は停止させられた。視界はほぼ奪われたホワイトアウトとなり、外を出歩くのも危険なくらいである。天気図を見る限り、明日の夕方まではこの状態が続くようだ。ボンダレンコは護身用のグロック19の分解点検をして、ケレンコフは目的地までのルートを入念に点検している。彼らが座っている椅子の前のテーブルには中身が半分ほど減ったウォッカのボトルとグラスが置かれ、ピロシキが幾つか乗った皿が置かれている。周りを見てみると、既に今日の出発を諦めた傭兵たちが飲み食いを始めている。

「なあ、これは最低でも一晩はここで過ごすことになりそうだぞ。とんでもない低気圧が暫くこの辺で止まってしまうから、飛ぶのは無理だな」

 ケレンコフは窓の外を見て言った。これから雇い主の依頼で、アルバニアに向かう予定だった。最近、セルビアがコソボを武力で併合しようとする動きがあるらしい。しかし、コソボ軍にセルビア軍が侵攻してきた時に防ぐ能力は無く、NATOも軍を派遣する余裕が無くなっている。そこで、コソボは傭兵を集め始めた。 

 一方、セルビアでは強硬的な旧ユーゴ領回収派の政権が樹立された上に、正規軍に加えて傭兵部隊も編成されていると聞く。しかも、数日前にはセルビアの正規軍の一部がモンテネグロに侵入し、国境警備隊と銃撃戦になったという事件も起きていた。おまけに、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ内のスルプスカ共和国でも分離・独立どころか、ムスリム・クロアチア人国家をセルビアとともに再併合しようとする動きもある。ところが、NATOは何の動きも見せず、戦闘機による空中哨戒(CAP)すらやめてしまっている。そこで、アルバニアが同胞を救うべく、傭兵の募集を始めたのだ。勿論、コソボも同様だ。アルバニアは全ての空港を航空戦力主体の傭兵に、港を海上戦力主体の傭兵に開放し、彼らに報酬と物資の支援を行っている。欧州の最貧国にそんなに金があるのかというと、実はあるのだ。近年、アルバニアでは、レアメタルやウランを大量に含んだ鉱脈が発見され、そこの採掘権や、資源そのものを安く買える権利を担保に、傭兵を雇い始めた。

「それにしても、NATOは何をしているんだ?こんな時に軍を派遣せずに、何のためのNATOなんだ?」

 ボンダレンコはかなり苛立っている様子だった。彼らは元ロシア空軍だが、近年、ソ連への回帰を始めた祖国を捨て、傭兵となって各地を転々としていた。

「連中は、ロシアが西に侵攻してきた時の備えだけで手一杯なんだ。他のことにかまけている余裕は無い」

 祖国の名前を言う時の嫌悪感を、ケレンコフは隠そうともしなかった。彼は、祖国を嫌い、憎悪していた。


 滑走路では、ブルドーザーとトラックが雪の排除を続けていた。これだけの吹雪では意味が無いのではと思われるが、吹雪が収まった頃には人間の背丈よりも高く積もってしまうこともあるため、そうなると、除雪にかなりの時間がかかってしまうのだ。


 1月13日 2023時 ディエゴガルシア島


 厳冬のアルメニアとは違って、年中常夏の赤道直下のこの島では、夕方でのアラート待機をしていたフランカーとタイフーンからミサイルが下ろされ、代わりにイーグルとグリペンに実弾が搭載され始めた。ハンガーから走って20秒でたどり着ける待機所に佐藤とクロンへイムが入ってくると、コルチャックとシュナイダーは彼らと拳を軽く突き合わせてから、休憩に入った。


 佐藤は入ってすぐ、椅子に腰掛けた。待機所には暇潰しのために、様々な言語で書かれた本、インターネットに繋がったパソコン、テレビとゲーム機、軽食などが置かれている。だが、スクランブル発進が行われたのは、ここに拠点を構えた一週間後に、アゼルバイジャンの密使が来た時だけで、後は、不審なものといえば、密漁船か密輸船、密輸機らしきものをたまに見かけるくらいである。

「まあ、こんなところまで喧嘩をふっかけに来るような輩は殆どいないから、リラックスするといいさ。ここでは、アラート待機は自由時間とそれ程変わらない」

 佐藤はそう言うと、椅子に腰掛けて、日本から取り寄せた軍事雑誌を読み始めた。クロンへイムは少しだけ眉を釣り上げたが、確かに佐藤の言うとおりだ。ここに来て、一度もアラート発進をするのを見たことがない。やがて、ジェットエンジンが動き出す音が聞こえてきた。何事かと思ったが、すぐにヒラタとワン、コガワ、そしてラッセルとロックウェルのコンビが、今日は夜間飛行訓練をする予定であったのを思い出した。

「うーん、考えてみればそうね。でも、油断したらだめよ」

 夜間飛行訓練機には、安全のため実弾ではなくキャプティブ弾を搭載するため、パイロットの負担軽減の事もあって飛行訓練のついでにCAPをすることは無い。戦闘機が離陸すると、今度はKC-135Rが続いて空へ向かう。

「今日は空中給油もするのね」

「空戦と空中給油とは、フルコースじゃないか。こいつは大変だ」

 更に、ヘリパッドからもヘリの羽音が聞こえてきた。オスプレイ、スーパースタリオン、アパッチがタキシングを開始するのが見えた。

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