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2月22日 ボスニア・ヘルツェゴヴィナ スプルスカ共和国 1723時
真っ暗な道をトラックの車列が東へと向かって走っていた。これらのトラックは、セルビア政府が闇市で手に入れたものをセルビア領内へ運び込んでいるものであった。現在、セルビアはほぼ完全に陸路・空路を封鎖された状態であった。北のハンガリー、西のルーマニア、ブルガリアはNATO加盟国であり、セルビアに対する制裁措置として、セルビアへ向かうあらゆる航空機の領空通過を禁止する措置を取っていた。マケドニアとボスニア・ヘルツェゴヴィナ、クロアチアは早々にコソボとアルバニアの立場を支持することを表明し、内陸国であるセルビアは空路と陸路のほとんどを塞がれ、物資の入手に苦労していた。が、1つだけ、セルビアに協力することを密かに決定した国があった。ボスニア・ヘルツェゴヴィナを構成するセルビア人国家、スプルスカ共和国である。
スプルスカ共和国は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナを構成する国の一つであるが、セルビア人による国家であり、イスラム教徒・クロアチア人からなるボスニア・ヘルツェゴヴィナ連邦とは一国二制度によって、独自の政策・国家主権が認められている。そのため、スプルスカ共和国は、セルビアがコソボの独立の無効を主張したとき、表向きは明確な態度を表さなかったが、裏ではセルビアと密約を行い、セルビアが必要とする物資の集積・補給拠点になることを約束した。スプルスカ共和国は、金を使ってセルビアに協力する密輸組織や傭兵部隊を密かに集め、セルビアの補給廠のような役目を果たしていた。
2月22日 ボスニア・ヘルツェゴヴィナ スプルスカ共和国 ビシェグラード近郊 1736時
6機のY-20がビシェグラード近くの草原上空に突如として飛来した。これらの機体には、ナンバーも、所属を表すマークも何も描かれていない。輸送機は暫く上空を旋回した後、カーゴランプを開き、中からパラシュートの付いたコンテナを投下し始めた。予定の数のコンテナが全て地面に着陸すると、どこからもなくトラックが現れ、中からセルビア軍兵士と傭兵が現れた。彼らはコンテナを開け、物資をトラックに積み替え、素早くその場から立ち去った。
2月22日 アルバニア ティラナ・リナ空港 1809時
ミハイル・ケレンコフはSu-30SMの状態を点検した。兵装は、先程、"ウォーバーズ"の輸送機が闇市から仕入れてきたものを分けて貰った。エプロンに駐機したC-17Aからは、コンテナが降ろされ、"ウォーバーズ"が使っている格納庫や倉庫へとトラックで運ばれていく。
ケレンコフとボンダレンコは、"ウォーバーズ"の指揮下に入って以降、兵站の全てを彼らに頼り切っていた。ゴードン・スタンリーは、物資の発注をするたびに、ケレンコフらに何か必要なものはないか訊ねてきた。2人とも、兵站には苦労し続けていたため、有り難く利用させてもらうことにした。
今日は大規模な作戦に参加したため、"ウォーバーズ"とケレンコフは夜間のアラート待機やCAP任務からは外れ、休息を取ることになった。パイロットたちはリラックスした様子で各々過ごしていたが、整備班はそうもいかなかった。
空港の巨大な格納庫では、戦闘機と早期警戒機の整備が"ウォーバーズ"の技術スタッフたちによって行われていた。スペンサー・マグワイヤは飛行機に繋がれたパソコンの画面を確認して見回り、中のコンピューター・システムに異常が無いかどうか確認していた。
「悪いな、こっちの分までやってもらって」
ゲンナジー・ボンダレンコがスペンサーに話しかけた。普段はケレンコフと2人だけでやる航空機の整備までも、"ウォーバーズ"の整備スタッフに半分肩代わりしてもらっていた。
「なあに、ここにある戦闘機は俺たちとあんたらのやつで全部なんだ。整備ラインにフランカーが1機増えるくらい、どうってこと無いさ」
「いや、こっちだって、2人だけで整備から何までやっているもんだから、大助かりさ」
「ところで、ボンダレンコ。俺らのボスが君らのことを探していたのは知っていたか?」
「いや?どういうことだ?」
「実は、レベッカとシュウランの2人が俺らのメンバーに加わった前後辺りかな?あの2人をこっちに呼び寄せたときに、ボスが君らの噂を知ってね。君らを俺らの仲間に加えるために連絡を取ろうとしていたんだけど、なかなか捕まらなくてね」
「ほう」
「そこで、なんだが、この仕事が終わったら、俺たちと一緒にディエゴ・ガルシア島に来ないか?施設は快適とは言えないが、飛行場、居住区、格納庫と一通り揃っているし、パーツや武器、燃料の調達だって楽になるだろ?」
「俺一人では決められんな。少なくとも、ミハイルと話し合ってみなければ」
「そうか。まあ、無理にとは言わないがな」
ゴードン・スタンリーは自分たちにあてがわれた部屋で、最新の状況を確認していた。NATOはAWACSをアドリア海に飛ばして警戒にあたり、イタリア海軍とイギリス海軍、アメリカ海軍は、ついに空母戦闘団を1個ずつ、イオニア海とアドリア海に展開させ始めた。他の傭兵部隊から得た情報によると、アメリカ空軍とイギリス空軍のRC-135Vらしき航空機も確認されたという。未だにNATOは遠巻きに見ているだけにとどまっているようだ。
2月22日 モンテネグロ南東部 1824時
コソボに雇われた傭兵部隊の偵察機が国境を超え、偵察活動を始めた。この部隊はトーネードECRとSu-24MRからなっており、それぞれ2機ずつの編隊で活動しており、国境を超える寸前に2個編隊に別れた。
現在、モンテネグロは立場上は中立を保ってはいるが、軍が脆弱なせいか、先日、セルビア軍が侵入してきた時は、為す術もなく防衛部隊は壊滅し、東部の一部をセルビア軍に占領されたままになっている。モンテネグロ政府は、再三に渡ってセルビアに軍の引き上げを要求しているが、セルビア政府はこれを黙殺し続けている。そのため、モンテネグロ政府は中立の放棄をすることを検討していた。




