空戦訓練と空中給油-3
1月13日 1038時 インド洋 ディエゴガルシア島上空
ラッセルはミラージュ2000Cに狙いを定めた。Su-27SKMの方は、グリペンとイーグルと2対1という圧倒的に不利な状態で絡んでいるが、負けてはいないようだ。一方のミラージュは、バレルロールに加えて急上昇、急降下、更にはブレイクターンを加えるなど、巧みな機動でF-15Eを振り払おうとする。ミラージュは小型、単発エンジンの機体のため、素早い動きでかわそうとするが、推力の差で負け、追いつかれてしまう。
「ちいっ、チョロチョロしやがって」
ラッセルは苛立たしげに操縦桿を動かし、スロットルを前後に動かしながらミラージュを追いかける。その後ろで、WSOのケイシー・ロックウェルは6時の方向を警戒している。だが、コルチャックはどう見ても、こっちを狙う余裕は無さそうだ。
クロンへイムはフランカーの後ろ姿を捉え続けているものの、ロックオンするまでには至っていない。現役の空軍パイロット―――と言っても、空軍には10年もいなかったが―――の頃は、カーリニングラード飛び地から飛んで来て、領空に接近してくるフランカーの姿を見ていた。彼女のヘルメットにはコブラという、シュナイダーのタイフーンにも搭載されているストライカーの発展型になっており、IRIS-TやAIM-9Xの照準をすることができる。1番機のF-15CはSu-27SKMの前でチョロチョロと逃げまわっているように見えるが、じつは、グリペンが要撃し易いコースへと誘い込もうとしていたのだった。
コルチャックは、目の前でチョコマカと逃げるF-15を見て、2番機に自分を要撃させるつもりだと判断し、操縦桿を思い切って後ろへ引き、両方のラダーペダルを踏み込んだ。
Su-27SKMは機首を持ち上げると、垂直を少し越えるくらいの角度に機体を傾け、上昇した。そのせいで、一気に抗力が増し、戦闘機にブレーキがかかった。後ろから飛んできていたグリペンが、そのまま自分の前方へ飛び去っていく。コルチャックはR-77を兵装選択画面から選んだ―――勿論、シミュレーターなので実弾を撃つ訳ではない。彼は、すぐ目の前のグリペンを無視して、遠方のイーグルにロックオンした。
佐藤は舌打ちをして後ろを見た。もう少しでクロンへイムが良い位置につけるところだったのに、コルチャックに逃げられてしまった。しかも、レーダーロック警報が鳴り響いたため、ジャマーを作動させ、チャフを撒きながら機体を急降下させた。
1月13日 1059時 ディエゴガルシア島
KC-10Aが着陸してタキシングを開始した。直ぐ後ろではKC-130Rが着陸のための最終アプローチを始め、誘導路では予備機として待機していたKC-135Rが離陸待ちのためにホールドしている。エプロンでは、消防車と救急車が緊急事態に備えて待機している。幸いにも、それらは最終的には必要なかったようだ。
「どれ、何かトラブったか?」
KC-135Rのコックピットで、ピーター・ギブソンが着陸するタンカー2機を目で追った。2機とも無事、着陸したが、KC-10Aのブームからは航空燃料が垂れ流しの状態になっているのか、滑走路にはJET-A1がぶちまけられている。
「ブームの故障か?どっちにしろ、これから技術班はてんてこ舞いだな。ディエゴガルシアタワー。こちら"バイソン1"、離陸許可をくれ」
『ディエゴガルシアタワー了解。"バイソン1"、"カンガルー2"の着陸後に離陸せよ』
「"バイソン1"了解」
KC-130Rが着陸し、エプロンへタキシングしていく。駐機すると、すぐに消防隊のストライカーという消防車から消火剤を吹きかけられ、機体は真っ白な泡に包まれた。救急班が駆けつけたが、パイロット以下クルーは無事に降りてきた。更に、別の消防車からは水をかけられ、消火剤を洗い流していく。2機ともすぐに大きな格納庫にトーイングされ、技術班の点検を受けることになった。
スタンリーはエプロンで、2機が無事に着陸したのを確認してから管制塔へ歩き始めた。トーイングカーが機体の前輪に接続し、格納庫へ引っ張っていく。今日の訓練は、ディエゴガルシア基地の管制空域内で行われていたため、E-737は飛ばしていなかった。轟音が鳴り、KC-135Rが離陸していく。その後、ヘリの羽音が聞こえてきた。滑走路の向こうを見ると、アパッチ、シースタリオン、オスプレイが編隊を組んでヘリスポットへ向けて降下してきた。
「おいおい、何があったんだ?アレ」
ニールセンは白い泡がぶち撒けられた滑走路を見て驚愕した。2機のタンカーがトーイングカーで引っ張られている。
「燃えてはいないようね。ジェリーたちが無事ならいいけど・・・・・」
ゲイツが機体を降下させていくと、ジェリー・クルーガーらKC-10Aのクルー3名が、タラップから降りてくるのが見えた。
「良かった。大丈夫みたい」
1月13日 1109時 ディエゴガルシア島
クルーガー、クレイグ、ハミルトンの3人が技術班の作業を眺めつつ、機体の周囲を歩きながら状態をチェックしていた。そこへ、ニールセンらCH-53Eのクルーがやって来た。
「どうした?」
トーマス・ボーンがFN-Mk16 SCARから弾倉を外し、薬室を開けて5.56mm弾が銃に残っていないことを確認してから、ハミルトンに話しかけた。
「給油ブームがイカレて燃料漏れを起こした。ハーキュリーズにジェット燃料を派手にぶちまけてしまったよ」
ハミルトンはお手上げだと言わんばかりの様子で肩をすくめた。
「なんとまあ。それで、どれくらいで復帰できそうなんだ?」
「それは技術班次第だな。まあ、明日からは暫くは予備機に乗ることになるな」