冬空のフクロウ-4
トルクメニスタン上空 0353時
ミグのパイロットは安定しないエンジンの出力を安定させようと、燃料系統やスロットルを何度か動かしてみた。だが、機体はふらふらと上下左右に揺れ、飛ばしているのがやっとの状況だ。おまけに計器の幾つかは機能しなくなっていて、レーダー画面の表示もおかしい。キャノピー越しに外を見てみると、航法灯が見え、段々とこちらに近づいてきているのに気づいた。よく見ると、フランカーのようだ。これが例の侵入者のようだ。トルクメン人のパイロットはこちらからも不明機に接近することにした。
"サバー3"のパイロットは接近してきたMiG-29を見た。暗くて航法灯しか見えないが、ミグのパイロットが懐中電灯でこちらを照らしてきたので、少し状況がわかった。迎撃してきたのは1機だけのようだ。情報通り、トルクメニスタンは戦闘機を動かすのがやっとの状態のようで、弱い光でもこの機体はロクに整備が行き届いていないのがよく分かる。
「"サバー1"へ。こちら"サバー3"。迎撃機はラーストチュカが1機だ。どうする?」
『何?本当に1機だけか?他にはいないのか?』
「他にレーダーに反応は無い」
ミグのパイロットは、自分に従うよう警告するため、翼を大きく振ろうとした。が、右に大きく機体が傾き、戻そうとしたが1回転のロールをしてしまった。どうやら、操縦系統すらガタがきているらしい。
「なあ、このパイロットは戦闘機に乗ったばかりのひよっこなのか?訓練生でもあんなミスは滅多にしないぞ」
"サバー3"のWSOはミグの挙動に違和感を感じていた。今度はヨーで機体を立て直そうとしているようだが、あまり上手くいっていないようだ。
「わからん。もしかしたら、何かトラブルを抱えているのかもしれん」
"サバー3"のパイロットはMiG-29の隣に並ぶと、暫く様子を見てみた。ファルクラムはフラつきながらも、こちらをと並走するように飛んでいるが、あまり上手くはいっていないようだ。ミグのパイロットはこちらに気づくと、拳を握り、手を下げるような仕草をしてから、翼を左右に振った。どうやら、"我に従え"と言っているようだ。
トルクメニスタン空軍 レーダーサイト 0357時
レーダー操作員はレーダーで侵入者の状況を見ていたものの、再びレーダーの電源がダウンしてしまった。ここ数ヶ月で、レーダーは使い物にならなくなり、数時間に一度は電源がダウンし、復旧に3~4時間をかけるということを繰り返していた。中央司令部には再三、レーダーの整備を申請していたが、何分予算が無く、どのレーダーサイトもまともに機能させることはできていなかった。戦闘機や対空ミサイルの稼働率も右肩下がりで、そのせいで防空体制に大きな穴が空いてしまって入るが、現場の兵士たちにはどうすることもできなかった。
「くそっ、非常電源を入れろ。これじゃあさっきの侵入者の様子がわからん」
ここの司令官である大佐が、コーヒーを啜って文句を言った。すぐ近くでは技術兵たちが走り回り、レーダーを復旧させようとしていたものの、ガタが来た部品の替えの在庫も殆ど底をつき、この先数ヶ月より後は、このレーダーサイトの存在自体が意味をなさなくなりそうだった。兵士たちは、なんとか手元にあるものでレーダーを生き返らせようとしていたが、それも無駄に終わりそうにも司令官には見えた。
トルクメニスタン上空 0359時
トルクメニスタンのパイロットは、隣に並んで飛んでいるSu-30に目をやった。ロシア軍のパイロットは悠然と飛び続け、こちらの様子を窺っているが、まだ捕捉用レーダーを作動させていないのか、レーダー警報装置は警告音を出していない。まあ、このような状況なので、当のレーダー警報装置が機能しているかどうかも怪しいものだが。と、その時、ドスン、という大きな音が無った。即座に警報システムが鳴り出し、警告ランプが点滅を始めた。左エンジンがストップしたようだ。パイロットは冷静にスロットルとエンジン点火スイッチを動かし、再点火させようとしたが、全く反応が無い。このような場合は、即座に最寄りの飛行場へ向かう事になっていたが、今、ここでこの侵入者を監視できるのは自分だけであった。そので、パイロットは、暫く様子を見ることにした。
"サバー3"のパイロットは、このミグがもう長く持たない事がすぐにわかった。段々と真っ暗な空は薄暗い藍色に変わっていき、それぞれの航空機の姿もうっすらわかる程度にはなってきた。ターゲットまではあと5分といったところだ。
『こちら"ヴァラヴェーイ・リーダー"。攻撃態勢に入る。攻撃準備ができた機は報告せよ』
『"ヴァラヴェーイ2"、攻撃準備完了』
『3、準備よし』
『4』
『発射まであと20秒・・・・・・・10秒・・・・・5、4、3、2、1、発射!』
Su-32のパイロンから一斉にスタンドオフ兵器が発射された。ヴァラヴェーイ隊は暫くそのまま飛び続けたが、ターゲットの破壊を確認すると、即座にUターンして、ロシアへ戻るコースを取る。
『任務完了。帰投する』
『了解。帰投する』
しかし、彼らには迎撃に来たミグを振り払うという仕事が残っていたが、それは問題無くできるだろう、と皆、考えていた。この先、最悪の出来事が待っているとも知らずに。




