冬空のフクロウ-2
ロシアとトルクメニスタンの国境近くの上空 0326時
相変わらず真っ暗な空とコックピットのGPS画面を見ながらケレンコフはターゲットへ戦闘機を飛ばし続けた。後ろを振り返ると、僚機の衝突防止灯の緑と赤の光が微かに見えるだけだ。空中給油機とのランデブーを終え、あとはターゲットへ向かうだけ。トルクメニスタン空軍は多くのミグを保有しているものの、殆どが稼動状態では無く、情報部はスクランブル発進すら覚束ない状況だと言ってはいたものの、ケレンコフはその言葉を一切信用しなかった。もうすぐカスピ海に差し掛かり、国境を越える頃だ。
「"サバー1"より全機へ。そろそろ国境を越える。情報部の連中は迎撃の可能性は殆ど無いだとか抜かしたが、そんなのは信用するな。各自、レーダーとレーダー警戒装置の情報に注意しつつ、迎撃機が上がってきた場合は、即座に交戦せよ」
部下たちが無線のスイッチを2回、動かす音が聞こえた。計画では、国境付近に配備されている早期警戒レーダーをKh-31Pで破壊。その後、ターゲットへ最大射程でKh-59Mを発射する予定だ。ケレンコフの編隊がレーダーの破壊を担当し、ターゲットはもう一つの編隊が攻撃する。何のことは無い。今までも、チェチェンやオセチアでやったような、簡単な任務だ。
ロシア空軍の戦闘機部隊はトルクメニスタンのレーダーサイトを避けるため、一気に地表近くまで降下した。ケレンコフはSu-30のディスプレイの情報を確認した。もうすぐ国境に近づくが、トルクメニスタン空軍の戦闘機の機影は映っていない。しかし、地対空ミサイルは稼働している可能性があるので、油断は禁物だ。破壊する早期警戒レーダーは稼働はしているらしく、レーダー警戒ディスプレイが反応を示している。
「攻撃予定時刻まで5分・・・・確認しろ」
ケレンコフは部下たちに無線で伝える。後席のゲンナジー・ボンダレンコはマスターアーム・スイッチをオンにして、兵装選択画面からKh-31Pを選んだ。事前情報により、誰がどのターゲットを叩くのかは予め決めてあった。ミサイルのパッシブ・シーカーを作動させると、すぐに目標を捉えた"ジジジジ"という音が聞こえてきた。
「発射用意よし」
ボンダレンコはケレンコフに話しかける。
『"サバー2"、発射準備完了』
『"サバー3"完了。いつでもどうぞ』
『"サバー4"、ターゲットロック中』
ボンダレンコは再度、ターゲットを確認した。間違いなく、ミサイルはターゲットを捉えている。
「攻撃せよ」
Su-30SMから次々と対レーダーミサイルが発射された。ワイルド・ウィーゼル任務という点から見た場合、かなりの近距離で発射したため、敵は反応してレーダーのスイッチを切る暇は無い筈だ。ケレンコフの飛行隊は、そのままSu-34の飛行隊を護衛する任務を続けた。
トルクメニスタン上空 0346時
レーダーサイトを破壊したにも関わらず、トルクメニスタン軍の通信は増加も封鎖をされておらず、至って普通の様子だった。おまけに迎撃機も上がってくる様子が未だに無い。しかし、油断は禁物だ。レーダーで他の飛行機が飛んでいないか、警戒画面をよく見て、地対空ミサイルのレーダー波が照射されていないかどうか確認する。しかし、計画ではスタンドオフ兵器で攻撃するため、発射予定地点まではもうすぐのはずだ。外は真っ暗で何も見えないので、僚機への空中衝突に注意しつつ、GPSと慣性航法装置を頼りに目的地まで飛行する。目標の地対艦ミサイルが配備されているとされる駐屯地と沿岸域までもう少しだ。
トルクメニスタン軍は、ここでようやくレーダーサイトの一部が破壊されていることに気がついた。慌てて空軍の戦闘機を出撃させようとはしていたが、肝心の機体の方はMiG-29が1機だけ稼動状態だっただけで、おまけにミサイルと機関砲弾を搭載されていなかったため、更に出撃に時間がかかった。と、言うのも、トルクメニスタン空軍の航空機の稼働率は最悪で、戦闘機では常時出撃できるのは多くて2~3機。輸送機などに至っては1機程度が限界であった。機体の殆どは部品取りに回され、空軍兵たちは共食い整備に苦労していた。
情報通りだ、とケレンコフは思った。これがヨーロッパ諸国かアメリカ、日本や韓国に対する偵察飛行ならば、領空に接近する前に戦闘機が要撃にやって来るのだが、ここではそういう事態にはなっていない。トルクメニスタンの防空体制の情報は正確だったようだ。特に、中央アジア、南米、アフリカなどの中小国の空軍は、財政難から戦闘機を手放した国もあり、そのような国は、隣国から領空侵犯を受けても、何の対抗手段も取れない状況だった。ターゲットまでは地対空ミサイルに注意しつつ飛行する。レーダー警報装置は作動していない。
トルクメニスタン空軍のMiG-29のパイロットは、機体の調子を確かめた。燃料は満タンに入って入るが、武装はR-73が1発と機関砲弾が半分だけしか搭載されていない。これで敵に出くわしても、対抗できるとは思えなかった。おまけに、最近、飛行訓練したのは1ヶ月も前で、その時は1時間も飛行することができなかった。トルクメニスタンは財政難から、軍の訓練の時間を抑えており、そのせいで兵士の練度は異常なほど低かった。




