早朝の追撃
1月29日 0732時 サウジアラビア リヤド・エアベース
E-737の機内でゴードン・スタンリーはコソボの情勢の確認をしていた。ここからはトルコのインジルリク空軍基地を目指すことになる。そこは、アジアからコソボやアルバニアへ向かう義勇軍や傭兵の航空部隊の中継地点や拠点の一つになっている。今のところ、トルコ政府はアルバニアやコソボに味方する部隊のみに対して、補給や立ち寄りを認めており、セルビアへの協力者のものと見られる航空機に対しては、着陸どころか領空を通過することすら拒否している―――事実、トルコ空軍のF-35Aが数日前、黒海の領空に侵入した国籍不明の航空機集団を追跡し、空戦の末、全て撃墜している。後にトルコ海軍が調べた所、所属不明機は傭兵部隊のもので、戦闘機や輸送機、空中給油機などで編成されており、押収された物資から、セルビア勢力への兵器を輸送していたと推測された。セルビア人勢力は、主に東欧や旧ソ連圏の国にいる傭兵部隊などから協力者を得ており、装備や人員の拡充を図っている。一方、コソボの方も中東や西ヨーロッパ、アフリカなどから傭兵をかき集めていた。
「こいつは完全に代理戦争のようなものだな。見てみろよ」
ケイシー・ロックウェルは佐藤勇にタブレットの画面に映された、バルカン半島の最新の情報を見せた。地図にはそれぞれの勢力の支配地域や兵力などが表示されているが、戦闘に参加しているセルビアの正規軍の割合は36%、コソボの正規軍に至っては僅か4%に過ぎず、軍の殆どが傭兵部隊によるものだ。
「別に珍しくも無いさ。でも、この間のUAEのときは傭兵は僕らだけだったけどな。作戦の調整とかはコソボ国防軍が全部やるんだろ?」
「ああ。俺たちは、当面のところはコソボ国防軍の指揮下に入ることになる」
「NATOやロシアはどうしている?」
「裏では何かしらのことはやっていると思うが、どっちもバルカン半島の近くに偵察機を飛ばしている他に目立った動きは無い。ただ、特殊部隊がこっそりと現地に入って偵察をしている可能性は高い」
「問題は、その偵察機が攻撃された時に連中がどう出るかだな」
「ああ。だが、NATOはそれ程バルカン半島に近づくような真似はしていない。偶発事故が起きる可能性が高すぎるからな。ただ、黒海艦隊はかなり活発に動いているようだ。ロシア海軍の情報収集艦がボスポラス海峡を越えたらしい」
「ふむ。他に動きは」
「グローバルホークが2機、アビアノ基地に派遣されるらしいが、それ以上の部隊の追加配備は無い」
「なるほど。暫くは黙って見ているだけか」
1月29日 0745時 コソボ・セルビア国境
ようやく日が上りはじめ、藍色の空の東の方に白い光が見え始めた頃、JAS-39とF-16の編隊が東の方へ猛スピードで飛んでいった。これらの戦闘機は、どれもコソボが雇った傭兵部隊の機体で、つい15分前、セルビアの方からコソボへ飛来する機体を防空レーダーが捉えたため、スクランブル発進したものだった。
「こちらホーク・リーダー。敵機をレーダーで捉えた。方位087からマッハ0.8で真っ直ぐ国境付近へ向かっている」
『ホークフライトへ、こちらプリシュティナ・タワー。不明機をこちらでも捉えた。3機の編隊が接近している。このままだと、あと15分ほどで国境を越える』
「了解だ。交戦規定は?」
『まずは警告し、機体の所属を確認しろ。警告を無視して領空侵犯を続けた場合は攻撃を許可する。但し、向こうから先に撃ってきた場合は、即座に反撃しても良い。以上だ』
「了解だ。まずは目視で確認する」
3機のSu-24MPは低空を飛び、コソボの国境近くへと向かっていた。武装はR-73がそれぞれ2発のみで、他には増槽と電子偵察ポッドを搭載しているだけだった。この飛行隊の任務は、コソボのレーダー周波数や無線通信の情報を収集することで、爆装は一切無かった。
「スパロー・リーダーより各機へ。任務は偵察だけだ。交戦はやむを得ない限りは許可しない。敵機を確認した場合は、即座に引き返すこと。繰り返す。敵機を確信した場合はむやみに交戦はせず、即座に退却せよ」
『スパロー2了解』
『スパロー3了解』
Su-24は急速にコソボとセルビアとの国境へと向かっていた。編隊長はスピードメーターにちらりと目をやり、国境までの距離とを考えた。
『スパロー2よりスパロー1へ。敵機と思しき編隊を確認。コソボから4つの小目標が高速でこっちに近づいている。繰り返す。目標が4つ、コソボ国内から接近中』
「ホーク・リーダーより各機へ。目標は未だに国境に接近中・・・・・いや、待て。目標は方向を方位076へ転換・・・・・セルビア国内へ向かっている。繰り返す。目標は引き返していく」
『ホーク2よりホーク・リーダーへ。こっちでも目標が引き返すのを確認した。追撃するか?』
「いや、待て。司令部に聞いてみる」
すると、程なくして隊長機の無線に連絡が入った。
『ホーク隊各機へ。こちらスパロー・リーダー。司令部より、全機、追撃を中止し、帰投せよとの命令だ。繰り返す。追撃を中止し、帰投せよ』
「了解、帰還する」
F-16の編隊は方向転換し、基地へ帰還した。パイロットたちは戦果を上げられずにいたのを残念がっていたが、いずれはその機会が早かれ遅かれ訪れるだろう、と考え、とりあえずはその場を後にした。




